第9着席 際どいお願いごと/早とちりハイタッチ
〇~:柱
◆~:柱(回想)
二文字開け:ト書き
「」:セリフ
N「」:ナレーション
M「」:モノローグ
*~:その他の指示
*****
〇諏訪梨宅・物置(数週間後・夜)
目を閉じ姿勢を正して椅子に座る太陽
太陽M「あっという間に冬休みも終わり、学校が始まった」
物置内は静寂に包まれており、太陽の息遣いだけが聞こえる
太陽M「今夜は一つ、試してみたいことがある……」
*回想:太陽と諏訪子の交流
太陽M「俺は今まで、戸成さんのとなりに座りたいという、ふわっとした軽めのお願いしかしてこなかった。だから今夜は、もっと具体的にしっかりとお願いしようと思う。そして、もうお願いする内容は決まってる。それは―」
太陽、勢いよく目を見開く
太陽「戸成さんが、俺にハグしてきますようにっ!」
太陽、顔を赤くする
太陽M「うわぁ~、ほんとにやっちゃった~!で、でもお願いの力だし、戸成さんからしてきてくれるんだから、何も問題ないよなっ!これで明日……」
太陽、諏訪子とハグしている光景を想像する
顔を赤くし、椅子の上で悶える
太陽「あ、そうだ」
太陽M「本当に叶うかの保険をかけるために、もう一つくらいお願いしておこう。え~っと、どうしようかな。まぁ、適当に―」
太陽「伊藤くんの足が速くなりますように」
太陽M「これで良し。まぁ、もしかしたらこの前みたいに、お願いが叶えられるまで少し時間がかかる場合もあるかもしれないから、気長に待とう」
〇教室(翌日・放課後)
帰りの支度をしている太陽と諏訪子
太陽M「もう放課後、今日は何もなかったな。ま、昨日お願いしたばっかりだしな」
諏訪子「太陽くん、また明日ね~」
太陽「あ、うん。じゃあね」
諏訪子、小走りで教室を出て行く
太陽「というか、もう少し心の準備期間が欲しいかも……」
先生(担)「そうだ。分かってると思うが、今日からテスト期間だ。各自、しっかりと勉強しておくように~。赤点取ったら追試もあるからな~」
太陽に衝撃が走る
太陽M「忘れてたー!最近、というか毎日戸成さんの事ばかり考えてて、完全に失念してたー!前回のテストの点数がヤバかったから、今回の学年末テストで点数上げないと、俺が持ち合わせている娯楽の全てを没収するって、お母さんと約束したんだったー!」
太陽、肩を落としてため息をつく
太陽「はぁ~。仕方ない、図書室行って勉強するか……」
【場面転換】
サッカー部が校庭で活動している
伊藤「パス、パス!」
伊藤、ドリブルし、ゴールにシュートする
伊藤「よっしゃー!」
〇図書室(同日・放課後)
太陽、図書室の椅子に座って勉強している
教科書を開いているが、分からなそうに頭を掻いている
太陽「ん~、これなんだっけ……?」
太陽、図書室を見渡す
一人で本を読んでいる生徒や、グループで勉強をしている生徒がいる
太陽M「こういう時、友達がいっぱいいたら、教え合ったりして楽しいんだろうなぁ。ま、俺にはそんな友達いないんですけど……」
再び教科書に視線を落とす太陽
直後、隣から誰かが椅子に座った音がする
見ると、諏訪子が太陽の隣に座っていた
思わず声を出す太陽
太陽「と、とな……っ!」
諏訪子「あ、太陽くん~。ここに居たんだね~」
太陽「あ、あれ、さっき帰らなかったっけ?」
諏訪子「うん。でも家に着いたらママがいなくて。鍵も持ってくるの忘れちゃってたから、仕方なく戻ってきたんだ~」
太陽「そ、そうなんだ。それは災難だったね」
諏訪子「でも、テスト期間だから丁度良いかなって。太陽くんもお勉強中?」
太陽「あ、うん。でも一人だと中々……」
諏訪子「どれどれ~?」
諏訪子、太陽に体を近づけるように教科書を覗き込む
太陽、諏訪子の体が近づいて少し緊張する
諏訪子、しばらく教科書を見つめたあと―
諏訪子「太陽くんは、冬休みは何してたの?」
太陽M「あ、分からなかったんだな」
太陽「えと、やっぱりゴロゴロしながらゲームしたり、漫画読んだりかな」
諏訪子「太陽くんゴロゴロ好きだね~。寒いとお外出たくないよね」
太陽「あ、あと……、近くの神社に、お参りに行った、かな」
諏訪子「え、ほんと?私もみさきちゃんとかほちゃんと三人で行ったんだ~」
太陽M「知ってまーす!流石に声かけられなくて隠れちゃったけど!」
諏訪子「なんだ~。もしかしたら、年明けてすぐに太陽くんに会えたかもしれなかったんだね。ざんね~ん」
太陽「え……、それは、どういう……」
太陽、諏訪子に見惚れている
すると、校庭から歓声が聞こえてくる
諏訪子「ん、何の声だろ~」
太陽「校庭からだね」
太陽と諏訪子、窓から校庭を見る
図書室にいるほかの生徒達も、同じように校庭を見る
諏訪子「サッカー部の方からかな~」
太陽「あれは……」
太陽、気づいて目を見開く
太陽「伊藤くんだ!」
伊藤、全速力で校庭を走り回っている
伊藤「ひゃっほーぅ!もう誰にも、ナメクジの生まれ変わりだなんて言わせないぜぇー!」
男子「すげぇ。ナメクジの生まれ変わりの伊藤が、あんなに早く走ってる……!」
諏訪子「五十メートル走の時は凄い遅かったのに……。練習頑張ったんだね」
太陽M「いや違う……。これは、俺が保険で掛けたお願い事が叶ったんだ!」
太陽、深刻な表情で思考する
諏訪子、興味深そうに伊藤を見ているが、次第に興味をなくしていく
図書室の他の生徒も、太陽が思考している間に席に戻る
太陽M「まさか、早速翌日に叶うなんて……。はっ!ということは、戸成さんとの―」
太陽、諏訪子にばっと振り返って―
太陽「ハグもっ!」
諏訪子「ん、何か言った?」
太陽「あ、いや……、何でもない」
諏訪子「私、本取ってくるね」
太陽「う、うん。行ってらっしゃい」
諏訪子、小走りで本棚の方へ向かう
太陽M「危ない危ない、思わず口走ってしまった……。落ち着け、俺。伊藤くんの願いが叶ったってことは、戸成さんとのハグが実現するのも近いかもしれない……。まだ、チャンスがあるってことだ……!もし、実現したら……」
太陽、諏訪子とハグしている姿を想像してにやける
太陽「えへ、えへへでへへ~」
諏訪子「ただいま~」
諏訪子、目当ての本をもって席に戻ってくる
太陽、急いで姿勢を正す
太陽「お、おかえりっ」
諏訪子「よいしょっと」
諏訪子、席に座る
太陽「そ、それが戸成さんが読みたかった本?」
諏訪子「うん」
太陽M「本格的に勉強は諦めたのか?」
諏訪子「小さい頃、ママに読んでもらった本でね。中学校が舞台なんだけど、ある男の子と女の子が恋をするの。それで~、なんやかんやあって二人は結ばれるんだ~」
太陽M「すごいフワッとしてるな~」
諏訪子「私は恋とかあんまりよく分からないけど、この本に出てくる二人はとっても幸せそうで、ちょっと憧れちゃうんだよ~」
太陽「そうなんだ、大好きなんだね」
諏訪子「うん!ほら見て、最後のページ。ここが一番のお気に入り!」
諏訪子、本の最後のページを開いて太陽に見せる
そのページでは、男の子と女の子がハグしており、それを見て太陽が驚く
太陽モノローグ中、諏訪子は笑顔で本について語っている
太陽「んっ!?」
太陽M「こ、これは……、男の子と女の子がハグをしているではないかっ!何てタイムリーな!もしかして、今日願いを叶えてやるぞという、お椅子様のお達しなのか!?ならば、俺もそれを黙って待ってるわけにはいかない。事が円滑に進むために、俺から戸成さんに仕掛けてやる!」
諏訪子「それでねそれでね、この図書室にもあるって知って、ママにも見せてみようかなーって!」
太陽「へ、へぇー、ハグっていいよねー!」
諏訪子「え?」
太陽「ハグって、素敵だよねー!いやー、俺もハグしたいわー!」
諏訪子「ど、どうしたの急に?」
太陽M「しくったー!明らかに仕掛け方を間違えたー!俺、今めっちゃきもい奴になってるー!何だよこれ、バレンタインデーにチョコ貰えない奴が大声で周りにアピールしてるみたいになってるじゃん!何やってんだよ俺ー!」
太陽、頭を抱えてうめき声をあげる
諏訪子、そんな太陽の様子を不思議そうに見た後―
諏訪子「太陽くん、そんなにハグ好きなんだね」
太陽「え、あ……、いや、そういうわけじゃ……」
諏訪子、一呼吸おいて―
諏訪子「じゃあ、私と―」
太陽M「はっ!私と……、ハグし―」
諏訪子「私とママはよくハグしてるから、太陽くんもママとハグしたらいいよ~!」
太陽M「そう来たかー!」
太陽、俯いて泣く
諏訪子、太陽を不思議そうに見る
諏訪子「どうしたの、太陽くん?」
太陽「いえ、何でもないです……。僕が悪いんです……」
諏訪子「ん~?」
太陽M「もう、変な駆け引きはやめよう……。自分が嫌いになるだけだ……」
諏訪子、本を閉じてハッとする
諏訪子「あ。本読んでる場合じゃない、勉強しないと」
太陽M「あ、やっと気づいた」
諏訪子「でも、どうしてもやる気にならないんだよね~。ママ、私が悪い点取っても何も言わないし」
太陽「それは羨ましいかも」
諏訪子「太陽くんは怒られたりするの?」
太陽「このままだと、一生ゲームとさよならしそうです……」
諏訪子「えぇ、それは一大事だね!」
諏訪子、少しの間考えて―
諏訪子「そうだ、じゃあテストの合計点で勝負しようよ!」
太陽「勝負?」
諏訪子「うん!そうすれば、少しは勉強する気になるでしょ?」
太陽「た、確かに、そうかも」
諏訪子「はい!ここで、さらにやる気を出すために罰ゲームを設けたいと思います!」
太陽「ば、罰ゲーム?」
諏訪子「う~ん、そうだな~」
諏訪子、少しの間考えて―
諏訪子「勝った人が、負けた人に何でもお願い聞いてもらえるっていうのは、どう?」
太陽「な、何でもって……、何でも……?」
諏訪子「うん!あ、私が出来ることの範囲内でお願いします~」
太陽、一人で思考し始める
太陽M「と、戸成さんが俺の言うことを何でも聞いてくれる……!?あ、あんなことやこんなことも……!?はっ!もしかして―」
太陽、諏訪子を見る
諏訪子、教科書を見て悩んでいる
太陽M「これで俺が戸成さんに勝って、戸成さんにハグがしたいってお願いすれば、昨日の俺のお願い事が叶う……!?なるほど、そういうことなら―」
太陽、静かに座り直し教科書を見てペンを持つ
直後、物凄い勢いと形相で問題を解き始める太陽
太陽「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
太陽M「この勝負、負けるわけにはいかない!絶対に勝って、戸成さんとのハグを叶えて見せるんだ!」
諏訪子、太陽に触発され、同じように勢いよく問題を解き始める
諏訪子「おぉ、太陽くん凄いやる気だぁ!よ~し、私も負けないぞ~!」
太陽「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
諏訪子「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
先生(図)が歩いてきて、太陽の肩をポンと叩く
先生(図)「図書室ではお静かに」
太陽・諏訪子「はい」
【場面転換】
夜、諏訪梨宅、太陽の部屋
ハチマキを巻いた太陽が、物凄い勢いで問題を解いている
太陽「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
【場面転換】
夜、戸成宅、諏訪子の部屋
問題を解いていた諏訪子が、顔を上げて楽しそうな笑顔で—
諏訪子「う~ん、太陽くんにどんなお願いしようかな~、えへへ」
【場面転換】
学年末試験当日、教室
太陽と諏訪子、物凄い勢いで問題を解いている
太陽「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
諏訪子「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
先生(担)「お~い、もっと落ち着いて解けよ~」
〇教室(テスト返却日当日・午後)
太陽、椅子に座り放心状態になっている
太陽M「あ~、死ぬ~。ここ数日、睡眠時間削りに削ったからな~」
先生(英)「はい、じゃあテスト返却してくぞ~」
諏訪子、少し緊張した様子でそわそわしている
諏訪子「や、やっと最後のテスト返ってくるね!」
太陽「う、うん。これで合計点が出せる……」
先生(英)「諏訪梨~」
太陽「は、はい」
太陽、答案用紙を受け取って戻ってくる
諏訪子「わ、私のが返って来てから、せ~ので見よ!」
太陽「わ、分かった。待ってる」
先生(英)「戸成~」
諏訪子「はい!」
諏訪子、答案用紙を受け取って戻ってくる
太陽「じゃあ、せーので行くよ?」
諏訪子「うん」
太陽「せーの!」
太陽と諏訪子、同時に答案用紙を広げる
諏訪子「あ、私の方が高い!」
太陽M「くっ!ダメだったか……!」
太陽「で、でも、合計点勝負だから!」
諏訪子「そうだね。計算しよ!」
太陽と諏訪子、それぞれに机に向かって合計点を計算する
太陽M「正直、『俺の点数が戸成さんに勝ちますように』って、椅子にお願いすることも出来た。でも、そんな卑怯なやり方で戸成さんとハグしても、きっと嬉しくない。自分の力で、勝ち取りたいと思ったんだ」
太陽、合計点を計算し終わる
太陽M「ま、その前に戸成さんとハグできますようにってお願いしてるから、何の格好もつかないけど……」
諏訪子「太陽くん、合計点出たよ!」
太陽「う、うん!俺も」
諏訪子「じゃあ、私から行くね」
太陽「はい……」
少しの沈黙の間、太陽と諏訪子の鼓動がなる
諏訪子「419点でした!」
太陽「あ……。俺……、425点……」
太陽、椅子から飛びあがって大喜びする
太陽「よっしゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
先生(英)「おい、諏訪梨、うるさいぞ!」
太陽「す、すいません!」
太陽、席に座る
諏訪子「あ~、負けちゃったか~。頑張ったんだけどな~」
太陽M「やった、やったぞ俺!」
諏訪子「悔しいけど、約束は約束だもんね」
太陽「え?」
諏訪子、太陽の耳元で囁く
諏訪子「太陽くんのお願い、何でも聞いてあげるね」
太陽「う……、うん……」
〇下校道(同日・放課後)
太陽と諏訪子、並んで歩いている
諏訪子「え、太陽くんそんなにいっぱい勉強してたの!?」
太陽「う、うん」
太陽M「ほぼ寝ないで勉強してたから、テスト中寝落ちしかけたのは内緒」
諏訪子「私なんて、毎日しっかり九時間睡眠だったよ~。それじゃ負けちゃうのも仕方ないか……」
太陽M「……気づかなかったけど、戸成さんと一緒に帰るの、何気に初めてだな」
諏訪子「で、そこまでして私に聞いて欲しいお願いって?」
太陽M「来た!」
太陽「えと、その……。戸成さんにしてほしいのは……」
太陽M「言え、言え、俺!」
太陽「戸成さんと、ハ……、ハ……」
太陽M「言え!自分で願いを叶えるんだ!」
*回想:諏訪子「このくらい普通だよ、ママもよく男の人にしてるし。だから、ドキドキ抑えて、ね?」
太陽M「……おい、何だこれ。何で今、思い出すんだ……」
諏訪子、太陽を不思議そうに見つめている
太陽M「戸成さんにとって、ハグなんて普通のこと。もしかしたら、もう色んな人としてるのかもしれない。例えば、如月くんとか……。あぁ、なんか……」
諏訪子「太陽くん?」
太陽「ハイタッチ」
諏訪子「え?」
太陽「ハイタッチ、しよ」
諏訪子「う、うん」
太陽と諏訪子、ハイタッチする
諏訪子「こんなのでいいの、太陽くん?」
太陽「いいんだ、十分嬉しい。ありがとう」
諏訪子「そっか……。太陽くんが嬉しいって言うなら、どういたしまして!」
太陽「行こっか」
諏訪子「うん!」
太陽と諏訪子、歩き始める
太陽M「なんか、がっかりしちゃったな……」