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2-4

「おかしな場所でしたね。臭いは酷くて、鼻が曲がるかと思いました。」

 ウサギはベッドに顔をうずめ、ばたばたと暴れて匂いを振り払おうとしていた。


「そうだな。あんな施設があるなんて、俺も知らなかった。魔物は倒すべき敵。それ以上でも以下でもなかったからな。」

 勇者にとって、魔物を「利用する」なんて発想自体がなかった。都合よく作り変えるなどという話、王城にいた頃の自分なら到底信じなかっただろう。


「でも、レベルアップって興味深いですね。私、恥ずかしながら人のレベルアップについてあまり知らなくて。魔物を倒すと強くなるってのは聞いたことありますが、実際のところ、どういう仕組みなんですか?」

「さあな。詳しい理屈は俺にも分からん。だが、人が魔物を倒すと、その“経験値”を吸収して身体能力や魔力が向上する。それだけは確かだ。」


 勇者は言葉を選びながら続けた。

「ただし、その効果には個人差がある。同じ経験値でも、肉体が強くなるやつもいれば、魔力だけが伸びるやつもいる。中には、ほとんど成長しない者もいれば、少しの経験で大きく成長するやつもいる。俺のような“勇者”は、特に恩恵が大きい部類だ」

 そう言って、勇者は自分の胸をトントンと軽く叩いた。


「あと補足すると、人や動物を殺しても経験値は得られない。魔物が魔物を倒して得る経験値も、人間ほどではない。人が魔物に対してのみ得られる、一方的なアドバンテージ。まあ、そんなところだ。」

 王城の教育機関で学んだ勇者ですらこの程度の知識なのだから、経験値という現象の正体は、まだ人間社会において十分に解明されていないのだろう。ウサギはそう理解した。


「なるほど。確かに、単純に強くなれるというのは魅力的ですね。あの施設があるのも納得です。見学しても特に怪しまれることもなかったし、倫理はともかく、理屈はしっかりしていました。……が、ちょっと不思議な点もありましたね。」


 勇者は頷いた。

「同感だ。俺は3つほど違和感を抱いた。」

「3つも!?」

 ウサギが驚くのをよそに、勇者は指を三本立てた。


「まず一つ目。あの施設が都市部の地下にあることだ。あの異臭、どう考えても町中の地下に置いていいもんじゃない。本来なら郊外の地上に設置すべきだろう。」

「それは私も気づきました。地上に置いたらビジネスモデルを真似される危険があると聞きましたが、 あの施設の技術や管理体制は、そう簡単に真似できるものじゃない。外から眺めた程度で盗まれる心配は薄いのだから、堂々としていればいい位です。愛護団体だってどうせ連日押しかけてきますから、わざわざバレてから地下に隠す理由がありません。」


「そうだ。それに、郊外に置いた方が土地代は安く済むし、周囲の目も少ないから監視も楽になる。拡張も容易だ。地下では改装費がかさむし、構造の制約も多い。魔物にゴミを食わすほどコストカットを追求するのなら尚更。今後施設の拡大を見込むなら、地下は不向きだ。」


「なるほど……意外と、鋭いですね、勇者さんにしては。」

「余計な一言だな。」


 勇者はウサギを一瞥し、一本指を折りたたんだ。

「次に二つ目。価格設定が高すぎる。もちろん、安全にレベルアップできるという点で価値はあるが、それに見合った需要があるとは思えない。」

「どういうことです?」


「そもそもレベルアップを望むのは、魔物や人と戦う職業の連中だ。冒険者、兵士、狩人、俺のような勇者。だが、そういう職は基本的に危険を承知で戦うのが仕事だ。戦うのが当たり前の職業の人間が、レベルアップのときだけ金を払って安全を選ぶってのは、少しちぐはぐだ。」

「……とはいえ、戦闘経験が少ない衛兵や、最初の戦いを怖がる駆け出し冒険者には、一定の需要があるんじゃ?」

「その可能性も考えた。だが、昨日お前も見ただろう。この町の衛兵たちを。連中、大半が低レベルだった。」

 勇者の言葉に、ウサギは思わず頭にクエスチョンマークを付ける。


「……いや、見てても全くわかりませんでした。勇者さんって、他人のレベルが分かるんですか?私に限らず、普通の人間は分かりませんよね?」

「俺は人より感覚が鋭敏だ。正確に数値が見えるわけじゃないが、戦い慣れている人間は独特の“オーラ”を纏っている。冒険者はその気配が濃いが、この町の衛兵たちは全く殆ど感じなかった。衛兵の役目は壁の中の町を守る事であって、対魔物経験があるのはごく一部に過ぎない。もしあのサービスのメインターゲット層が衛兵なら、もう少し平均レベルが上がりそうなものだが。」

 それにこの町は商業都市で、他の町からやってくる冒険者は兎も角、この町からわざわざ冒険者になる人は余りいない。


 そう考えると、あの施設の需要はどこにあるのだろうか?

 勇者の疑問に、ウサギは納得せざるを得ない。


 そして、勇者は最後の一本を立てた。

「最後の違和感――それは、勘だ。」


 ウサギは一瞬笑いかけたが、勇者の真剣な顔に口元を引き締めた。

「言語化はできない。ただ――『違う』と感じた。それだけだ。」

「……なるほど。でもまあ、案外そういう直感って大事です。特に、勇者さんのように野生の中で生きてきた人の勘は、バカにできないでしょう。」


「そうか。少し自信がなかったが、お前にそう言ってもらえると安心する。」

「……いや、魔物に安心されてるのも、それはそれでどうかと。しかし、そうか。勇者さんが気づいたことに気づけないとは、私もまだまだですね。やはり人の社会の仕組みに関する知識をもっとつけなければ……」

 ウサギは勇者に先を出し抜かれたのが悔しいのか、ぐぬぬと顔を擦った。

 勇者は肩をすくめ、さて、とでも言いたげに笑った。


「次は”魔物愛護団体”だな。」


 ---


「愛護団体?そうねえ、馬鹿で迷惑な連中だよ。」

「魔物を守って一体何になるっていうんだろうね。利益にもならなければ、リスクが減る訳でもない。寧ろ対魔王軍に反対している分、私たちの生活を脅かしかねないんだから。」

「まあ、確かにあの経験値ファームの魔物が可哀想だって気持ちは分かるけどさ。他の家畜だって同じでしょ?人が生きるために他の生き物を犠牲にするのは、もう仕方ないことじゃない。」


 町での聞き込み調査の結果、大多数の人間が魔物愛護団体に否定的だった。中には、普段から騒音などで迷惑を被っているのか、名前を出しただけで露骨に嫌悪感をあらわにする者もいた。

 唯一、団体に否定的でなかったのは、当の愛護団体の関係者たちだけだ。


「魔物だって痛みや恐怖を感じる。不用意に傷つけてはならないんだ。」

「角兎や魔猫を見たことはある?あんなに美しくて可愛い生き物を傷つけるなんて、絶対に許せない!」

「魔物が人を襲うのには理由がある。住処を荒らす人間が悪いんだよ!」

 魔物を守る人、それを冷ややかに見つめる人。少数派と多数派。権利と利益。

 結局のところ、魔物愛護団体の印象は社会全体で見れば"変な人達"の領域を出ない。それでも彼らが活動に熱心なのは、正義感によるものか。あるいは、コミュニティに属することで得られる安心感や、優越感のためだろう。



「いやあ、魔物の権利なんて馬鹿らしいと思います。」

 ウサギはにこにこと口にイチゴを詰めながら、聞き取りにくい声で言った。


 ここはこの町でも有名なスイーツ店。

 聞き込み捜査の最中、やたらお洒落な店員に引きずり込まれたのだ。

「勇者様、是非こちらでケーキを試食なさってください!あ、勿論お代は要りません。代わりに何枚かお写真を撮らせて頂ければそれで――」


 勇者がケーキを口に運ぶ度、パシャパシャとシャッター音が鳴り響く。撮られた写真は、勇者御用達の勝手な通り名と共に貼り出されるのだろう。

 面倒臭い。ぶっちゃけ勇者は甘いものもそれほど好きではない。が、人気商売も勇者の仕事のうちだ。仕方なく付き合おう。

 てっぺんに乗っていたイチゴは角兎にあげた。店員も「可愛い角兎とイケメン勇者様とのツーショット!これは注目間違いなし……!」なんて言ってるし、何も問題はない。


「魔物のお前でも、魔物愛護団体は要らないものか?」

「いや、有難くはありますけどね。有難いけれど、私は"人間愛護団体"なんてもの作りませんよ。だって、自分が生きるので精一杯ですから。」

 イチゴが相当美味しいのか、ウサギの声色が上ずっている。こいつのご機嫌取りをするのは癪だが、たまには飴を与えるくらいはしよう。

 幸いだったのはここが人気店で、周囲の騒音がかなり大きいことである。ウサギのか細い声は勇者以外に聞こえず、端から見れば勇者が一方的に角兎に話しかけているようにしか見えないだろう。


「魔物と人間は対立する生き物です。というか、魔物同士でも普通に対立します。魔物同士、魔物と他の野生動物、魔物と人間、人間と野生動物。いずれも立場が違えば対立し、都合がよい時だけ協力関係になります。ギブ&テイクの関係は成り立たないことの方が多く、テイクし続ける方が野生では利口です。そんな中、一方的にギブし続けようと主張する魔物愛護団体は不気味としか言いようがありません。」


「……正直、俺も同意見だ。特に今は戦時中だ。魔物の国と、人の国が争っている。魔物に沢山の人が殺されている。奴らの言う事は、人を見殺しにして魔物を助けろと解釈されても仕方ない。――理解に苦しむ。」

「ああいうのは、理屈じゃないのでしょう。自分達がそうしたいと思うのが先で、理由なんて後付けで構わないのです。」


 動物は直感で判断をする。それが正しかったかどうかは結果で判断し、その後己の判断基準を考えることはない。

 人も案外似たようなもので、理屈よりも直感で判断を先に下し、その後己の正当性を高める為に理屈を考える。そんな論文を昔見たような気がする。


「……いずれにせよ、犯罪組織とは関係ないか。大規模犯罪を繰り返しておきながら尻尾を出さない程賢い奴らが、あんな馬鹿みたいな連中と付き合うはずがないもんな。」

 ケーキの一欠けらを口に運ぼうとしたその瞬間、


 ドタバタと足音が響いた。店内に仮面で顔を隠した男たちがなだれ込んでくる。

 手には本物の剣や魔法杖を構え、店員に突きつけていた。


 犯罪者、襲撃。そんなワードが頭を過ぎる。


「なにあれ?」

「武器、本物……?」


 一瞬ざわついた店内は、次第に状況を理解し始め、やがてあちこちから悲鳴が上がった。

「おい、静かにしろ!でなければ、見せしめにお前たちを数人――」

 武器を振りかざし、近くにいた客目掛けて振り下ろそうとする。


「強盗、いや、狙いは……」

 呆然と呟いたウサギの声を聴いた時には、既に勇者は腰に着いた剣を引き抜いていた。


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