第74話 ファン
薄暗い手術室に生まれた私は、それだけで少し心細くなってしまう。
幽霊は信じていないけれど、幽霊病院というマップそれ自体にはかなり恐怖を感じる。
ただでさえ薄暗いのに、数分間に1回女の人が叫んでいる声が聞こえてくる仕様があるからだ。
正直なんのために設けられた仕様なのか分からないけれど、これを設定した人間は確実に性格が悪いだろう。少なくとも、女にモテるタイプじゃない。
私は、このマップで戦うたびにそんなことを思っている。
幽霊病院
地上3階建ての潰れた病院がモチーフになっており、10分に1度、マップ全体に女の叫び声が広がる設定がある。
このマップは横にも縦にも広い設計で、比較的見通しも良い。
上の階へ行くには、各階の左右と真ん中に設けられた階段を使うしかなく、下の階に降りる際も同様である。
さらに、階段で鬼と対面した場合、特定の能力を持っていなければ逃げ切るのはほぼ不可能と言われている。
マップ全体がかなり暗く、明かりは廊下に等間隔に置かれている蛍光灯の明かりのみだ。
開発陣がこのマップを作った時、ちょうどハロウィンだったこともあり、必要以上に怖い設計にされているのはプレイヤーが知る由も無い。
ちなみに余談だが、女の叫び声が聞こえてくる仕様を考えた男は今年48になり、3人の子供がいる。
珍しくハイネスの予想が外れているのだが、この場では関係無いのでこれ以上は追及しないでおく。
先ほどの試合で無様なことをしてしまったハイネスは、今回のマップで本来の作戦を取ろうとしていた。
しかし、今回は無人島よりも苦手なマップだ。
ここで何も考えず1人でいると、また先ほどの試合のように情けないことになるかもしれない。
後からこの様子を好きな人に見られる可能性は無いけれど、それでもこれ以上情けない姿は見せたくなかった。
そうと決まれば、先ほどの策がどのような効果を生んだのか確認しつつ、いつも通り鬼の皆に指示を出すべきだ。
すぐさま他の3人に電話を繋ぎ、各々が生まれた場所を聞いて、暗記しているマップと照らし合わせて行く。
〖マイは3階、東側の手術室ですね〗
〖自分は、どこだここ……。あ、あの~なんて言うんですか? あれがあります! あの、ドーナツみたいな!〗
〖シラユキは西側の階段ですね〗
〖分かりました。少し考えますので、各々自由に捜索を開始してください〗
『了解です』
私とマイさんがかなり近い位置で生まれているということが分かり、合流出来るかもしれないのでとりあえず適当に歩く。
手術室から出ると長い廊下が続いていて、いくつかの病室はあるけれど、逆に言えばそれしかない寂しい感じの病院だ。
ミナモンさんが言っていたのは、恐らくMRⅠか何かの機械のことだろう。
その機械がある部屋は中央辺りの検査室と呼ばれる場所だ。彼は漢字も読めないのだろうか……。
まぁ、そんなことは今考えても仕方ないのでスルーするとして。
(鬼の全員が3階に湧いてて、階段近くにいる人はシラユキさんだけ、と……)
今回のような場合だと、このゲームの使用上、子供の面々はほとんどが1階に生まれているだろう。
自分が相手の指揮官であればどう指示するか。まずはそこを考える。
(私なら、まず全員を1階に集めて、何人かをそれぞれの階段に配置。鬼が下りてくれば、そこ以外の階段から何人かを上に避難させる……)
このマップの性質上、広くて見通しが良いところ。そしてなにより、階段でしか上や下の階に行くことが出来ない点。それらが鬼の有利に働いている。
つまり、このマップはかなり鬼有利なのだ。
であれば、子供側は多少の犠牲を覚悟しつつも上の階に逃げて来なければならず、1階に追いつめられる展開になればほぼ負けが決まってしまう。
もちろん1階だけでもかなり広く、病室の中まで隠れられる関係上、そう簡単に全員を捕まえることは出来ないだろう。
それでも、極論を言ってしまえば3つの階段を封鎖し、残り1人がフロアを探索していくだけでこのマップでは勝つことが出来る。
それほどまでに鬼有利のマップなのだ。
まぁ、瞬間移動や無敵を持っていればまた別なのでこのマップに調整が入ったことは無いのだが……。
(良し。なら、シラユキさんを西側の階段に配置しつつ、マイさんには1階へ瞬間移動して貰おう。ミナモンさんに関しては……)
そこまで考えて、私はふと思い至る。
ネクラさんならば、どう考えるだろうと……。
相手の指揮官がネクラさんほど優秀な訳が無いのだが、ネクラさんが解説動画を出したことで、このゲームのプレイヤー全体のレベルが何段階も上がっている。
私ももちろん子供側の解説動画まで見ているので、どんな内容を話していたかはちゃんと頭に入っている。
(確か、幽霊病院での戦い方についても解説していたはず……)
解説動画では、主にランクマッチでの考え方を話していたけれど、チラッと大会モードでどうすれば良いのかも言っていたはずだ。
恐らく、自分と同じような指揮官タイプの人に向けての事だろう。
(えっと確か……幽霊病院ではほとんど鬼は1つの階層に纏まって生まれる。その場合、大会モードでは連携が取れるので階の移動は危険……。瞬間移動を持っていない場合は、無理に階の移動をする必要はない、だっけ)
ネクラさんは解説動画で、確かそんなことを言っていた気がする。
正確には、無理をして階を移動しようとも、結局リターンが薄いと言っていた。
連携の取りにくいランクマッチでは無理をしないと勝てない場面があるけれど、連携が取れる大会モードでは、基本的に無理をする必要は無いと言っていたのだ。
それこそ、全員をワンフロアに集合させて、その位置を暗記する。
そして、誰かが捕まるまで階の移動は避けて、捕まった人とは反対の方角にいる人のみが階の移動をすれば良いと……。
子供側でプレイした経験が浅い私からしたら、それが正解の行動なのか分からない。だけど、ネクラさんがそう言っているのだからそうなのだろう。
世界大会の前で周りのレベルを下げる為に間違った情報を広める事も出来るけれど、ネクラさんはそもそもそんな発想が出来ない人だ。
誠実と言えば聞こえはいいけれど、バカ正直というか……。頭は良いのに詐欺に引っ掛かりそうな人なのだ。
ある程度ランクが高いチームの指揮官がネクラさんの解説動画を見ていないはずが無いので、恐らくそういった行動を取ってくるだろう。
自分の培ってきた経験と、このゲームのトッププレイヤーが培ってきた経験。どちらを信じるかと言われれば、大体の人は後者を選ぶだろう。
であれば、私はそれを逆手に取るような手を打てば良い。
「もしもし、マイさん?」
「は~い?」
作戦を思いついた私は、即座にマイさんへと電話をかける。
それから作戦を伝え、瞬間移動を使って即座に1階へと向かってもらう。
いくら広いマップと言えど、ほとんどの子供が1階にいると思われる現状、マイさんの索敵能力があれば容易く数人を捕まえられるだろう。
そして、次に電話をかけたのは問題児のミナモンさんだ。
「今回、あなたにはゲーム終了まで2階でウロウロしてもらいます。もちろん子供を見つけた際には確保に動いてください。ただ、1階や3階に逃げられた場合はそこで追うのを止めてください」
「すいません、言ってる意味が分かんないんですけど?」
「……2階で子供を捕まえる。他の階に逃げられたら、追わずに私に報告。これでも分かりませんか?」
「は、はい! 了解しましたです!」
なぜか怯えていたけれど、深く考えないことにして次の人へと電話をする。
「シラユキさん、今回あなたにはしっかり指示を出します。構いませんね?」
「……むしろ、そうしてくれた方が助かりますね。私1人では、誰も捕まえられませんでしたから……」
「そうですか。では、いつも通り私が子供の目撃情報を伝えて行きますので、各階に何人いるのかの予測をお願いします。それと、もうすぐ西側と東側の階段から何人か子供が上がってくるはずですので、そちら側の階段から上がってくる人を確保しておいてください」
「……はい?」
「……分かりませんでしたか?」
「い、いえ……。そういう訳では……」
「では、そちらはお任せします。確保情報を確認したら、改めて電話しますので」
なぜかシラユキさんも怯えていたみたいだけど、私には心当たりが無いので余計なことは考えないことにする。
私の推測が正しければ、開始して10分足らずで半分の子供は確保出来るだろう。
1階と2階に生まれている子供の割合は8対2とかそんな感じだろう。
そして、相手の指揮官がネクラさんの教えに忠実であれば、私達がこの試合に負けるなんてことはありえない。
だって、私はそのネクラさんの教えを完璧に把握しているんだもん。
それを逆手に取る策を考えるなんて、あの人と初めて戦った練習会以来、ずっと練習している。
ネクラさんは私に負けていると思っているみたいだけど、実際半々だと思うんだよね……。
私はネクラさんが大好きで、その戦い方をずっと前から研究してたからなんとか対応出来たけど、ネクラさんは私のことなんて知らなかっただろうし……。
相手の考え方と考え方の癖も分かっている状態の私と、私に対して何の情報も無かったネクラさんとでは、条件が違いすぎる。
そんな状態で勝ったなんて言えるほど、私は恥知らずでは無い。
まぁ、ネクラさん本人が負けたと感じているので、表面上だけ話は合わせてるけど……。
いや、結局何が言いたいのかって言うと!
この世に私以上ネクラさんに詳しい人はいない!
ネクラさん本人ならまだしも、その模倣をしている人なんかに負けるなんて、私のプライドが絶対に許さないんだから!
勝手にやる気を燃やしながら東側の階段へと向かったハイネスは、その熱意が知らず知らずの内にミナモンとシラユキにプレッシャーを与えていたことなど気付くはずも無かった。
そして数分後、自分の予想通り階段下から子供が上がってくるのを見届けたハイネスは、この試合の勝ちを確信した。
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