第4着席 ナイトルーティン/体育の授業
〇~:柱
◆~:柱(回想)
二文字開け:ト書き
「」:セリフ
N「」:ナレーション
M「」:モノローグ
*~:その他の指示
*****
〇諏訪梨宅・リビング(数週間後・夜)
太陽、食卓で夕食を済ませると、階段を上って自室へ
机に向かい、教科書とノートを開く
太陽「う~ん……」
数秒間教科書を見たのち、ベッドに寝転がってスマホを見始める
数時間後
ベッドから起き上がり、自室を出て浴室に向かう
シャワーを浴びている太陽の人影が、風呂のドア越しに見える
風呂から出て、ドライヤーで髪を乾かし歯を磨く
自室への階段を上ろうとして足を止め、反対方向に歩きだす
ベランダに出て、物置の扉を開ける
椅子に座り、祈るように両手を合わせながら―
太陽「明日も、戸成さんのとなりに座れますように」
暫く祈った後、椅子から立ち上がって物置から出る
太陽M「これが俺の、ナイトルーティンだ」
誰もない真っ暗な物置の中、一瞬だけ光を放つ椅子
〇学校・校庭(翌日・午前)
雲一つない晴天
グラウンドに、太陽のクラスの生徒たちが二列で座っている
太陽N「今日の体育は、五十メートル走の計測だ」
スターターピストルが鳴る
二人の生徒が走り出すのを、ぼんやりと眺める太陽
太陽M「嫌だな~。走るの苦手なんだよな~。小学生の頃は十秒台でほとんどビリだったし」
太陽N「そんな体育の時間だが、楽しみなことが一つ。それは―」
太陽の左斜め前、隣の女子と会話をしている諏訪子
太陽N「戸成さんの頑張ってる走り姿を拝めること!」
村岡「はい、じゃあ次のペア~」
諏訪子「は~い」
諏訪子と女子、立ち上がってスタートラインに着く
太陽M「昨日はこれが楽しみ過ぎてあまり眠れなかった!俺の順番は戸成さんの後だから落ち着いて見られるし!」
村岡「位置について」
太陽M「さぁ、来るぞ!」
村岡「よ~い」
スターターピストルの音と共に、諏訪子と女子が走り出す
太陽、諏訪子の走り姿を凝視しながら―
太陽M「おぉ、腕が縦じゃなくて、よく見る横にブンブン振る感じだ。足の裏全面で地面を蹴ってるから、ここからでも大きな足音が聞こえる。まさに女の子らしい走り方、可愛い!けどすごいな、足の回転が妙に早いから、腕振りの遠心力がなくてもグングン前に進んでいく!頑張れ、戸成さん!」
女子、諏訪子の順番でゴールする
太陽M「惜しい、二位か!でもよく頑張った、戸成さん!」
諏訪子「流石バスケ部、すごい速いね~。全然追いつけなかったよ~」
女子「いやいや、帰宅部にしては諏訪子ちゃんも結構早いよ~。あと、走り方が可愛い」
諏訪子「も~、からかわないでよ~」
太陽、女子の言葉に頷き共感する
太陽M「よし、今日の目的も果たしたし、帰りますか」
村岡「はい、次のペア準備して~」
太陽M「あぁ、次俺か」
太陽、立ち上がりスタートラインに着く
隣の伊藤くん(12)が太陽に向かって―
伊藤「なぁ諏訪梨、俺と勝負しようぜ!」
太陽「勝負?」
伊藤「負けた方、帰りにジュース奢りな!」
太陽「いいよ。っていうか、俺絶対に勝てないよ」
伊藤「確かに、帰宅部に負けたら、サッカー部エースが廃るってもんだ!」
太陽M「と言ってみたものの、既に俺はこの勝負は捨てている!何故なら俺は、元々二位を目指しているからだ!この五十メートルの計測は、走り終わった人から順に一位の列、二位の列にそれぞれ分かれて並ぶ。そして、先ほどの計測で戸成さんは二位になった。ということは、戸成さんは今、二位の列に並んでいるはず……。そう、戸成さんのとなりに座るためには、俺も二位になればいいのだっ!」
伊藤「よっしゃ~、やるぞ~」
太陽M「その点、伊藤くんが勝負を挑んできたのは俺にとっては都合がいい。彼との体格差では、元より俺の二位は確実。むしろ、何の怪しさも違和感も感じさせず、目的を果たすことが出来る。戸成さんの前で勝負に負けるのは少しダサいかもだけど、となりに座れるならそんなの些細なこと!これぞ正しく、試合に負けて勝負に勝つ、だっ!」
村岡「位置について」
太陽M「ありがとう、伊藤くん。下の名前も、ちゃんと覚えるねっ!」
村岡「よ~い」
スターターピストルの音と共に、太陽と伊藤が走り出す
暫く必死に走る太陽だが、一向に伊藤が自分の前に現れない
太陽M「……あれ、伊藤くんの姿が見えない。おかしいな、そんなはずは―」
太陽、チラっと後ろを振り向く
開始数メートル地点を全力で走る伊藤の姿を目にして―
太陽M「いや、足おっそ!」
太陽、走りながらクラスの男子同士が会話している光景を思い出す
太陽M「はっ、そう言えば!伊藤くんは、サッカー部のエース。シュートにドリブル、リフティング、果ては地獄の筋トレも難なくこなす、正に天才!だけど、ボールを持たないで走ると人とは思えないくらい足が遅くなる、正に変態だって、クラスの男子が言ってた!」
太陽、再び全力疾走の伊藤に目をやる
太陽M「いや、だとしても遅すぎだろ!スローモーションか、カタツムリか何かか!逆に疲れるだろそれ!」
太陽、冷静になって前に向き直る
太陽M「いや待て、冷静になれ俺。こうなってしまった以上、二位になるのは不可能だ。これ以上スピードを落とすと、逆に不審がられてしまう。あと、あれに負けるのはダサい、流石に、そんくらいの理性はある!今の俺に出来ることは、出来る限りの全力疾走で一位になること。行ける、行けるぞ俺。爽やかに一位でゴールして、戸成さんにかっこいいところを見せるんだ!帰宅部の力、見せてやれ、行くぞっ!」
太陽、フォームを整え、力いっぱい地面を蹴る
しかし、バランスを崩し一歩目で顔面から転倒して全身でスライディングする
太陽「げびゃー!」
心配した村岡先生(24)が走ってやってくる
村岡「諏訪梨、大丈夫かー?」
太陽、体をお起こすと膝から僅かに出血している
太陽「いってて……。何が起き……、あれ、血……?」
村岡「かすり傷ね、その程度なら洗えば―」
太陽「あ、あぁ……!」
村岡「諏訪梨、どうし―」
太陽「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
太陽、絶叫して気絶しその場に倒れる
村岡「諏訪梨―!」
太陽、薄れゆく意識の中で―
太陽「くっそ……、また、これか……」
村岡「諏訪梨、諏訪梨、しっかりしろ!」
太陽「俺、だっせぇ……。あぁ、意識が……」
村岡「と、とりあえず、保健室!」
諏訪子「先生、私が行きます!」
村岡「あぁ、お願い!」
太陽「あ、れ……、この、声、は……」
太陽、完全に意識を失う
〇学校・保健室(同日・午前)
ベッドで横になっている太陽
目を覚まし、ぼやけた視界で天井を見る
太陽M「ん……、知らない、天井だ……」
姫森「先生職員室にいるから、何かあったら呼びに来てね」
諏訪子「分かりました」
太陽M「誰か、話してる……」
姫森先生(26)、保健室から出て行く
保健室の扉が閉まる音が聞こえる
諏訪子、コントラクトカーテンを開ける
諏訪子「あ、太陽くんおはよ~」
太陽「あ、お……、おはよ。えっと……」
諏訪子「太陽くん、いきなり倒れちゃうんだもん。みんなビックリしてたよ~」
太陽「あ、そっか。だよね、ごめん……」
諏訪子「ううん、大丈夫。太陽くんそんなに重くなかったし、運ぶの楽だったよ」
太陽「あ……、戸成さんが、連れてきてくれたの?」
諏訪子「もちろん!保健委員ですから」
太陽M「なんたる僥倖」
諏訪子「もう体調良くなった?」
太陽「う、うん、もう大丈夫。迷惑かけてご―」
諏訪子、太陽に顔を近づけて額に手を当てる
太陽「どわぁ!」
太陽、驚いて思わず飛び跳ねる
めまいがして、ベッドに倒れる
太陽M「な、何だ今の……!駄目だ、あまりの衝撃でまた意識が……」
諏訪子「あらら、まだ安静にしてようね」
太陽「そ、そうします……」
諏訪子、太陽の寝るベッドに腰を下ろす
諏訪子「ねぇねぇ、安静にしながら何か遊ぼうよ」
太陽「う、うん、いいよ。何する?」
諏訪子「う~ん……、じゃあ、麻雀とか」
太陽M「何だそのチョイスは」
諏訪子「あとは……、パチンコとかスロットとか」
太陽M「中一が何故そんなものを知っている。……あ、俺もか」
諏訪子「そういえばね、小六の時から二秒もタイム縮んでたんだよ!」
太陽「そ、そうなんだ。すごいね」
太陽M「遊びの話はもういいのかな……?」
太陽「そう言えば、俺のタイムどうなったんだろ……」
諏訪子「あ~、太陽くん、結局ゴールできてないもんね。放課後測り直しとかかな?」
太陽M「うぅ……、みんなの前で盛大に転んで、しかも一人だけ測り直しとか、格好悪いにも程があるだろ……。教室戻って、みんなに笑われたらどうしよ……。きっと、戸成さんも内心は俺のこと笑ってるんだろうな……」
諏訪子「でも、一生懸命走ろうとしてる太陽くん、かっこよかったよ」
太陽、諏訪子に見惚れている
その時、授業始まりのチャイムが鳴る
諏訪子「あ、授業始まっちゃう。私もう行くね」
太陽「え、あ……、うん」
諏訪子「太陽くんも、元気になったら戻って来てね!」
諏訪子、太陽に手を振ると保健室を出て廊下を走っていく
太陽、ぼんやりと天井を眺めながら―
太陽「椅子の力、すごいな……」