第6話 新情報
7時間ちょっとの講習から解放された晴也は、ため息を吐きながらVR世界から帰還した。
ゲーム内時間で言えば20時間を超える講習だったため、想像以上に疲れが溜まっている。
6時間以上勉強するのと、6時間以上ゲームするのとでは疲労が全く違うように、ランクマッチに行って戦うのと、人に教えるのとでは感じる疲労感が全然違うのだ。
まぁそのおかげで、面白い人には何人か会えたのでそれを思えば安いと言い変えることも出来るのだが……。
とりあえず、今は朝の5時だ。相変わらず登校する気は無いので、とりあえず寝ることにする。
昼過ぎに起きることになるだろうけれど、そこからネットで色々調べれば良いと考えたのだ。
だが、この時には既に、彼の携帯の通知画面は大変なことになっていた。それを彼が知るのは、この数時間後のことなのだが……。
――数時間後
晴也が目覚めたのは、彼が予想した通り昼の15時過ぎだった。
枕元に置いてある眼鏡をかけ、もはや日課のSNSの確認だ。
しかし、携帯の待ち受けに表示されていた通知の数は、それこそプリン騒動の一件の数倍だった。
(待て待て! なにがあった!?)
急いで内容を確認すると、彼が恐れていた最悪の事態。炎上……には至っていなかった。
通知の数がおかしくなっているのは、昨日対応した人の中に、早速結果を残した人が居たからだ。
正確に言えば、それは1人ではなく、晴也が寝ている間に続々とその数を増やし、対応した半数以上の人がなんらかの成果を出していた。
そして、それが拡散された結果、晴也――ネクラのSNSに、称賛と解説動画を早く出してほしいと言う要望が多数寄せられていたのだ。
もちろん、結果を出したと報告しているプレイヤーのほとんどがお礼のメッセージをくれており、それに反応している人達の通知までもがカウントされているのだ。
中でも一番晴也が驚いたのは、ネットニュースにもなっているESCAPEの赫龍ランクに突然現れた最強の女王という存在だった。
もの凄く覚えがある……。というか、その人が感激のあまり何通もリプを飛ばしてきていることから、もはや確定だろう。
まさか、こんなに早く上がるとは思っていなかった。
彼女は確か7段であり、10段に上がるには8段と9段の2つの壁を攻略しないといけない。
それこそ、この短時間で上がったと言うなら、1度も負けなかったということだろう。
ランクを上げるには各々のランク帯で3回以上負ける前に10回勝たなければならず、飛び級なども存在しない。
ランクを維持するのは簡単だ。3回以上負ける前に5回勝てばそのランクは維持される。
逆に、飛び級がないことも影響して、一気にランクを上げるのはかなり難しいと言われている。
それこそ、ランクマッチでの勝率が8割近くあろうとも、気力が先に持たなくなるのだ。
勝率8割の猛者ともなれば、周りの味方が弱くて負けることの方が多く、自分のせいで負けることなど滅多にないのだ。
自分は悪くないが味方のせいで負ける。それが続けば、誰でもやる気が削がれて行く。
そんな理由が背景にあり、ランクを爆上げ出来る者などそうそういない。
話を戻すが、そのネットニュースによると、その女王は本日午前10時前に赫龍ランクに到達し、そのまま12頃まで負けなしで勝ち進んでいたのだと。
挙句の果てには累計獲得ポイントのランキングにもランクインしており、注目され始めているらしい。
さらに、彼女のSNSアカウントによれば、それはネクラの指導の賜物とされ……
(なんだこれ……)
ESCAPEのプレイヤーの話がネットニュースになること自体はたまにある。
自分の時も一時テレビにプレイ動画なんかが勝手に流失したことがあった。
しかし、晴也は少しだけ脅威に感じていた。
自分が教えた生徒が、自分を超えうる存在となることを良しとする人間がどの程度いるかは不明だが、少なくとも晴也はそうは思っていなかった。
もちろんめでたいことではある。しかし、同時に脅威でもあるのだ。
自分がESCAPEで評価されているのは、ランクマッチでの勝率によるものだ。
彼女とマッチングした場合、負ける可能性が十分にある。つまり、そういうことだ。
「だからと言って、どうこうするつもりもないけどさ……」
思わず自分に言い聞かせるようにそんな独り言を呟いた晴也は、自棄気味に全ての通知をスルーし、ESCAPEの運営アカウントをチェックする。
大会情報やアップデート情報に目を向けていた方が、現実逃避出来ると思ったからだ。
案の定、夏休みが近い季節ということもあり、大会情報は続々と出ていた。
ギルドの対抗戦、フレンドでの大会、プロだけが参加出来る試合等だ。
ちなみに、晴也は有名なプレイヤーというだけでプロでは無い。
本名や顔なども公開していないため、プロのみが参加できる大会、そして、自宅から参加できないような大会には参加していない。
VRゲームの大会なのに自宅から参加できないと言うのは少し疑問だけれど、たまにそういう大会を開いているところもある。
実際になんで自宅では参加できないのか。そこら辺は明らかになっていないのだが……。
(もうそんな季節か……)
参加できない大会が多々ある中、晴也が目を付けたのは至って普通の大会だ。
今月末に行われる大会であり、賞金もかなりの額だ。
大会の形式なども一般的な大会と同じであり、彼が参加できる範囲である。
説明をしていなかったかもしれないが、ESCAPEの大会に出るには鬼・子供の計24人を集める必要がある。
その24人が1チームとなり、自分のチームの鬼と相手チームの子供が対戦し、その勝敗を決める。
例えば相手の子供が勝ち、自分の子供が勝った場合は引き分けとなり、もう1試合行われる。
つまり、自分のチームの鬼と子供の両陣営が勝って、初めて次の対戦相手と戦えるわけだ。
これは大会を行う上での基本ルールであり、大会によってはそのチームメンバーは同じギルド内からしか選出できない。もしくは、フレンド内でしか構成できないというような制約がある。
使うキャラを被らせてはダメだと指定する大会もあるけれど、それは今回省略する。
ここで大事なのは、晴也が目をつけた大会の内容だ。
基本ルールは同じであり、チームの構成にも口出しはされず、キャラの指定なんかも行われない、割と自由が効く大会だ。
その割には賞金が高く、参加するプレイヤーも多いという有名な大会でもある。
過去には参加したこともあるので、参加するのであれば、後はチームのメンバーを決めれば良いだけだ。
情報が出されて10時間も経っていないというのに、もう100チーム以上エントリーされていることから、呼びかけても良いメンバーは集まらないかもしれない。
だけど、こういうのは参加するだけでも意味があるのだ。
晴也の勝率が100パーセントなのはあくまでランクマッチだけであり、大会での勝率は大体7割程度なのだ。
その理由は簡単で、大会では1試合に何時間もかかる場合がある。何回も引き分けが続いた場合などだ。
その時、家の事情や時間の都合でどうしても棄権しなければならないメンバーが居ると、そのチームは全員脱落になるというわけだ。
〖今月末の大会、一緒に参加してくれる方を募集します。ランクは最低8段。
今回は久しぶりに本気で挑みたいので、時間に余裕のある方が望ましいです。
希望する方はDMにてプレイヤーネームと陣営をご連絡ください。後に抽選で決めたいと思います。
応募の締め切りは1時間後とさせてください〗
晴也が大会に参加する時は、いつもこうやって自身のフォロワーに頼ることにしている。
ゲームのフレンド欄に表示されている数が一桁の彼では、フレンドだけを誘う訳にはいかないのだ。
8段以上と募集を限定するのは、彼が本気で勝ちに行きたいと思っている時だけだ。
なぜ勝ちに行きたいのか。それは簡単で、賞金がかなりの額だからだ。
もちろん優勝した場合は24人で分割になるが、それでも今回のプリン事件の補填に当てれば、十分相殺できる額だ。
今からやる気がメラメラと湧いてくるようだ。
――1時間後
DMに送られていきた1万件近いメッセージを見てげんなりする晴也だが、思っていた通り今回は割と少ない方だったので前向きに捉えることにしたのか、早速抽選作業へと取り掛かる。
鬼と子供、それぞれ陣営で分け、自動的に選んでくれるアプリへと情報を入力していく。
この操作ももう慣れたもので、1万件近いと言っても、普段はこの3倍近く来るのだ。
それに比べたら楽なもので、2時間もすればアプリへの入力は終わり、いよいよ抽選の時間となる。
入力している最中、何名か一緒に大会に臨みたいと思うプレイヤーはいたけれど、抽選で決めると言った以上、それには従うべきだ。
自分で言ったことは弁解しない。それがネクラとしてのプライドであり、矜持だった。
現実世界の晴也にはそんな矜持無いのだが、まぁ見逃してあげて欲しい。
まずは鬼陣営の4人。これが最も重要だ。
子供陣営は自分を含め後2.3人が強ければなんとかなる。しかし、鬼が負け続けると時間がかかり、味方の士気や体力も落ちる。
つまり、鬼の4人の実力で大会の勝率が大きく変わるのだ。
〖鬼陣営の方の抽選が終わりましたので、ご報告します。
『ソマリ』『Alice』『ハイネス』『マイ』この4人に決まりました。よろしくお願いします。子供陣営の方は、これから抽選します〗
最後の1人の名前を見て、晴也は歓喜に満ちていた。
これは、ネットニュースでも取り上げられていた女王の子だ。そう、突如現れた今話題の女王とは、講習で2番目に教えた子だったのだ。
これは非常に嬉しい。鬼陣営の中では一番頼りになると言っても過言ではない。
そして、人見知りな晴也が唯一気楽に話せる相手かもしれないのだ。
あの大げさな態度はさておいて、心のよりどころのような存在が出来るのは大きい。
そんな喜びに震えながら、晴也は子供陣営側の抽選を始めた。
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