第81話 予測
ゲームが開始して1時間と20分が経過し、ハイネスは己の携帯に表示された子供側の敗北という知らせを見て動揺していた。
強制試練中の子供が捕まったならまだ理解出来るが、試練開始から20分経っての敗北というのが気になる。
(いくら2つ目の試練とはいえ、ネクラさんなら強制試練を最優先に考えるはず……。そう簡単に失敗する人じゃないし……)
強制試練は厄介な物であることが多く、クリアできなければ強制的に負けになってしまう性質上何よりも優先しなければならないことだ。
これは私の勝手な推測だが、ネクラさんならば、強制試練が出たら最優先で事に当たるはずだ。
よっぽど難しい強制試練だったら発令から20分かかるというのも理解出来るけれど、はたして、あの人にとってそこまで難しい試練など存在するのかという疑問がある。
ネクラさんは神なんかじゃないし、なんでも出来るわけじゃない。
だけど、その頭脳は私なんかより遥かに上なのだ。
そんな人にとって、クリアにそれだけの時間を要する強制試練などあるのか。その疑問が、頭の中に浮かぶ。
相手の鬼が予想以上に手強く、試練遂行に手間取っていたという可能性ももちろんある。
だけど、ネクラさんならば囮役の人達を上手く扱って相手の鬼などをいくらでも翻弄出来るだろう。
それに、こちら側では既に子供の残り人数が5人を割っている。
つまり、このチームはプロチームだとか、元の私達のチームのように超強豪という訳では無い。せいぜいが、地区予選を優勝出来るようなレベルだ。
(そんな人にネクラさんが遅れを取る訳が無い。だとすれば、他に負けた要因がある?)
私はとぼとぼと浜辺まで歩き、冷静に考える為、地面にちょこんと座る。
まず、本当に予想外の事態が起こって負けたという可能性を考える。
ここで判断を間違えてしまうと、切腹しなければならないほどの責任を負わされるかもしれない。
まぁ、あの人は優しいから許してくれるだろうけどさ……。
〖一応、子供の残り人数が3人になったところで捕まえるのは中止してください。例え目の前に子供がいたとしても、一旦スルーで〗
まだ残り時間に余裕があるので、とりあえず全体チャットでそう指示を出しておく。
まだ分からないけれど、ネクラさんがなぜ負けたのか。その理由を解明してからでないと、何かヤバいと自分の本能が告げている。
もしもの時は謝れば許して貰えると思うので、その時は我慢しよう。
で、本題に戻るけれども。
相手の鬼だけが異常に強くて、私やマイさん並みの力を持っていた可能性があるかどうかだが......。
(いや、無いな。今回のメンバーはネクラさんが選別したんだし、そんな強プレイヤーを見逃したなんて可能性は低い。作戦面でも、異常に対応力の高いネクラさんと互角に戦える人なんて、そういないはず)
もちろんいるかもしれないが、その場合は事前になにか言ってくるだろう。
例えば「今回の相手は少し厄介だから、負けるかもしれない」とか、そんな感じの忠告をしてくれるはずだ。
あの人は強者を侮るなんてことは絶対に無いので、相手を最大限警戒しているはずだ。
少しでも結果を残しているプレイヤーは全員チェック済みだろう。
1番気になるのは、ゲームが終了した時間だ。
強制試練を終わらせるには遅すぎるし、全員が捕まるにしては早すぎる時間帯。
まぁ、こちらには異常者がいるので、軒並み1時間半くらいで終わるんだけど、それでもネクラさんのチーム相手にここまで素早く決着をつけられるとは……。
やっぱり、この事態はグランドスラムの1回戦であったような、なにか予想外のことが起きたと考えるのが自然だ。
(その場合、やっぱり勝つのが正解? 予想外のことが起こって、対応に遅れが出た?)
いや、無い。
あの人は予想外のことが起こったとしても、仲間や自分を犠牲にして情報を集め、なんとか状況を打開しようとするはずだ。
私達の時はシステムの穴をつけたけれど、私はあの人以上にアバター戦について研究していた人を知らない。
むしろ、私とネクラさんのどちらにも気付かれていない方法などあるのだろうか。
もちろんあるかもしれないが、それなら、なぜ相手のチームは昨日手こずっていたというのか。
昨日私達がこの人達と戦わなかったのは、前の試合で引き分けが続いたからだ。
結局、計4回戦った末に今戦っているチームが勝ったそうだが、鬼の秘策があるのであればそこまで手こずらなかったはずだ。
手の内を見せたく無かったのなら分からないでもないが、じゃあなんでこの戦いではその秘策を使うのか理解出来ない。
手の内を見せずに引き分けが続いていたのなら、優勝するまでその秘策は隠し通すべきなのだ。
(ネクラさんのチームを倒す為の秘策……? でも、それなら子供側にも用意してないと意味なくない?)
このゲームの性質上、鬼だけが勝っても子供が負ければ意味が無い。
なので、秘策を用意するなら子供と鬼、双方に用意しなければならないのだ。
相手がネクラさんを舐めていて、鬼側で勝ち続ける前提の策を用意しているのなら別だが、ランクマッチ無敗でこの前グランドスラムを優勝しているネクラさんを侮る愚かな人が居るだろうか。いや、いない!
「も~! 分かんないんですけど!」
考えれば考えるほど分からない。
ネクラさんは本当に凄い人だけど、その凄さを分からずに侮る人が居る可能性もあるのだ。
その可能性を考えると、どんなありえなさそうな作戦もありえると思えてくる。
この際、とりあえず引き分けに持ち込んで、次の試合が始まるまでの少しの時間でネクラさんに答えを聞くというのはどうだろうか?
(いや、ないない! 自分じゃ分からなかったから教えてくださいなんて、そんなの絶対嫌だ!)
最低限「これじゃないかな?」という予想を提出し、答え合わせを求めるべきだ。
何も考えず「分からないから答えを教えてください」なんて、そんな軽々しくは言いたく無い。
試合中ではないならいざ知らず、試合中くらいはカッコいい軍師でいたいのだ。
落ち着いて、ありえる可能性を少しずつ潰していこう。
まず、普通に戦って負けた可能性は100パーセント無い。
あの人は、そこら辺のチームに負けるほど弱くないからだ。
次に、強制試練中の子供が捕まった可能性。これは、0とは言えないけどほぼありえない。
それは、ゲームが終わった時間がおかしいという小さな理由だけど、あの人を信頼しているからこそ言えることだ。
予想外の策を行使してきて、その対応に遅れを取った可能性。
これも限り無く0に近いだろう。
対応力の高いあの人が遅れをとるなんて信じられない。
(ん~。なに、わざと負けたの? もうそれくらいしかなくない?)
考えれば考えるほど、あの人が負ける要因が思い当たらない。
もう、わざと負けたとしか思えないほど、あの人が負けた理由が思い浮かばないのだ。
いや、違う。
私以上にあの人について詳しいプレイヤーがいて、私以上に頭の良い人だったらこんな芸当も可能だと思う。
そんな人をネクラさんが見逃した可能性なんて無いと思うけど、思い返してみれば、ネクラさんが私を誘ったのはたまたま私がライのチームに居て、交流戦で戦えたからだ。
指揮官として優秀な人は、総じてランクマッチでの成績は芳しく無い。(例外はある)
なので、私以上のプレイヤーがいる可能性も、一応はある……。
(でもそんなの……嫌だなぁ)
本心では、自分が1番だと思っているなんて愚かだと分かっている。
上には上がいるなんて、そんなのは当たり前なのだ。
……だけど、そんな人の存在は認めたくない。
いいや、居て欲しく無い。少なくとも、この日本には。
「いや、待って? そもそも私より優秀なら、1時間もかからず捕まえられるでしょ! それが出来てない時点でおかしいじゃん!」
自分に言い聞かせるようにそう呟いた私は、理由は分からないけどネクラさんはわざと負けたと結論を出した。
私より優秀な人が相手のチームに居たのなら、多分泣くけど……ネクラさんの前では我慢して、後でライに慰めて貰おう。
「うん! そうしよう!」
胸の前で小さく握りこぶしを作ったハイネスは、その後仲間全員に連絡を取り、こちらも負けることを選択した旨を伝える。
その上で、捜索は続けるが、子供を見つけたとしても見つけていないフリをしてくれと指示を出した。
相手の子供に、こちらの鬼は大したことが無いと思わせる作戦にシフトしたのだ。
まぁ、既に残り3人になっているので少し無理があるかもしれないけれど、そう思ってくれたらラッキー程度で考えているのだ。
そして、ハイネス達鬼の面々は、ネクラがなぜ負けたのか気にしながらゲーム終了を待った。
こうして、ネクラのチーム『ギルド名がダサい』は完全に敗北した。
ちなみに、今回のチーム名を決めたのは香夜だ。
チームメンバーがほとんど賛成したので可決された名前なのだが、その時のミナモンとネクラの顔はそれはそれは悲惨な物だった。
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やる気が、出ます( *´ `*)




