第67話 ネクラグッズ
2人が家に来る当日、僕は春香に強制的にお風呂に入らされ、恥ずかしくない格好をさせられた。
まぁ、普通のパーカーなんだけども……。
普段着ているような服で出ていったりしたらこっちが恥ずかしいとまで言われると……。
「良い? あくまで今回はお兄ちゃんのグッズの件で2人が来るの! そのこと忘れないでよ!」
「はい……」
散々念を押され、約束の13時少し前にインターフォンが鳴るまで、ずっと床に正座していた。
僕らの上下関係は明白で、僕も力で敵わないと分かっている相手に立ち向かおうという殊勝な心は持っていないので、春香の機嫌が悪い時はいつもこんな感じだ。
初めに来たのは少し大きめのバックを持った舞さんだった。
やはり、勘違い等ではなく、本当に舞ちゃんらしい。
家に入ってきた彼女は、最初の方こそ外の景色を見てはしゃいでいたけれど、微妙そうな顔をしている僕を見ると最初に会った時のテンションであれこれ質問責めにしてきた。
そして、少し遅れてハイネスさん(本名不明)が登場して、その質問責めは終了した。
ハイネスさんは最初家に来た時と同じ格好をしていて、僕を見るなりはにかんだような笑顔を見せた。
なんだか……複雑な気持ちになる。
(ラブコメの主人公、その強靭なメンタルを今だけでも僕にくれ……)
家の中に女の子が2人と暴力の化身が1人。この状況に長く耐えられるほど、僕は出来た人間じゃないぞ。
しかも、その女の子の内1人は僕自身のことが好きだと言ってくれている人だ。
精神面的に、持って2時間ちょっとが限界ってところだ。
「では、早速始めましょうか。ネクラさ――そう言えば、なんて呼べばいいですか?」
「……呼びやすい方で結構ですよ。マイさんも」
「ハイ! では、私はネクラさんと!」
「私もネクラさんと呼ばせてもらいます。向こう(VR)でうっかり本名を呼んでしまうといけませんしね」
リビングの机、僕の隣にハイネスさんが座り、向かいに春香と舞さんという形だ。
最初に、舞さんがバックの中からネクラのアバターをそのまま形にしたような小さな人形が出される。
「とりあえず、最初はこれですね。いくつか持ってきましたが、ネクラさんの了承を得なかった物は量産しないとお約束します!」
「は、はぁ……。それにしても、僕は何をしたら良いんですか?」
「ネクラさんから見ておかしなところがないか! そして、これを販売しても問題無いか。その意見が欲しいんです!」
意見が欲しいと言われてもねぇ……。
このぬいぐるみ、手のひらサイズであるにも関わらず、手作り感が一切無く、完成度も非常に高い。
強いて言えば、少し着物の面が荒いようにも感じるが、世間的に見ればネクラは怪物という認識の方が強い。
これはこれで、受ける人には受けるのだろう。
「僕……というか私は、ここまで可愛くないような気もしますけど、こういうグッズは、自然とこんな風になるものなんでしょうか?」
唯一気になった点はそこだった。
僕のアバターはどちらかと言えば怖い系だという印象だ。
間違っても可愛いなんて印象を持つ人はいないだろう。
しかしこの人形、怖いという感情は欠片も湧いてこない。そこだけが少し気になる。だが、言ってしまえばその程度だ。
「そうですね……。ぬいぐるみって言うのは基本可愛く作るものですし、ネクラさんは可愛い部分もありますので問題は無いかと! どうしても気になるのでしたら改良しますけど……」
「い、いや、そこまででは無いので大丈夫ですよ。次の物を見せてもらってもよろしいですか?」
流石にそんな小さなことが気になると言って作りなおして貰うのは気が引ける。
せっかく自分の為に作って貰ったのだから、そこまで図々しくはなれない。
それに、僕が気にしていても、横に座っているハイネスさんは目をキラキラさせていたし。
「次はタペストリーですね。こっちは結構自信あるんですよ~!」
そう言うと、ぬいぐるみをしまったバックの中から、巻いてあったタペストリーが姿を現した。
縦に長い感じの物で、僕のアバターがあぐらをかいて悪い笑みを浮かべている物。
照れているように頬を掻いている物。
にこやかに笑っている物の3点だった。
どれも、ネット通販やお店等で売られているようなアニメのタペストリーと遜色ないほど綺麗で、完成度が高かった。
とても年下の女の子が作ったとは思えない。
(科学の進歩ってすごいな……)
僕は隣でうわ~と感激の声を漏らしているハイネスさんを横目で見ながら、他人事のようにそんなことを思った。
僕には1枚目のあぐらをかいているカッコいい物の良さしか分からないけれど、隣にいる人はそうではないらしい。
推しキャラのコスプレをしている人を前にした少女の如く、目をキラキラさせている。
「どうです?」
「……凄いですね。純粋に、それしか出てきません」
「ありがとうございます! ファンクラブでネクラさんのファンアートを書いている方が居たので、その人に協力して貰いました!」
「ファンアートですか……」
どうりで、やたら様になっていると思った。
僕がこんなカッコいいポーズを取っても様になる訳が無いと思っていたし。
ていうか、そもそもこんな偉そうに振舞ったこと無いし。
エゴサーチを止めてからファンアート等は見ていないけれど、絵を描ける人って尊敬するよ……。
自分にできない事を出来る人が尊敬の対象になるように、僕は絵心という物が全くない。
お世辞にもうまいとは言えないのだ。
なので、そういった才能を持っている人がそこはかとなく羨ましい。
「あ、あの! これ、それぞれいくらで売るつもりですか!」
「う〜ん。まだ正確には決めてませんよ。ネクラさん、私が勝手に値段付けちゃっても良いんですか? このグッズ、製作したのは私ですけど、初のネクラさん公認のグッズとして売り出します。なので、値段等は……」
「私には、その辺りの知識がまるでありませんのでお任せしますよ。ただ、私個人の希望としては、お金はそこまで必要としていないのであまり高くしないでほしい。ということくらいですかね」
せっかく僕のグッズを出してくれるのだから、出来るだけ多くの人に買ってほしい。
僕は別に、グッズで儲けようとは思っていない。
なんなら、売上全てを舞さん達製作陣に渡しても良いとさえ思っているほどだ。
「了解しました。では、相場と同じくらいで設定しておきます。他に質問はありますか?」
「得には――」
「販売時期を教えてください! というより、絶対買い占めて転売する人が出てくるので、個数制限を付けるべきだと思います!」
「は、ハイネスさん……?」
「だって! こんな可愛くてカッコいいグッズ! ファンなら絶対欲しいです! 転売する人なんかに渡したくありません!」
そういうこと言ってるんじゃないんですけども……。まぁ良いや。
販売時期が気になるのは事実なので、それ以上の言及はしないでおこう。
「量産が終わり次第ですけど、どのくらい必要になるかは分からないので正確な時期までは……。それと、個数制限については私も設けようと思っていました。1人につき、各種2つまでとする予定です」
「量産の件、どのくらい必要になるかは恐らく簡単に割り出せます! ね? ネクラさん!」
「……僕のSNSで公表して、反応を見て判断すると――」
「その通りです! とりあえず、今日の夜公表してもらって、世間の反応を見ましょう! 絶対飛ぶように売れます!」
「は、はぁ……」
いつもの人見知りで大人しいハイネスさんはどこへやら……。
ライさん、止めてくれませんかね!?
そんな視線を春香に送ると、お手上げという風に肩を竦め、首を横に振った。
長い付き合いじゃなかったのかよ! と心の中でツッコミを入れつつ、打ち合わせが終わるまでこのハイテンションのハイネスさんは継続し、2人が帰った後、僕は春香の尋問から逃げるように部屋に閉じこもった。
ドアを蹴破って入ってこなかったのは、せめてもの気遣いだろう。
女の子に免疫が無く、人見知りな僕があんな状態に1時間弱晒されたのだ。
尋問は多少体力が回復してからという事にしてくれたのだろう。
まぁ仮に違ったとしても、そう考えていた方が気が楽なのでそういうことにしておこう。
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