第3着席 距離感/お弁当
〇~:柱
◆~:柱(回想)
二文字開け:ト書き
「」:セリフ
N「」:ナレーション
M「」:モノローグ
*~:その他の指示
*****
〇教室(数週間後・午前)
校門前、桜も徐々に散り始めてきている
授業中、席をくっつけて座る太陽と諏訪子
太陽N「早いもので、入学式から数週間が経ち、科目ごとに先生が変わることにも、定期テストの範囲の広さで脅されることにも慣れてきた。あれからずっと、戸成さんのとなりに座りたいっていう俺のお願い事は叶っている。まぁ、席が隣だから当然と言えば当然で、それ以外に何か特別なことが起きたりするわけでもない。でも、今日は何か違うかもしれない……」
諏訪子、食い入るように教科書を凝視している
太陽、必死で緊張を隠しながら窓の外を眺めている
太陽M「そんな、がっついて教科書見ることある……?」
諏訪子、ハッとして教科書から顔を離す
諏訪子「あっ、ごめん。これじゃ太陽くんが教科書見えないよね」
太陽「あ、ううん。全然、大丈夫」
太陽M「今日は戸成さんが教科書を忘れたらしくて、それで一緒に見ることになったんだけど……。さっきから、教科書に穴を開ける勢いで凝視している……」
太陽、暫く沈黙してから—
太陽M「どうせなら、俺に穴を開けてくれればいいのに……」
太陽、窓ガラスに思い切り頭を叩きつけようとして寸前で止まる
太陽M「いかんいかん、あまりの気持ち悪さに自分で自分を罰するところだった!今大きな音を出したら指名されるのは俺になってしまう。それだけは駄目だ、俺は英語が苦手なんだ……」
先生(英)「じゃあ、次の英文を、自分の名前を当てはめて音読してみてくれ。え~っと、じゃあ戸成」
諏訪子「は、はい……!」
諏訪子、少し動揺しながら教科書をもって立ち上がる
諏訪子「How are you? My name is Mr.White. あ、違う……、My name is Suwako.」
太陽M「この数週間で、戸成さんについていくつか分かったことがある。まず一つ目に、忘れ物が多いということ。鉛筆や消しゴム、コンパス、果ては鞄丸ごと忘れてきては、いつもクラスの誰かしらから借りているのをよく見る。今日は、偶々借りる相手が俺だったってだけ。まぁ、これは大した発見じゃない。もう一つ、彼女について分かったこと、それは……」
諏訪子、ホッと一息ついて椅子に座り、再び食い入るように教科書を凝視する
太陽M「戸成さんは、妙に相手との距離が近いということだっ!そう、それは数日前のこと……」
◆教室(同日・朝)《回想》× × × × ×
太陽、席に座りぼーっとしている
諏訪子がクラスメイトと話しているのが聞こえてそちらを見る
諏訪子「今日筆箱忘れてきちゃって……。鉛筆をお恵みください~、今度ジュース奢るから~」
みさき「あぁ、うん。いいよ」
太陽M「戸成さん、また何か忘れたんだ。俺に言ってくれれば、喜んで貸すのに」
みさきちゃん(12)、諏訪子にシャーペンと消しゴムを手渡す
みさき「はい。持って帰らないでね~」
諏訪子「ありがと~!」
諏訪子、みさきに勢いよく抱き着き、頬にキスをする
それを見た太陽、驚きのあまり開いた口が塞がらない
みさき「ちょ、ちょっと~、恥ずかしいよ~!」
諏訪子「えへへ~」
〇教室(同日・午前)× × × × ×
太陽M「あんな光景を見せられたら……、あぁ、あぁ……、俺もハグされたいっ!」
太陽、自分で自分の体を抱きしめる
直後、シャーペンで眼球を突こうとして寸前で止まる
太陽M「いかんいかん、また戒めの自傷をするところだった!ここで目立っては、次こそ指名されるのは俺だ。それだけは避けなければ、みんなの前で英語を読むなんて恥さらしもいいとこだ……!」
諏訪子、教科書を見ながら悩ましいように眉をひそめている
そんな諏訪子を横目で見る太陽
諏訪子「extinctionって、どういう意味だろ……」
太陽M「ふぅ……。今日も、俺が教科書を見せると言った途端、物凄い勢いで机をくっつけてきたし……、戸成さんの言動は俺には少し刺激が強い気がする。まぁ、そのおかげで前よりは全然話せるようになったけど……」
諏訪子「Mr. White was extinct…….」
太陽M「っていうか、戸成さんまた教科書にがっついてる、さっき謝ったばっかなのに……」
太陽、暫く沈黙してから―
太陽M「でも、戸成さんがずっとこうしてれば、俺は授業時間いっぱい教科書ではなく戸成さんの顔を合法的に拝むことが出来る……!?」
太陽「ふへ……、最高」
諏訪子「え?」
校舎、外観
太陽が窓ガラスに顔面を打ち付けた音が聞こえる
先生(英)「お、諏訪梨、元気いっぱいだなぁ。よし、次の文章声に出して読んでみろ~」
太陽「……はい」
〇教室(数週間後・昼)
四限終わりのチャイムが鳴り、昼食の時間になる
生徒たちが弁当を出したり、机をくっつけたりし始める
太陽M「今日からのお昼の時間は、少し憂鬱です……」
諏訪子「お昼だ~っ!」
太陽M「学校でのお昼と言えば、近くの人同士で席をくっつけてグループを作る、というのはよくある話だと思う。だけど、この中学校にはそのような文化はなかった。個人で食べましょう、的なノリだ。だから―」
*回想:太陽と諏訪子、隣同士で会話しながら弁当を食べている
諏訪子が一方的に話す感じで、太陽はそれにぎこちないながらも反応している
太陽M「お昼の時間はいつも、戸成さんとこんな風にお弁当を食べていた。何だっ、この幸せな光景はっ!」
太陽、自分の頬をビンタする音が聞こえる
頬を摩る太陽を不思議そうに見ている諏訪子
太陽M「だけど、そんな夢のような時間はもう、金輪際訪れない。何故なら数日前―」
*回想:女子生徒が教卓に立ってクラス全体に話している
女子「提案何ですけどぉー、お昼の時机くっつけて食べませーん?そしたら、このクラスもっと仲良くなると思うんですけどぉー」
太陽M「くあっ!返せ、俺と戸成さんとの時間をっ!」
太陽、自分の頬をビンタする音が聞こえる
太陽M「とまぁ、クラスの陽キャ女子の提案で、今日からグループでお弁当を食べることになった。当然、クラスの隅にいる俺が異論を唱えることなんて出来るはずもなく、クラスのみんなもその提案に賛成した。まぁ、そこまでは良しとしよう。だが—」
太陽、机を動かそうとする手が震えている
険しい顔で俯きながら―
太陽M「一番の問題は、俺が戸成さんのとなりじゃなくなるってことだっ!基本、一グループの人数は五人。俺たちのグループもそうだ。そうなると、まず四人で正方形を作った後、余った一人は誕生日席に行くことになる。その役回りが俺なんだ、だって一番後ろの列の席なんだもんっ!誕生日席、運が良くても戸成さんの対面に座ることになる……。それじゃ駄目だ、俺は戸成さんの隣が良いんだ!」
諏訪子、既に机を動かし終わっており、目を輝かせながら弁当を開けようとしている
諏訪子「今日のお弁当は何かな~♪」
太陽M「はぁ~。まぁ、今更考えても仕方ない。戸成さんの位置的にやっぱり俺が誕生日席になりそうだし、陽キャの光に屈した俺の完全敗北だ。さようなら、My precious days……」
涙ぐみ、天井を見上げる太陽
すると、諏訪子の前の席の男子が手を上げて―
男子「せんせー、俺前のグループの方が仲いい人多いんで、そっちに入ってもいいですかー?」
先生(担)「おぉ、そんくらいならいいぞー」
男子「うっす」
男子、席を動かして前のグループに入る
その様子をぼんやりと眺めている太陽
太陽M「ありがとーっ!!!!!こ、これで俺たちのグループが四人になって、一人も余ることなく綺麗な正方形が作れるようになった!ってことは―」
諏訪子「太陽くん」
太陽「な、何、戸成さん?」
諏訪子、いつの間にか机を一つ隣にずらしており、開いた箇所(諏訪子の隣)に太陽を招こうと手招きをしている
諏訪子「となり、開いたよ?」
太陽、諏訪子の隣に席を移動して―
太陽M「ごちそうさまでーっす!!!!!!」
太陽、涙を流しながら祈るように両手を合わせる
太陽M「ありがとー、まだ一度も喋ったことがない人ー!ちょっと言い方に引っかかるところがあったけど……。うん、今度一番好きなおかずをこっそり彼の弁当箱に入れておこう!」
諏訪子「太陽くん」
太陽「な、何、戸成さん?」
諏訪子「またとなりになれたね♪」
太陽、暫く諏訪子に見惚れてから、机に突っ伏す
太陽「ふぐぶぅ!」
諏訪子「おぉ」
【場面転換】
クラス全員、弁当を食べている
太陽も幸せそうな表情で弁当を頬張る
太陽M「戸成さんのとなりを勝ち取った後に食べるお弁当は格別だな~!」
諏訪子「美味しそ~、も~らいっ」
諏訪子、太陽の弁当箱から卵焼きを一つ取って食べる
太陽「あ」
諏訪子「えへへ、あんまりにもおいしそうだったからつい……」
太陽「う、ううん。大丈夫だよ」
諏訪子「お礼に、私のも一つあげる~」
太陽「え、ほ、ほんと?」
諏訪子「もちろん!はい、あ~んっ」
諏訪子、太陽に向かってソーセージを差し出す
太陽M「いや、だから距離感っ!」
諏訪子「ん、どうしたの?」
太陽M「良いんですかこんなことして、まだお昼ですよっ!?目の前の二人も何か気まずそうにチラチラ見てるし!で、でもまぁ、戸成さんがどうしてもって言うんなら?断っちゃったら失礼だもんね!」
諏訪子「ほれほれ~、あ~ん」
太陽「あ、あ~ん……」
太陽、震えながら顔を近づけて、ソーセージを食べる
諏訪子「おいし?」
太陽「お、おいしい、です」
諏訪子「えへへ、よかった」
諏訪子、太陽に笑顔を向ける
それを見た太陽―
太陽「げぼふぅ!」
太陽、机に顔面を打ち付けて昇天する