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第83話 恋愛相談

 ネクラさんの家を出て数分、親子のように手を繋ぎ、何も話さず沈黙を守っていた私達の空気に耐えられなくなったのか、ライが口を開いた。

 その内容は、やはりネクラさんに対しての呆れの言葉だった。


「お兄ちゃんって、やっぱりバカなんじゃないの?」

「……はは。まぁ、なんとなく分かる気もするよ」


 数か月前の私であれば、その言葉を聞いて苦笑を洩らすなんてこと、絶対に出来なかっただろう。

 いやむしろ、相手がライであったとしても激怒していただはずだ。


 ただ、今はそんなことはない。

 なにしろ、数か月前とは随分状況が変わってしまったからだ。


 遠目から眺めるだけだった、雲の上の存在だと思っていたネクラさんの、こんなに近くにいられること。

 ゲーム内だけではなく、現実の世界でもこうやって交流を持てていること。

 全てが、数か月前では想像できなかったことだ。


「ねぇ、本当にあんなことしてて、テストの度に学年1位とってるの?」

「……それ、私に聞く?」

「……だよね。ごめん」


 ネクラさんが見せてくれた、相手チームの分析。

 本人はあまり満足していないような物だったけれど、あのデータをネット上に公開するだけで、そのチームのメンバーは怒り狂うだろう。

 いや、最悪の場合、憤怒と嫉妬にまみれた愚かな人達が、ネクラさんへの誹謗中傷を書き込んでプチ炎上しそうだ。というより、確実にそうなるだろう。

 ネクラさんの纏めていたデータは、それほどの物だったのだ。


 相手のチームメンバー全員のステータスや、得意としている事と苦手としている事。

 ランクマッチと大会での勝率は当たり前のように記載されていて、SNSから収集したと思われるそのプレイヤーの性格や考え方の癖が綺麗に纏められていた。

 オマケに、過去の大会での戦績や、警戒度合いをグラフにして分かりやすくもしていた。


 恐らく始めたばかりの素人でも、あの対策表を見れば8段のプレイヤーが固まっているチームくらいになら容易く勝てるだろう。

 多少自分で考えられる頭と、対戦表の内容を丸暗記出来る記憶力さえあれば、その程度のことは造作もなく行えるはずだ。


 プレイヤースキルの差など、相手の取り得る行動が全て記されていたあの対策表を見れば簡単に埋めることが出来る。

 通常ありえないはずの、初心者が8段のプレイヤーに勝つという行為。それを可能に出来る程の物だったのだ。


 第三者が数分見ただけでも相手チームがどの程度強いのか、どの程度警戒しないといけないのかが分かる対策表など、この世に存在しないだろう。

 それほどの一品なのに完成度に満足がいっていないというネクラさんは、少し怖くもある。


「なんかさ、バカバカしくならない?」

「……言おうとしてることは何となく分かるよ? でも、バカバカしいというよりも、頭の構造がそもそも違うんだと思う。私も不登校気味ではあるけど、時間があるからといって出来るような物じゃないもん。要点だけまとめるって言ってたのはなんだったの?って突っ込みそうだったもん」

「それは、私も……」


 確かに、学校の授業では黒板に書かれた全ての内容を板書するのは間違っている。

 本当に大事なのは先生の言葉であって、黒板に書かれている内容ではないからだ。


 必死に板書をして先生の話を一切聞かないのと、板書をしないで先生の話を真剣に聞くの。どちらが正解なのかと言われれば、間違い無く後者だ。

 常人であれば、それで満足する所だが、ネクラさんは違う。


 完璧に、そして分かりやすくノートに黒板に書かれていることを纏め、補足として自分なりの考えを書いている。

 それだけでは飽き足らず、しっかりと先生の話を聞き、分からなければその場で確かめようとするだろう。

 冷静に、ちょっと意味が分からないくらい完璧な人なのだ。


「あれじゃ、今回もテストの順位は問題なさそうだけどね。お兄ちゃん、自己評価めっちゃ低いからあんなこと言ってるだけで......」

「まぁ、ネクラさんも自己評価低いからね。それはそうだろうなって感じするよ」


 苦笑いしながらそう言った私に、ライが思い出したように呟く。


「そういえば、話したい事があるって言ってたけど、どうしたの?」

「あ~、その件ね」


 ネクラさんの家にお邪魔する少し前、ネクラさんとの話が終わったら少し話がしたいと言っていたのだ。

 ネクラさんの対策表や、わざと負けた真意を聞いてすっかり忘れていたけれど、ゲーム内で済ませずにわざわざ現実で会った本命はこっちにあった。


「実はさ、ネクラさ――お兄さんのことで、ちょっと聞きたくてね?」

「……まさかとは思うけど、恋愛相談? ハイネスが?」

「う、うん......」


 恥ずかしくなって思わず下を向く。

 とにかく、ネクラさんの事に関して情報が足りて無さ過ぎるのだ。

 これでは、新たな作戦を考えようとしても無理だ。


 この前電話で話した時はあまり知らないと言っていたけれど、私が聞きたいのは、本当に些細な事だ。

 ライにとって、その些細なことが”どうでも良い事”という分類にカテゴライズされていれば、知らないと答えてしまうのも無理は無い。


 用は、ライがどうでも良いと思っているようなネクラさんの事が、私にとっては重要な情報である可能性は非常に高い。

 よく、刑事ドラマで話を聞きに来た刑事が『些細な事でもなんでも良いから教えて』というのは、このような理由からだ。


「ネクラさんの趣味って、なに?」

「それは、もちろんゲーム以外でって意味よね?」

「うん。出来れば、ESCAPE以外」

「そうねぇ……。まずは、パソコンいじりでしょ? 音楽もよく聞いてるかな? その他には……あ、昔ぬいぐるみ集めてたよ?」

「ぬ、ぬいぐるみ......?」

「そう。お兄ちゃんが小3くらいの時かな? 部屋に入ったら大量にぬいぐるみが置かれててさ、ちょっと引いた記憶があるんだよね」


 ネクラさんがぬいぐるみ好きだというのは初耳だ。

 いや、数年前という口ぶりから察するに、今はそこまで好きじゃないのかもしれない。


 あまり考えたくは無いけれど、好きになった女の子がぬいぐるみの好きな人であれば、その影響を受けてもおかしくは無いか。

 それで、その子への気持ちが冷めたからぬいぐるみへの熱も冷めた。そう考えても、別に不思議では無い。


「ネクラさんの初恋って、いつくらいなの?」

「ん~。人を好きになった事とかないんじゃない? 小2の時から不登校だったし、ESCAPEが発売されるまでは1人でどっか出掛けてたから」

「……その時、好きな人に会いに行ってたとかは?」

「無いと思うよ? 帰ってきたら決まって両手にビニール袋持ってたし、すぐに部屋に戻ってたから」


 仮にネクラさんの初恋がその時期だとして、学校も行かずに会いに行ける人というのはかなり限られるだろう。


 前に取ったアンケートのような物で、ネクラさんの好みは少し年上の穏やかな人という事というのは把握している。

 流石に、小学2年生で20過ぎの人や高校生を好きになるとは考えにくい。

 つまり、ゲームセンターかどこかに行っていたと考えるのが妥当だろう。


「他には? なにかある?」

「ん~。最近、家の猫と頻繁にイチャついてるくらいかな? その時のお兄ちゃん、気持ち悪いくらいニヤついてるんだよね」

「へ、へぇ……」


 思わずその光景を思い浮かべ、その猫にその場所を変われと言いたくなる。

 いや、顔も名前も知らない猫に嫉妬しても仕方ない。必死に、自分にそう言い聞かせる。


 それにしても、分かりやすいくらいインドアな人だ。


 恋愛において、駆け引きというのは基本的に両者が会える場面で発生する。

 ゲーム内でのアタックは控えているし、現実のネクラさんは家から出ない。

 そうなると必然的に、私がアタック出来る場というのはネクラさんの家になるけれど、私が住んでいる場所から少し遠いという点と、ゲーム内で仲良しというだけで頻繁にお邪魔するのは迷惑かもしれないという思いがあるので、攻略の難易度がさらに上がる。


(どうしたものかなぁ……)


 出来れば、ネクラさんと会える場所をもう少し増やしたいところだ。

 ゲーム内は論外として、その他にネクラさんと会えそうな場所……。

 パッと思いつくのは学校やどこかの公園などだが、住んでいる場所が違うのだから、それは無理な相談だ。

 大体、ネクラさんはテストの時しか学校に行かないらしいし……。


「そういえばさ、ハイネスはなんで呼び出し受けてたの?」

「……ん? ああ、私も不登校だけど、学年1位取り続けてるから進級出来てるんだよね。でも、うちの学校は進学校だし、2年生にも私と同じ感じの人がいるんだって。だから、いい加減登校しろって言われたの。私は卒業生だから、最後の年くらいは学校に来いって」

「ふ~ん。進学校でよくそんな事できるね」

「学校での勉強は非効率的すぎるからね。というよりも、私以外にそんなことしてる人がこの世に2人もいるって事の方が驚きだよ」


 ネクラさんはともかく、2年生の私と似たような人というのは少し気になる。

 私が通っている高校は、この国でもかなり有名な高校だし、テストの難易度もかなり高い。

 それなのに、不登校で学年1位を取り続けると言うのは、自分で言うのもなんだけどかなり凄い。


 その人がもしESCAPEをやっているとすれば、かなりの強豪プレイヤーだろう。


「あ、聞いたこと無かったけど、ライの成績ってどんな感じなの?」

「私? 私は、中の上くらいだよ? お兄ちゃんに時々勉強教えて貰いながら、やっと中間を維持してるって感じ? まぁあくまで中学の時の成績で、高校の順位はまだなんだけど.....」

「ふ~ん。意外だね。ライなら結構いい線行くと思ってたんだけど」

「確かに普通の学校ならトップも狙える点数だと思うけど、うちの親がうるさくてさ。なんか、やたら有名な中学に放り込まれたんだよね。『将来必ず役に立つ!』って、昔ながらの価値観で。しかも、高校も同じような進学校に兄弟揃って入れられてさ」

「へぇ~。大変だねぇ」


 放り込まれたと言っても、そのやたら有名な中学や高校の入学試験に受かるというのは優秀な証ではないだろうか。

 そんな事を思いつつ、その後もネクラさんに関する色々な情報を収集する。


 その日、私は日が暮れるまでライとのデートを楽しんだ。

投稿主は皆様からの評価や感想、ブクマなどを貰えると非常に喜びます。ので、お情けでも良いのでしてやってください<(_ _*)>

やる気が、出ます( *´ `*)

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