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2-2

 最初にすべきことはどんな時も同じだ。そう、情報集めである。

 今回は有難いことに、情報のありかを領主が親切にも教えてくれた。そんな訳で、勇者たちは急いで衛兵ギルドへと向かった。


 この世界には幾つかのギルドが存在し、世界のインフラを支えている。治安を治める衛兵ギルドもその中の1つだ。

 彼らは入団時に高難易度の試験を受け、厳しい訓練を積み、一定の基準を満たした者のみが成れるいわばエリート職であり、所属している領主に忠誠を誓っている。

 言わば領主の私兵のようなものだ。


「ああ、勇者様ですか。どうぞ、こちらへ。」

 衛兵ギルドでは身分を明かすと素直に協力してくれた。当然と言えば当然か、領主様が話を通してくれたのだから。


「この町は犯罪が多いのですか?」

「そうですね、金の集まる都会故田舎よりは犯罪が多いでしょう。と言っても、最近は集団で悪質な犯罪行為をする人が増えた印象です。昔は軽犯罪が多かったんですがね。」

 衛兵は準備していたのだろう、丁寧に纏めた書類を封筒に纏め、勇者に手渡した。

 かなり分厚い。教会に置いてあった歴史本並みと言っても過言でない。漬物石替わりにすれば丁度いいに違いない。


「悪質な犯罪ですか。ここに来る前にスリには会いましたが、あんなものじゃないと?」

「はい、強盗に集団詐欺に、貨幣偽造まで。流石に対抗しなければこの町の経済自体が死んでしまうでしょう。」

 流石にそこまで酷いとは思わなかった。スリ位ならどの町にもあるだろうが、貨幣偽造なんて洒落にならない。法律上は殺人よりも重い罪だ。


「それは止めなくてはいけませんね。……おや、外が随分騒がしいですね。」

 衛兵ギルドの外は大通りで、そこに人が集まっているのだろうか。甲高い感情の籠った声が石造りのギルド内にまで響き渡ってくる。

 何事かと外を見ようときっちり閉められたカーテンを開けた手を、衛兵の1人が首を振りながら静止した。


「余り開けない方が良いかと。特に勇者様がこちらにいらっしゃるのを見られたら……」

「どういうことだ?」

 勇者の疑問に、衛兵はため息を付いた。

 そして勇者を軽く手招きすると、一瞬だけ小さくカーテンの隙間を作り、外の様子を見せてくれた。


 瞳がほんの見える程度の僅かな隙間からちらりと外を見ると、男女の集団が何やら木の板を持って大通りを闊歩している。

「『魔物愛護団体』……?」

 彼らが持つ木の板にはそう大きく書かれていた。


「最近できた団体です。少々厄介者でしてね、住人からも煩い、商売の邪魔だと苦情が良く入るのです。特に勇者様を敵視しているようですから、絡まれないようにお気を付けください。」

「勇者を敵視?一体なぜ?」

「分かりません。ただ、今のところ彼らの活動ははっきりと法に触れるようなものではなく、犯罪者でない以上私達は彼らの活動を取り締まれないので……」

 衛兵はカーテンをしっかり隙間なく閉め、困ったように顔を顰めた。

 勇者は更に開いた口を閉じ、そうですか、と笑顔で会話を締めた。これ以上彼らの口から情報は出てこないだろう。あくまで彼らの仕事は勇者に犯罪組織の情報を渡すこと。それ以外のことを聞くのは野暮だろう。



「では、これで。」

 衛兵達に軽く会釈をすると、衛兵達も敬礼で返してくれた。流石領主の私兵と呼ばれるだけあって、礼儀正しい。

 衛兵が建物内に引っ込むと、裏道は静寂に包まれた。人通りの多かった表道とは打って変わって、勇者とウサギの2人――1人と1匹しかいない。


「勇者さん、折角ですし寄り道しませんか?」

「丁度同じことを考えていたところだ。」

 互いの顔を見合わせ、同じいたずらっ子の様な笑みを浮かべた。


 ---


「魔物を守れ!同じ命じゃないか!」

「無意味な殺生は止めろ!」

 人は群れると気が強くなる生き物だ。それが倫理的に良いか悪いかは兎も角、生存戦略として有効な事は間違いない。


 周囲の住民はまたか、とため息をつき、できるだけ集団から距離を取っている。顔は俯き、目も合わせようとしない。

 だが集団はそんな住民の事なんて気にせず、寧ろ彼らに語り掛ける様に声を張り上げた。


「ちょっと、すみません。」

 そんな集団に、一人の黒いローブを纏った人影が近づいていく。顔はローブに隠れているが、声からしてきっと男だ。背も高く、体格も良い。

 集団に属する男は若干警戒し、ローブの男をじろじろ眺めた。

「どうしたんだ?」

「つい最近この町に来たもので、貴方がたを初めて見た。もしよければ、何をされているのか教えて頂けないだろうか?」


 その言葉を聞くや否や、男は先ほどまでの警戒心を解いた。堂々と胸を張り、鼻息を荒くして語り始めた。

「僕らは魔物の権利を守る為に声を上げているんだ。」

「魔物の権利?」

「そう、魔物だって僕ら人間と大して変わらない。意識も感情もあれば、痛みだって感じる。しかし、今の人間は魔物に対して残酷な仕打ちをしている。敵対する魔物は問答無用で殺し、その数が戦果として名誉になる。こんなの可笑しいと思わないか?」


 いつの間にか群がっていた同じ集団の男女がうんうんと頷いている。彼らは自分達の考えに疑問を持たず、一切を正しいと信じ切っているようだ。

 しかし、ローブの男は首を捻った。


「……だが、しかし、魔物は人の敵だ。事実、魔王は魔物を操って人を襲っている。」

「ああ、そうだろう。だが、大抵の野良魔物はそうじゃない。彼らにだって生活がある。他の動物たちと変わらない。それに、魔王軍の魔物だって魔王に操られているだけだ。彼ら自身に罪はない。罪はないのに、殺すのは残酷だ。」


 彼らは手にした木の板を掲げた。どうやら看板のようで、大きく『魔物に権利を!』との文字が可愛い角兎のイラスト共に描かれている。

「じゃあ、どうしろと?魔物が襲ってくるのをただ見てろというのか?人が襲われているのを黙ってみていろと?」

「そうじゃない。だが、やり方があるはずだ。魔物と人が争わず、もっと平和的に解決する方法が。」

 集団は声を張り上げながら少しずつ前進していく。この長い大通りを端まで歩き続けるつもりらしい。甲高い声で騒ぎ続ける周囲に負けないように、男は大声を張り上げた。


「王政は魔物を倒すことに必死だ。対魔王軍に大量の投資をして、魔物を残酷に殺しまわる。挙句の果てには勇者なんてものを作って、魔物への敵意を高めている。その犠牲となるのは、何の罪もない魔物たちなのに。」

「罪のない魔物か……まあいい、分かった。それで、今は何をしているんだ?」

「ああ、丁度この大通りの先に魔物を家畜化している商人がいてね。それこそ魔王軍とは何の関係もない魔物たちを大量に飼育し、殺している。俺等の目的はこの想いを住人たちに広めつつ、その悪徳商人に文句を言ってやることだ。」

 魔物を家畜化、その言葉にローブの男はピクリと反応した――気がする。


「魔物を育てる商人か。だが、他の家畜と似たような扱いだな。それが気に入らないのか?」

「他の家畜は肉や皮、毛を活かす為に殺されるが、その商人は魔物を殺すこと自体をビジネス化している。」

「……なるほど、狙いは経験値か。」

「そう、いわば、経験値ファームと言う奴だ。魔物を育て、その魔物を殺す権利を金と引き換えに渡す。金を払えば安全に経験値が稼げるという寸法だ。命に感謝して余すことなく利用するなら許せよう。だが、殺しそのものを利用するのは明らかに命に対する冒涜だ。」


「なるほど、分かった。中々面白い、少し興味があるな。このままお前達について行けばその商人と出会えるのか?会って話がしてみたい。」

「さあね、俺等も定期的にこうやって文句を言いに行くんだが、表に出てくるのはいつも奴らの私兵だ。あいつ等中々しぶとく商売を辞めなくてな。下手に商売の邪魔をして大騒ぎすれば衛兵達もやってくるだろうから、何もできないんだ。――今、こうしている間にも沢山の魔物が犠牲になっているというのに。」

 男は悔しそうに唇を噛んだ。きっと、純粋な正義感からこの活動をやっているのだろう。


「そうか、じゃあ頑張れよ。」

 ローブの男はそう言い、静かに立ち去った。

 何だったんだ、あいつ。散々説明だけさせて終わったら直ぐ立ち去っていくなんて、なんて失礼な野郎だ。男は暫くぽかんとその場に立ち尽くしたが、直ぐに己の役目を思い出したようにまた声を張り上げ始めた。

 そうして二言、三言発する頃にはローブの男の事なんてすっかり忘れてしまっていた。


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