第78話 ネクラという人物の考察
晴也を部屋へ追い返した後、1人で夕食を食べていた春香は、確認のためにある人物へと連絡を入れる。
その人物とは、先ほどの話に出ていたハイネスだ。
〖ねぇ、今、話せる?〗
兄にはパソコンをいじりながらご飯を食べるなど行儀が悪いと言っておきながら、自分はスマホをいじり、テレビを見ながらご飯を食べる。春香とは、そんな少女だ。
兄に文句を言われようものなら暴力で抑え、相手に反論さえさせない。
頭の良さでは勝てないけれど、腕っ節の強さなら絶対に負けないのだ。
自分が勝っている部分で勝負するのは当たり前で、負けると分かっているのに理論を展開するのは愚かなのだ。
兄は妙にひねくれているので、口論では絶対に勝てないと分かっているのだ。
まぁ、そんなことは彼女本人にとってどうでも良く、今の問題は別の所にあった。
〖大丈夫だよ。どうしたの?〗
ハイネスからそんな返事が来て、私は食べる手を止めた。
電話でも大丈夫なことを確認すると、すぐさま電話をかける。
部屋にいる兄に聞かれるのは嫌なので、少しだけボリュームを落とす。
「どうしたの? 急だね」
「うん……。ちょっと、ハイネスに聞きたいことがあってさ?」
「ん? ネクラさんのこと?」
「……よく分かったわね。うん、そう」
その後、兄が部屋でパソコンをいじっていたこと。
試合が終わった直後にそんなことをするなんて、エゴサをしていたからという推論を述べる。
その後、普段は女の子相手にオドオドしている癖に、ネット上でちやほやされるのは大丈夫というのはおかしくないかと伝える。
こうすることで、推論を述べているようにハイネスは感じてくれるだろう。
事実として伝えている訳では無いので、仮にこの推論が間違っていたとしても、それはハイネスから訂正されるだけで、信用を失うことは無いはずだ。
私だって、お兄ちゃんには負けるけど、それなりに頭は良いつもりだ。
学校に行ってないくせに、テストの度に学年1位を取る方がどうかしているのだが、この件はいくら言っても仕方ないので今は無視だ。
「ん~。多分だけど、ネクラさんはエゴサなんてして無いんじゃないかな? というよりも、あんまりエゴサする人じゃないと思う」
「……というと?」
「前、ネクラさんが何日かネット上から消えたことがあったでしょ? ほら、ライが引っ越しした時、忙しかったからゲームが出来なかったって」
「あ~、そんなこともあったね」
あの時は、まだネクラさんの正体がお兄ちゃんだとは知らなかったので、わずかに出かかっていた急病説や死亡説が否定されたことで嬉しかった記憶がある。
まぁ、そうは言っても、あれから1ヶ月くらいしか経ってないんだけども……。
「それが?」
「あの後、ネクラさんのギルドで少し話したのね? その時、自分の影響力について誤解してたからさ。多分、あんまりエゴサはしないんじゃないかなって。まぁ、してる可能性ももちろんあるけど、女の子云々ってよりかは、ランクマッチや大会での様子を確認してる、とかじゃない?」
「何のために?」
「……これは、悪口じゃないんだけどね? ネクラさんって、あんまりメンタルが強い人じゃないと思うの。自己肯定感が低いって言えばいいのかな? だから、人から褒められているのを見ることで、精神安定剤みたいな感じにしてるんじゃないかな?」
「……ふ~ん」
確かに言われてみれば、お兄ちゃんはあまりメンタルが強い方じゃない。
自己肯定感が低いというのも、私やハイネスを自分より上だと思っている時点で矛盾はしない。
確かに私達は大会で良い結果を残しているけど、ランクマッチで無敗を貫いているのは未だネクラさんしかいないのだ。
大会モードで勝つというのは、連携が取りやすいこともあってそう難しく無い。
だが、連携がろくにとれないランクマッチで無敗というのは、まさしく異常なのだ。
自分と他1人を守っていれば勝てると簡単に言っているけれど、それはそう簡単に出来ることではない。
私の以前の戦い方を見ても分かるように、仲間を庇おうとすれば自分が捕まってしまう可能性まで上げてしまうのだ。
それなのに、お兄ちゃんは今までそれで失敗したことがない。
さっきの最終試合でも、残り2人まで追い込まれていたけれど、しっかり残った1人を守りぬいていた。
ハイネスは、ネクラさんが賭けに負けた結果だと言っていたけれど、私には何のことだか理解出来なかった。
私がハイネスを応援しているのは、頭が良い人同士お似合いのカップルだと思う、というのもあったりするのだ。
「じゃあお兄ちゃんは、何をしてたんだと思う?」
「ん~。本人に聞いてみないと正確なことは分からないけど、多分、忘れないうちに今日の試合内容を纏めてるんじゃないかな? 実践を通して見えて来た今後の課題とか、相手の取り得る対策も一緒に」
「……良く分かるわね」
「分かると言うか、私もちょうど同じことしてたからね。前に、ネクラさんは大会の度に相手のことをすっごく調べるって話したでしょ? だから、私もそれに習って同じことしてるの。合ってるかどうかは分かんないけどね」
苦笑したハイネスは、その後に「ネクラさんなら、相手が取ってくる対策の対策まで考えるかも」と話した上で、「私にはそこまで考えられない」と言っていた。
私も、流石にそこまで考えるとは思えないけれど、ネクラさんではなくお兄ちゃんであれば、ありえるかもしれないと思ってしまう。
お兄ちゃんに勉強を教えて貰う為に一緒に引っ越ししたのだけれど、お兄ちゃんの教え方は学校の先生の授業よりも分かりやすく、それでいて効率的なのだ。
しかも、小テストなんかで出題された問題を教えてないのに、お兄ちゃんが勉強しろと言ってくるのは、決まってその小テストで問題が出ていた部分だったりするのだ。
ハッキリ言って、怖いを通り越してキモい。
「ネクラさんは真面目な人だから、明日の試合開始まで纏め作業を続けるんじゃないかな。まぁ、あくまで予想だけどね」
「……ハイネスはネクラさんのこと、良く知ってるんだね。私は、お兄ちゃんのことも良く知らないのに」
「あはは……。まぁ、私はネクラさんのこと大好きだもん。間違ってたらごめんだけど、お兄さん、部屋からほとんど出て来ないんじゃない? 学校にも、しばらく行ってない……もしくは、そもそも通ってないんじゃない?」
「良く分かるね。そう、小学校の低学年から不登校なの」
「だよね~。ネクラさん、学校行ってたら間違いなくモテるもん!」
それは、私もお兄ちゃんに話したことがある。
癪だけど、お兄ちゃんは顔も良くて頭も良い。
スポーツが出来るかどうかは知らないけど、太っている訳では無いので人並みには出来るだろう。
学校という場では、顔が良いだけでモテる要素は足りている。
そのくせ、無口でミステリアスというのは年頃の女子が好みそうだ。
その外面は作りモノだけれど、モテるには違いないだろう。
その件で意見が一致したのは、なぜか少しだけ嬉しかった。
「ライは、お兄さんについて、もっと知りたいの?」
「ん~。どうだろ。まぁ、分からなすぎて怖いっていうのはあるかな。一緒に引っ越したのだって、私に理があったからにすぎないし」
「そうなんだ。でも、ほとんど部屋から出て来ないなら、知らなくても当然なんじゃない? ただ少なくとも、ライは私よりお兄さんのことを知ってるはずだし、私の経験上、ネットでの姿はその人の本性だから、お兄さんのことが知りたいなら、ネクラさんのことを調べれば良いんじゃない?」
「ん? どういうこと?」
その後、ハイネスはネットでの姿がその人の本性という持論について話してくれた。
用は、ネット上だけは態度がでかくなる人は、元々態度がでかいけど、現実ではその本性を隠しているということだ。
誹謗中傷を書き込む人は、誰か攻撃する相手を探していて、日常生活の不満を他人を攻撃することで解消する人。
反対に、ネット上で人見知りな人は、現実でどんなに交友関係が広かろうが、そのほとんどの人に心を開いていない。
ネット上で礼儀正しい人は、現実でどんなに横暴な態度を取っていようとも、礼儀正しい人なのだ。
ネット上では相手の顔や姿は見ることが出来ない。
それ故、普段は隠しているその人の本性が出る場だと、ハイネスはそう言った。
「ネット上で礼儀正しいように演技しているとしたら? どうなるの?」
「演技は所詮演技だよ。どこかで必ずボロが出るし、そういう人は別垢とかを作ってそこで誰かの悪口を言ってるよ。少なくとも、私はそう思うな」
「……だからネクラさんが、お兄ちゃんの本性だって言いたいの?」
「そういうこと。ネクラさんが学校に行ってたらモテるっていう推論も、ネクラさんがモテモテだから言えること。実際、ネクラさんも演技はしてるよ。ただ、ネクラさんを好きな人達は、皆そのボロを出した部分も含めて好意を持ってるんだよ。まぁ、ファンクラブに入ってるライなら、知ってると思うけどね」
その通りだ。
ネクラさんのファンの中には、普段カッコよく指示を出しているネクラさんと、それ以外の時の頼りないネクラさんとのギャップに萌えている人が一定数いる。
このギャップと言うのが、ハイネスのいうボロなのだろう。
そう考えると、ハイネスの持論もあながち間違っていないような気がしてくる。
「分かった。ありがとね」
「ううん。もう良いの?」
「うん。ちょっと、改めてネクラさんについて調べてみることにする」
そう言って電話を切った私は、残っていた夕食を猛スピードで食べ始めた。
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