閑話 天才たちの目論見
ネクラ杯の本選が始まる数日前、ロビー近くにある三階建ての家にギルド『ファンクラブ』のメンバー、総勢153人が集まっていた。
チーム名はかなり責めた物だったが、ギルド名まで同じような物にしてしまうと他のネクラファンから何かを言われる可能性もあったので無難な物にしたのだ。
ギルドホームは縦に長く横に狭い造りで、家の中の通路は人1人が通るだけで埋まるほどの狭さだ。
正直ロビーの近くに100人を超えるギルドメンバーを収容できる建物は無いと言って良い。
もちろん数カ所あるにはあるが、そのどれもが大手ギルドに取られているという現状だ。
彼女達がこのロビーに近い場所に狭いながらもギルドホームを設けたのは、ネクラが少し前まで頻繁にロビーに出現していたからだ。
この中にも何人か声をかけた事のある人間がいたが、決してファンという関係から抜け出せた者はいない。
唯一ネクラと共に大会に参加して優勝した経験のあるソマリでさえ、ファンという位置から抜け出せていないのだから当然か。
普通、ある程度有名になるとそのファンを自分の恋人にするという話は珍しくない。
実際、ESCAPEの有名プレイヤーで結婚している人は、相手が元々自分のファンだった、という事例が多い。
世間の風当たりが強いという事はなく、むしろその結婚したファンの人に好意的な反応を示す人が数多く見受けられるほどだ。
なので、ファンの間でその人を狙うこと自体は忌避される物では無い。
アイドルとなれば話は別かもしれないが、プレイヤーである彼らは基本的に一般人だ。
恋愛は自由だし、倫理観が欠如していない――不倫関係など――でなければ基本的にはオッケーだ。
その中でも、ESCAPEプレイヤーの中でもっとも人気があるのがネクラだ。
彼女達は、今日の会議でネクラに近付く為の作戦を練るのだ。
「え~、では、攻略会議を始めますね! よろしく!」
『よろしくお願いします!』
ギルド長であるサリアという少女は、腰に手を当てて目の前に集まったギルドメンバーと、モニター越しに映る下の階にいるメンバーを見ると、一つ大きく頷いた。
彼女はチャイナ服を身に纏い、胸がかなり盛り上がっている。
盛り上がりすぎて逆に不気味な胸だが、ギルドメンバーは誰もそれを気にしていない。
ギルドメンバーの全員が現実世界で一度ギルド長と顔合わせをしており、その胸が余りにも平坦だった事から微笑ましい顔で見ているという背景があったりするのだが、本筋からズレるので今は割愛する。
ギルド長は20を過ぎた大人の女性だったが、そもそもネクラが学生であるという説が濃厚なのに狙うと言っているのは、ネクラと歳の近い女性たちだ。
このギルドメンバーの全員が16歳から25歳と、かなり若い女性達だ。
まぁ、ネクラの好み事件から、ネクラは年上の方が好きと知れ渡っているので、17以下人達にチャンスは無くなってしまったわけだが……。
「えっと~、それで三日後から始まるネクラさん主催の大会に出るメンバーを決めたいのですが、皆さんどうですか?」
ギルド長のその問いに、待ってましたとばかりに数人から手があげられる。
可能性は限りなく低いだろうが、ネクラと直接戦えるかもしれないのだ。
望む人間はかなり多く、特に鬼陣営のプレイヤーが多く名乗りを上げている。
そんな中、手を上げても仕方ないと判断したプレイヤー――マリアが声を張り上げる。
「ネクラさんの言葉もありますし、単純に実力主義で良いと思いますけど!」
ネクラさんの言葉とは、優勝景品についてだ。
その事についても今日話し合う予定になっており、優勝できた場合にどんなお願い事をするかと考えねばならない。
元々、ネクラのポケットマネーから出る賞金なんて申し訳なくて受け取れないと話が出ていた時にお願いごとの話が出て来たので、これ幸いとその話に飛び付いたのだ。
「まぁ、実力主義で良いというのは私も同感です。幸い、この場にはランキング入りしている子達が幾人かいますので、その子達を主軸にメンバーを決めましょうか」
「ネクラさんの解説動画のおかげでこのゲームのプレイヤー全体がかなりレベルアップしています。この際、参加賞は後に抽選か何かで分配するようにして、優勝は二の次にするというのはどうでしょう!」
そう発言したのは、黒い狐の面を被った女性だった。
このギルド内でもかなり頭の良いプレイヤーで、普段は子供側の指揮官として活躍している。
プレイヤースキルの方はあまりないので最近までは9段どまりだったのだが、ネクラの解説動画を見た事でそれに磨きがかかり、ようやく10段まで上ることが出来たプレイヤーでもある。
そんな彼女が優勝を諦めているというのは非常によろしくない。
確かにネクラ自身も参加する大会とは言え、最初から諦めて試合に臨むというのはナンセンスだ。
なにより、ネクラが出来る限り願いを聞いてくれる大会なんて、今後一切無いと考えて良いだろう。そのチャンスを掴むためにも、今回は本気で挑むしかないのだ。
「それに、あらかじめお願いはいくつか考えてもらってますけど、その中に現実世界でのオフ会というのもあるんですよ? それでも、優勝は二の次で良いと思いですか?」
「……すみません、忘れてください」
「あはは。まぁ、通る可能性は限りなく低いでしょうけど、握手会やサイン会の次にオフ会という順位ですし、謝る必要は無いですよ。ですけど皆さん、優勝すればこれらが行われる可能性が少なからずあると思っておいてください!」
サリアがそう言うと、ギルドの面々から「おお~」という声が上がる。
ネクラは人気すぎる故、現実世界でのイベントが開かれた事が無い。
まぁ、そんな事をすれば現場が大変なことになるだろうし、あの人自身が人見知り――ソマリ情報――らしいので開かないというだけかもしれないが。
それはそうと、ソマリさんからの情報では、ネクラさんは自分の人気や影響力を過小評価している節がある。
なら、あまり無闇に現実でのイベントを提案したら深く考えずにオッケーされて大変なことになりかねないので要検討ではある。
「では、指揮官はいつものメンバーで行くとして、その他の子達は実力が上の子達ってことで! 次にネクラさんにお願いする事ですけど、事前に皆さんから意見を聞いて纏めてきました」
そういうと、ふーっと息を吐いて気持ちを整えたサリアは、自分の頭に記憶したネクラさんへのお願いを読みあげて行く。
「まずは先ほど言ったサイン会や握手会、オフ会などですね。正直、これらが一番多かったです。次に、ゲーム内でのサイン会や握手会。あとは、ギルドに来てもらってこちらで色々する。公式グッズの優先販売権やネクラさんのサイン入り公式グッズを人数分、とかですね」
最後の2つは他の物が全て無理だった時の保険だ。
ネクラさんの公式グッズはほぼ確実に入手困難な状況に陥るだろう。
あの人は事務所に入っている訳ではないので全て個人で制作しなければならないはずだ。
ならば、発売されたばかりのゲーム機以上に入手困難になるだろう。その優先販売権はかなり有用な物となる。
それに、サイン入りの公式グッズはそれだけで家宝に出来る。
もちろん、本当はサイン会なんかに参加したいのだが、何度呼びかけても首を縦に振ってくれないので、そこら辺は期待しない方が良いだろう。
つまり、超が2つも3つもつく程のレアものになる可能性がある訳だ。
「他になにか案のある方がいらっしゃれば受け付けますよ?」
「……いいですか?」
「ソマリさん? 珍しいですね、あなたから何か言おうとするなんて」
「……まぁ」
ソマリというプレイヤーは、最近鬼側の指揮官として活躍しているのだが、口下手であまり自分から話す事は無い。
試合中はガラッと変わるのだが、ギルド内でも影の薄い存在だ。そんな人が自分から口を開いたことに、サリアは少なからず動揺する。
「今考えても仕方ないかもしれませんが、優勝した時の交渉についてです。良いでしょうか」
「もちろん! なにかありますか?」
「いえ、ご存知の通り、私はネクラさんと一緒に大会に出た事がありますのであの人の事を色々知っています。だからこそ言えるのですが、こちらの情報はあまり出さない方が良いと思います。具体的には、こちらが全員女性ということだったり、何を要求しようかと思っていることなどです」
「それは、どうして?」
困惑したように尋ねるサリアに、ソマリは言葉を選びながら恐る恐る自分の考えを口にする。
ネクラさんの性格上、サイン会をしてと言われれば嫌でも引き受けてくれる可能性はあるだろう。
だが、ファンとして踏み越えてはいけない境界線というのもある。あまり相手に無理をさせてはいけないのだ。
それに、ネクラさんは女性に免疫が無い。
彼女がいたことすら無いのだから、こちらが全員女性だと明かすと尻込みしてしまう可能性もある。
なので、先に相手からどれくらいのお願いなら聞いて貰えるのか言質を取って、そこから判断した方が良いというのだ。
「ネクラさんなら、名前だけでこっちが女の子だけって気付くでしょ?」
「……自分の人気を過小評価してる人ですよ? それに、本来の名前(ネクラさん攻略同盟♡)で応募したんですよね? もしそんな名前のチームが優勝したら、ネクラさんでも動揺するはずです。なので、気付かない可能性はあります。あの人は、賢いですけど少し抜けているので」
「……それ、ほんと?」
「信じられないかもしれませんけど、事実です。しばらく一緒に居て知りましたけど、自分に自信の無い高校生ってイメージがぴったりの人ですよ、ネクラさんは」
ギルドメンバーが信じられないという顔をしているのを見て、ソマリは少しだけ優越感を覚える。
ネクラさんの知らない一面を、自分だけが知っているというのはもの凄く嬉しい。
もちろんこの中にもネクラさんがメンバーを募集した時に応募した事のある人はいる。
だけど、競争率が凄まじいので当たった事が無いのだ。
「ここは、我々の想像するネクラさんよりも、実際に会ったソマリさんの言を優先するべきかと。現実より妄想に固執するのは愚か者のすることです」
「……まぁ、シーナさんがそういうなら……。とてもさっきまで弱気だった人の言葉とは思えませんね」
「……そりゃ、私もあの人に会いたいので……」
黒い狐が恥ずかしそうに下を向くと、どっと笑いが起こる。
子供側の指揮官ということもありその発言が採用され、優勝した時にはこちらの情報は最低限しか渡さない事を決める。
その他にも図々しい作戦(講習と偽って来てもらう等)が提案され、皆が引っ掛かる訳が無いと思いつつも、ソマリが絶対にいけると豪語するので信用してみたのだ。
一時間後、大体の方針が定まったところでサリアが一度手を叩き、その場を収める。
「とにかく、これらはすべて優勝した時の話です。取らぬ狸の……まぁ、とにかくそういうことですので、大会に出る皆さんはしっかり練習しておいてくださいね!」
「……誤魔化しましたよね? 今なんて言いました?」
「……はい! 皆さん、今日はお疲れさまでした!」
ソマリからの鋭い指摘を華麗に――思っているだけ――スルーし、サリアはゲームからログアウトした。
それから約一週間後、彼女達は見事にネクラ杯の優勝を勝ち取った。
余談だが、この件をきっかけにギルド内でソマリの株がかなり上昇した。
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やる気が、出ます( *´ `*)




