これだから野球をしてる人間は……
野球好きです。
あくまでネタです。
野球されている人、許してください。
「あっ、スイマセン。ちょっと聞き取れなかったので、もう一度宜しいですか………………はい…………はい………………を三ですね…………と………………はい……はい………………納期が…………あっ、もう一度宜しいですか…………はい…………毎度ありがとうございます ─ガチャン」
「注文?」
向かいのデスクで先輩の事務員が聞いてきた。
私は電話を置くと、怨めしそうに窓の外を見る。
外では「ドンマイ!ドンマイ!」「声出していこう!」と、野球部の声が聞こえる。
正直、五月蝿い。
何でグラウンドの近い所に事務所建てたんだよ。どうせプレハブなんだから、離れた所に建てれば良かったのに……。なんて事を言っても仕方がない。
先代社長が大の野球好きで、「若者が野球をしている元気な声は千金だ」とか言って、今の場所に事務所の位置を変えてしまったんだから……。確かに、門から遠い位置にあった頃は、お客様が事務所を探して工場内を彷徨ったりしたことがあったらしいし、門から近いこの場所が事務所に最適だったかもしれない。
でも、五月蝿い。
電話の声が聞こえないから、せめて防音の二重窓にしてくれよ。なんて希望を言っても、所詮プレハブ。
ちなみに、私が野球が嫌いという訳ではない。ちゃんと好きな球団もあるし、高校野球も地元高校を応援する。ただ、野球をやってる人達が嫌いなだけなんです。
◇◇◇
気が付けば、私の人生、周りは野球をしている人達ばかりだった。
父親は大の野球好きで草野球。弟二人も野球部で、初恋の相手はリトルリーグでピッチャーしてた。始めて付き合った人は野球部のキャプテンで二股されてフェードアウト。母親は流石に野球をしてなかったが、息子大好きで野球部のお手伝いで大忙し。唯一野球と遠いのが、今の彼氏。
高校卒業すると、大学ダメ、短大ダメ、専門学校ダメのダメダメ旋風で、更に県外ダメで父親の知り合いのこの工場で事務仕事。弟たちの野球にお金掛け過ぎなんだよな……。でも、彼氏と逢えたし、そこは許す。
ああ、高校時代のバイトでも野球してんの多かった。
真面目で頑張りますって顔して、すぐに「その日は試合で……」つて、シフトどうすんのよ。何で私が代わりに入らないといけないの?
女の子まで「私、マネージャーだから……」って、お前、試合に出ないだろ!
店長も許すなよ!
野球やってる奴は、何でも試合で許されると思ってやがる。
ああ、そう言えば、カーディーラーの担当も、この間行ったら、社会人野球で休んでた。って、会社の社会人野球だから出勤扱いなんだろうな……。羨ましい……。てか、社会が野球に甘すぎる!
◇◇◇
「ねえ、営業の言ってきた追加の注文どうなってる?」
先輩の言葉に固まった。
忘れてた!
いや、正確に言うと、製造部長に言ったけど「そんな急なオーダーに回せる人がいるか!」って、一喝されたんだよね……。まぁ、結局は製造してくれるんだと思うけど。
「人、足りないよね……」
「足りてないですね……」
事務員ではどうしようもない問題に悩まされる。
慢性的に人が足りないわけでも無い。人が足りている時もあったらしい。私が入社する少し前の事。
先代社長の息子、現社長の友達?後輩?が四人入ったらしい。当然、全員野球部上がり。
文脈から想像していただけていると思うが、四人とも既に居ない。一年と保たずに辞めていったらしい。
そもそも、現社長が『気に喰わない』『同じ方向性を持っていない』とか言って、先代社長の頃からいた中堅どころの社員を辞めさせていったのが間違いなんだよな……。
大体『同じ方向性』って何?皆が同じ考えしか持たないってありえる?ゲームじゃないんだよ。皆、それぞれの生活もバックボーンもあるんだよ。
まるで、監督の指示で犠打や送りバントをする野球じゃないんだよ。
だから、野球をやってた人は……。
まあ、辞めていった野球部上がりの人達も、可哀想といえば、可哀想。社会人になっても、野球部時代の上下関係で働かせられたら堪んないよね。
それにしても、今は納期、納期。
「もう一度、製造部長のとこに行ってきます」
「頑張ってね〜」
◇◇◇
社長が出てこなくなった。
「あっ、はい。お聞きしております。あっ社長は、ただいま出ておりまして。……ええ、はい。帰社予定を聞いておりませんで……。はい、申し訳ございません ─ガチャン」
「また?」
「はい……。この間の回答書だそうです……」
「もう言っちゃったら。『社長は都合悪くなったから逃げてます』って」
「えぇ、言えませんよ。とりあえず、製造部長に相談してきます」
社長は、不定期で出てこなくなる。
製造部長が言うところの『夏休みの宿題ができていないから学校に行きたくないよ病』らしい。
『これだからボンボンは……』
これが製造部長の口癖だ。
私の『これだから野球をやってた人は……』と足すと、『これだから野球をやってたボンボンは……』。
なんか、最強に駄目な人間に感じる。
「とりあえず、社長の机をさらって、どういう案件か、どこまで進んでいるのか、調べてくれ。それから俺が相手先に電話してみる」
そういう製造部長の顔には、既に疲れが見えていた。
「はぁ、そうですか。誠に申し訳ございません。…………ちょっと身内に不幸があったらしく……そう、急で……そんな、御社に……って、…………あっ、五月蝿いですね、横の野球部の声ですよ。…………すいません、急な事で……えっ、はい。私が対応させて…………」
事務所の奥で、製造部長が余所行きの声で電話している。
私は心の中で『ありがとうございます』と、手を合わせていた。
問題が解決してから二週間程して、社長が復帰した。
実に元気そうで……。
社長が復帰してから会社は、『ほぼ』いつも通りに戻った。
『ほぼ』というのは、社長が新しいフレーズを覚えたからだ。
『俺が責任をとる!』
どの口が言ってるんだか……。
だから、『野球をやってた人は……』。何でもドンマイドンマイで、全部忘れちゃうんだから……。
あっ、『これだから野球をやってたボンボンは……』
◇◇◇
「遅〜い」
「ゴメン、ゴメン。ちょっとクレーム入ったからさぁ」
今日は、仕事終わりに友達と食事に来ている。
遅れてきたのは、スーパーで働いている美玖。パートタイマーというやつだ。仲間内で唯一結婚していて、男の子が一人いる。
「どしたの?あんたがクレーム対応なんかするの?レジ打ちでしょ」
突っ込んだのは佳奈恵。専門学校に通う美容師の卵。
「いやいや、クレームで社員が呼び出されてさ。人がいないからって居残り」
「呼び出しって、家まで?」
「そう、家まで。家まで従業員を呼び出すなっての」
「あはは、で?惣菜が辛すぎるとか?」
分かる。確かに美玖のスーパーの惣菜は辛い。というか、味付けが濃い。
「いや、弁当買ったのにレジで箸を付けてくれなかったって」
「アホじゃね?箸くらい家にあるだろ」
「で、社員が箸とお詫びの洗剤持って出ていった」
「はぁ~、無料の箸で洗剤ゲットか~」
「五月蝿い奴なのよ。有名クレイマー」
「えっ、五月蝿いって、野球してる人とか……」
あっ、いけない。ついつい『五月蝿い』で『野球』に繋がってしまう。職業病か?
「キタキタ、アンチ野球宣言」
「そう、少年野球の監督」
「た〜!」
「やっぱり……」
「俺が言わんかったら……とか言ってさ」
確かにいる。
『俺が正しい』『俺が常識を教えてやってる』って感じの野球関係者。野球っていう世界だけで生きてるから、オラが天下になるんだろうなぁ。
「でも、話変わるけどさ、家の子も来年には小学校じゃん。何かスポーツとかさせた方が良いかなって考えるんだ〜」
「野球?」
「うん、周りにも野球してる子が多いし……」
「野球は大変だって。ねぇ」
「ねぇって、こっちに振らないでよ」
確かに野球は勧めない。
少年野球の保護者の苦労は知っている。自分の家も苦労したから……。
持ち回りでの練習毎のおにぎり。
試合毎に駆り出される保護者。
マイカーも、遠征対応の大型バン。
親同士のマウント合戦。
「でもさ、大谷翔○くんとか、イ○ローとか、格好良いじゃない」
「あんたねぇ、それは特別。そりゃあ一万人もいたら、一人くらい天才も出てくるわよ。ねぇ」
だから、佳奈恵、こっちに振らないでって。
「確か……野球の競技人口が、七百三十万人?二十だったかな?まぁ、七百万人はいるはずだから、佳奈恵の説だと、七百人は大谷翔○くんがいる計算か……。七百人の大谷くん……怖っ!」
「あんた、よく競技人口まで知ってんね。でも、私、七百人も野球選手知らないから……って、食べよ」
「で、これからどうするの?」
「彼氏が仲間とフットサル場を借りてるから、来ないかって」
そう、私の彼氏は、元サッカー部。野球と縁がない、野球人に囲まれていた私としては、レアな存在。
「優ちゃんか~。久しぶりに会いたいね」
「私も行く!」
◇◇◇
「優ちゃん久しぶり〜」
「美玖に佳奈恵か、久しぶりだな。ちょっと試合出る?」
彼氏である優に誘われるままスニーカーに履き替えて、試合に出る。まぁ、試合と言っても仲間内の遊びみたいなもの……なんですが…………。
何が、二十分走るだけよ!
一般人が二十分も走り続けられるか!
『これだからサッカーをする人は……』
誰でも自分と同じ運動量をこなせると思うな~!
テニスする人って、自意識過剰。
ランニングする人って、絡んでくる。
なんて、イメージ持ってます。スイマセン。