第75話 模倣が本物に勝るはずがない
試合が始まって30分が経過した頃、私達鬼側の試合は終了した。
もちろん、相手の残り人数は1人となっており、私の作戦が上手くハマった結果だった。
予想通り相手の指揮官がネクラさんの解説動画を見ていて、それに忠実に従ってくれていたので成功したのだ。
まぁこれは、相手の指揮官がどうのというよりも、私が強すぎたと言った方が良いと思う。
なので、相手方には是非ともネクラさんを中傷するような愚かな真似はしないでほしい。
「……で、説明してくれても良くありません? なんでこんなに早く終わったんですか?」
「……なんで怒ってるんですか?」
「いや、怒ってはいませんけど……」
それで、さっさと試合を終わらせた私を待っていたのは、子供陣営側の観戦……だったはずなんだけど、絶賛シラユキさんに詰め寄られている最中です。
目の前でネクラさんが生き生きと指示を出していて、その雄姿をじっくり眺めていたいのに、シラユキさんは先ほどの試合内容に納得がいかないらしい。
まぁ、詳しい作戦内容を伝えたのはマイさんだけなので、そう思うのは当然かもしれないけど、ミナモンさんが特に気にしている様子も無かったのでスルーしていたのだ。
なんでシラユキさんが怒っているのかは知らないけれど、このまま粘着されても面倒なので、簡潔に説明を終わらせることにしよう。
ネクラさんがこの後どういう風に指示を出して、どんな風に戦うのか見てみたいし……。
「ネクラさんの解説動画、見ました?」
「……? それが、今回のことと何か関係してるんですか?」
「関係してるから聞いてるんです。あと、質問を質問で返さないでください。本音を言えば、勝てたから良かったと彼みたいに流してほしいんですけどね……」
そう言いながら、マイさんの隣で呑気に試合を観戦しているミナモンさんを指さす。
彼は考えることが苦手なのか、いつも感じたまま行動している節がある。
ネクラさんも言っていたような気がするけれど、彼は正真正銘の才能マンだ。なんで深く考えずに結果が出るのか、少し理解しがたい部分がある。
しかし、彼はその性格ゆえ、チーム内(特に女性陣から)嫌われている節がある。
嫌われていると言うより、頭脳派の人が多いせいで少し苦手意識を持たれているのだ。
まぁ、1番分かりやすい例で言うと香夜さんだろう。
彼女は女性の中で私の次に頭が良く、ランクマッチでの勝率もかなり高い。
それゆえに、深く考えずに行動・発言するミナモンさんのことを鬱陶しいと思っているらしい。
まぁ、ネクラさんに注意されてからはその態度を表に出そうとはしないけれど、それでも苦手意識は持っているだろう。
そんな彼の利点だが、やはりあまり考えない人なので、扱い方さえきちんとしていればかなり有用な存在ということだろう。
少なくとも、作戦内容にケチをつけたり、質問してくることは無い。
ネクラさんなら嬉々として答えるのかもしれないし、私も普段だったらそんなに気にしない。
だけど、目の前でネクラさんの試合が行われているのに、それをお預けされてまで作戦内容を説明したいとは思わないのだ。
「……彼と一緒にしないでください。それに、作戦内容に分からない点があれば聞けと言ったのはハイネスさんですよ? 良いじゃないですか、教えてくれても」
「別に、教えたくないという訳ではありませんよ。それで、見たんですか?」
「はい。一応、勉強の為に拝見させていただきましたけど……」
「なら話は早いですね。そこでネクラさんが説明していたことを相手も実践してくると予想して、それを逆手に取る作戦を立案したんです。正確には、ネクラさんの策をどうやったら攻略出来るのかを考えて、それを実行したに過ぎませんけど」
これで理解出来るだろう。そう思った私の考えは甘すぎたらしい。
シラユキさんは首を傾げ、頭の上に?マークを浮かべていた。
やはり、作戦内容の全てを説明するしかないようだ。
これ以上遠まわしに説明して理解出来ないのなら、それは時間の無駄だ。
急がば回れという言葉があるように、これ以上横着するべきではない。
「ネクラさんは、子供側の解説動画で幽霊病院での立ち回り方について説明していました。その時――」
「ま、待ってください! ハイネスさんは鬼陣営ですよね? なんで子供側の解説動画も見てるんですか!?」
「……はい? 鬼側の解説動画を見ただけでは、自分のことしか理解できないじゃないですか。相手がどんな風に考えて、どんな風に行動するのか分からなければ、自分がするべき最善の行動を導き出せなくなるじゃないですか。受験でもそうじゃないですか? 普通に勉強するだけじゃなく、過去問なんかを解いて傾向を知り、対策を立てるでしょ? なんでそれをゲームじゃやらなくなるのか、私にはそれが分かりません」
「……すいません。続けてください……」
「ネクラさんは、その動画でこう言っていました。『連携の取れる大会モードでは、極力無理をするべきではないと』私もそれは同感です。なので、マイさんを1階に向かわせた後、ミナモンさんを2階の真ん中の階段へ配置します。こうすることで、マイさんとミナモンさんから逃げるには、両サイドの階段を使わなければならなくなります」
ミナモンさんの性格上、何の指示も無ければ当然下の階へ降りるだろう。
直感的に3階に子供はいないと感じられる人なので、そこは信用したのだ。
ミナモンさんが生まれた検査室は、少し歩けば中央の階段がある場所でもある。
つまり、彼が予想通りの行動を取っていると考えれば、2階ないし3階の中央階段付近にいると仮定することが出来るのだ。
もし予想が外れてトンチンカンな方向へ行っていたとしたら、確保状況が悪くなっていたはずなので、そうなった時に改めて指示を出せばいいと考えていたのだ。
「そして、両サイドの階段には私とシラユキさんを配置する。こうすることでバランスよく、なおかつ効率的に相手を捕まえることが出来ます」
「ま、待ってください! 相手が2階で止まって、3階まで来ない可能性だってあったじゃないですか! いくらミナモンさんが中央階段を塞いでいたとしても、その場所から両サイドの階段までは数キロありますよ?」
「相手がネクラさんならば、1階にマイさんしか鬼がいないことを不審に思い、上に逃がす人数を半数に減らし、その半数の内、さらに半数の人には2階で止まるよう指示を出したかもしれません。しかし、所詮はネクラさんの模倣をしているだけなので、そこまで瞬時に判断出来るはずが無い。そう確信していました」
「……ど、どういう?」
「相手の指揮官の思考は、恐らくこうです。1階と2階に子供が湧いたので、2階の子供を1階へと集める。その後、瞬間移動で1階に鬼が出現。他の鬼がすぐに1階へ降りて来ると詰んでしまうので、急いで3つある階段からそれぞれ子供を逃がす。1つや2つの階段に鬼が待ち構えていようと、3階まで逃げることが出来れば、鬼が1階と2階に固まっているので一気にこちらが有利になる。そこからは、状況に応じて指示を出そう」
些細なところは違うかもしれないが、相手の指揮官は大体こんな感じの思考で動いただろう。
ネクラさんなら、焦って子供全員を危険に晒すような真似はしない。
仮に自分の理解が及ばない事態に陥ったとしても、自分か、もしくは誰か1人を犠牲にして状況を確認しようとするだろう。
事実、グランドスラムの1回戦では自分を犠牲にして状況を把握しようとしていたし。
しかし、相手の指揮官は予想外の事態が起こったことで冷静な判断能力を失い、日頃の自分が行っていたプレイへと戻ったのだ。
いくらネクラさんの動画を見ていようとも、所詮は模倣だ。
ネクラさんの思考で土台は固められるかもしれないが、その上に積み上げられる作戦は結局自分頼りなのだ。
今回は、その脆い部分を上手くついた私の勝ちというだけの話だ。
「1階に向かってもらったマイさんが異常ともいえる索敵能力を持っているおかげで、瞬間移動後すぐに子供を捕まえることが出来ています。その後も次々と子供を捕まえてくれたので、相手の指揮官に考えさせる暇を与えなかったというのも大きいでしょう。このマップは広いし複雑ですからね。そんな所に隠れてる子供がバンバン捕まれば、誰だって焦ります」
「そ、そうですか……。ありがとう、ございます」
「いえ。ご理解いただけましたか?」
「……はい」
まぁ、そもそも見つからないことをコンセプトにしているこちらのチームと違って、普通の人達は鬼に見つかっても逃げられるというコンセプトでアバターの能力を設定している。
そして、私達鬼のチームは、そういう設定に対応出来るよう、確保役の2人を設定している。
アバターを設定する面からも、私達は有利な立場なのだ。
たとえネクラさんと同じようなことを考える人達がいたとしても、異常な索敵能力を持っているマイさんとシラユキさんがいる限り、ボロ負けするようなことにはならないはずだ。
まぁ、この大会が終わった後にネクラさんと意見交換する必要はあるだろうけど。
理論上最強で、隙の無い構成だったとしても、実践で通用するかはまた別なのだ。
そんなことを思いながら、私はネクラさんへと目を向ける。
ネクラさんの携帯には、難易度9の試練内容が映し出されていて、その内容は謎解きだった。
ネクラさんよりも早く解いて、勝手にドヤ顔したいと思っていた私は、その問題を読み終わった瞬間に唸り声を上げることになった。
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やる気が、出ます( *´ `*)




