第90話 願い
「あ~! 終わったぁぁぁ!」
ネクラ杯の決勝戦が終わって勝敗が付いたと連絡を受けた晴也は、自室で頭を抱えて叫んでいた。
その声を聞いてリビングでテレビを見ていた春香がうるさいと怒鳴りつけてきているが、そんなことは気にする様子も無く叫び続ける。
もう見るからにヤバそうなチーム名の人達が優勝した。
これは、賞金目当てじゃなくて僕に何かしらのお願いをする気なのだろう。
しかも、大会前に出来る限りいう事を聞くといった手前、無闇やたらに断る事は出来ない。
ランクマッチの勝率をネットに投稿した時と同じで、ちょっと調子に乗りすぎていたと今更ながらに後悔する。
とりあえずSNSでネクラ杯の優勝者が決まった事を知らせ、優勝チームのリーダーへとお祝いと賞金についてのメッセージを送る。
賞金は事前にいくらと告知するのを忘れていたので、とりあえず2400万だと言っておく。
グランドスラムの賞金の2倍はあるけれど、少しでもこっちを選んでほしいと上乗せしたのだ。
どっち道、解説動画の方が異常なほど伸びているのでお金にはまだまだ余裕がある。
なぜか続編を期待している声もあるので、もし金銭面でヤバくなれば解説動画をまた上げれば良い。
〖そんなに高額の賞金はもらえませんよ。私達はネクラさんに聞いてほしいお願いがありまして……〗
そんな、文面からも緊張が伝わってくるような返事を見た時、僕は再び頭を抱えた。
いや確かに、相手がネクラのファンなら、僕の自腹で出ている賞金なんだから高ければ高い程遠慮するのは少し考えれば分かるだろう。
もし本当に賞金を選んでほしいのなら、ちょうどいい塩梅で選ぶべきだったのだ。
適当に、全員に100万ずつ支払える2400万という金額を提示したのが終わりの始まりだったわけだ。
「もう嫌だぁぁぁぁぁ!」
自分のバカさに嫌になるが、部屋の扉を蹴りつける音を聞いて少しだけ冷静さを取り戻す。
その後も続けて何発か蹴りあげられた後、その音は聞こえなくなった。
そうだ。この家には春香という暴力の化身を具現化した存在が居るのだ。2次災害を受けるのはごめんだ。
〖了解しました。出来る限り聞かせていただきます〗
〖良かった! じゃあ、まずどのくらいの範囲なら問題無いのか聞かせてもらっても良いですか?〗
この人のいうどのくらいの範囲というのは、恐らくどの程度ならラインを超えずにお願いが出来るかという事だろう。
この質問をしてくるということは、あらかじめいくつかの候補を用意しておいて、こちらのラインぎりぎりの物を提示してくるつもりなのだろう。
正直、そのお願い候補を聞いて選別したいけれど、そんなこと出来るわけが無いので出来るだけ短い時間で考える。
まず、現実で会いたいというのは無理だ。
見バレでもしようものなら、ネット上に僕の写真が出回ってどこに行ってもプライベートが無くなるだろう。
それは、このマンションの他の住民の人や、春香にも迷惑をかけるので絶対になしだ。
次にビジネスとかそう言った物は、正直どっちでも構わない。
更に出してほしいと言われても、マイさんに頼めば快く承諾してくれるだろうし、優先販売権が欲しいと言われるのならそれくらいお安いご用と言える。
自分達を関与させてくれと言われたら少し迷うところだが、打ち合わせなんかで顔を合わせるのは数人だろうし、写真なんかに気をつければ大丈夫だろう。
その他のビジネス(コラボカフェやその他諸々)に関しては、そちらの知識が無いので気軽に引き受ける事が出来ない。
僕は事務所に所属している訳でも無ければ経済関係の知識を持っているわけでもない。
なので、そっち系の話は正直難しいと言わざるを得ない。
他にありそうな物と言えば、向こうにどこかのプロチームに関係している人がいて、うちのチームに入ってほしいと言われた場合だ。
その場合も、今後の僕の人生にかなり影響してくるので気軽に返事が出来るものでは無い。
事務所に入ってくれという話も同じ理由で却下だ。
(とりあえず、パッと思いつくのはこれくらいか。正直、現実で会おうとか言われなきゃどんなでも良いんだけど……)
とりあえず、その旨を相手に知らせ、チームの皆と考えると返事をもらった。
やはり、あらかじめいくつか願いを考えていて、これからチームメンバーと相談するといったところだろう。
まぁ、どんな願いが来るかは分からないけど、付き合ってくれみたいなバカな願いは流石に言い出さないだろう。
そんなこと言っても、僕が断るのは明らかだし。
数分待った所で、ようやく相手からの返信が来た。
〖では、私のギルドでギルメンの皆に向けて講習を行っていただきたいです。今回のチームメンバーは全員私のギルドに参加している子達なので、全員が得をする結論です!〗
〖本当に、そんなことでよろしいんですか?〗
〖もちろんです! あ、他にもギルドに入ってる子達はいるんですけど、その子達も一緒にということでよろしいですか?〗
〖問題無いですよ。ちなみに何人ぐらいのギルドなんですか?〗
〖総勢で150人くらいですね!〗
ギルドの上限人数は1000人だったはずなので、この数はそこまで多い訳ではない。
トップギルドは当たり前のように1000人揃えているし、現存している8割以上のギルドもそれくらいのメンバーを揃えている。
あくまで大会の優勝商品という名目なので、試合に参加もしていない900人強にも講習をするとなれば批判されるかもしれないが、100人程度なら問題無いだろう。
それよりも、2400万という大金を捨ててまで要求したいことなのか理解しかねる。
確かに僕の解説動画のコメント欄には「この動画のおかげでめっちゃ勝てるようになった!」という、怪しい広告の謳い文句みたいな物が数えきれないほどある。
僕が講習をする事で将来的に2400万以上の収入を見込めると考えたのならば、それはそれで賢い選択とも言える。いや、僕でも同じ選択をしただろう。
まぁ、講習と言っても何をしたらいいのか分からないのでそこら辺は色々相手に聞くとかしなければならないと思うけども……。
〖了解しました。こちらはいつでも問題ありませんので、そちらの都合の良い日でお願いします〗
〖分かりました! じゃあ、早速皆の予定を聞いてきます!〗
〖お願いします。あと、改めて。優勝おめでとうございます〗
〖ありがとうございます!〗
この時、晴也は失念していた。
相手が何の講習をしてほしいのか。
そして、チーム名から分かるように相手は全員女性だという事を。
冷静に考えればギルドメンバーが全員片方の陣営な訳が無い事には気付けただろう。そこから何の講習をするのか聞いていれば、被害を最小限で抑えられたかもしれない。
だが、ネクラは天才だが少し抜けていると言われる所以はこういったところに起因している。
彼が己のミスに気が付くのは、それから1週間後の事だった。
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