第5話 説明会2
5人のコスプレ集団が去った5分後、次の来訪者がギルドの扉を叩いた。
晴也は1度大きく深呼吸をすると、その扉を開いた。
「ネクラさんのギルドはこちらでお間違いないですか?」
「ええ。合っていますよ」
「今日はよろしくお願いします!」
扉の前で大げさに頭を下げた10代前半くらいの少女は、目の前にいるネクラを見て、感激のあまり思わず涙を流していた。
薄々気付いているかもしれないが、彼女は例のプリンを箱で送って来た人物の1人であり、熱狂的なネクラのファンだ。
緑色の髪を背中まで伸ばし、モコモコのコートを羽織っている。
手には白い手袋をはめ、その赤い瞳には憧れの人物であるネクラが普通より神々しく見えているだろう。
身長は160ちょっとだろうか。さっきの女の子2人に比べれば少しだけ高い。
「えっと……鬼陣営のマイさんで合っていますよね?」
「はい! 合ってます! 7段(蛇)止まりのマイです!」
「あ~うん。いつも絡んでくれてありがとうね……」
「ハッ! 私のこと、分かるんですか!?」
思わず身を乗り出したマイに、晴也は少し引きながらもそれを表情に出さないよう努力しながら答える。
「うん。いつも積極的に絡んでくれてるよね。そういう人は――」
「うそ……。私! もう死んでも良いです! 多分、今日は私の人生で最良の日です!」
「あはは……。そこまで喜んで貰えると嬉しいよ」
晴也の笑いが引きつったものに変わっていることには気付かず、その少女はただ嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねている。
この子、今日ここに来た目的を見失っているのではなかろうか……。
「いえ! 今日は、8段(龍)に上げてもらうためにここに来ました!」
「うん、忘れてないなら良いんだけどさ......。一応、カスタムで実践的に教えようと思っているんだけど、どうかな?」
「お任せします!」
「そう。じゃあ、とりあえず招待するね」
いちいち反応が大げさだが、そこは突っ込んだらきりが無いので諦めることにした。
フレンド登録を済ませ、カスタムへと招待する。
カスタムでは、ステージやゲーム時間諸々を設定できるので、とりあえず1対1で戦ってみて、感じた事をアドバイスするという形をとる。
コミュ障の晴也が話して説明するより、感じた事を話す方が得意という理由から実戦形式を好んでいるのだが、それは本人しか知らない事実だ。
「時間は30分。ステージは無人島に設定しています。後、私は無敵などの能力は一切使いません。マイさんはいつも通り、ランクマッチだと思って私を追ってください」
「は、はい!」
「では、始めましょうか」
時間が30分で鬼が1人。となれば、ステージの中でも一番狭い無人島を選ぶのは当然だとして、それでもかなりの広さがある。
仮に見つからなかったとしても、それは索敵能力に問題があると考えた方が良い。
少なくとも、彼女が目指している8段以上のランクの鬼ならば、容易く見つけることが出来るだろう。
それこそ、能力に頼らずとも経験などでこちらが隠れている場所を大体当ててくるのだ。
それの有無でも、アドバイスする点は大きく変わってくる。
――30分後
カスタムが終わった晴也の印象は、なるほど。その一言だった。
結果から言えば、開始10分程度で当たりをつけられ、その後20分以上逃げていた形だ。
これだけで、この子に足りないものがなんなのか。それはすぐに分かった。
「マイさんには、10段でも通じる索敵能力があるみたいだね」
「え!? 本当ですか!?」
「うん。それは間違いないよ。ただ、子供を追いかける能力が著しく欠けているんだ。今までも、子供を見つけても仲間に取られるか、そのまま逃げられる展開があったんじゃないかな?」
「あ~、そんな展開が普通なのかと思っていました!」
「マイさんは追いかける能力さえ身につければ、すぐにでも上位プレイヤーの仲間入りが出来ると思うよ? というより、ランキングの常連になれると思うよ」
そう言うと、少女は途端に泣き出してしまった。
ギルド内でなければ迷惑になりそうなほどの大声で……。
「ちょ!? えっ? ど、どうしたの?」
「憧れの人にそんなこと言ってもらえて……嬉しいんですもん……」
「あはは……。でも、能力が使えない状態とはいえ、10分で私を見つけられたのは素直に凄いと思うよ。将来、マイさんが10段に来た時、負けそうな気さえするよ」
「そ、そんなこと!」
「あるある。鬼に必要不可欠なのは相手を見つける索敵能力。マイさんは、一級品ともいえるものをもっている。本気で戦う時が楽しみだよ」
晴也は表面では明るい笑顔を作っているが、内心では心臓バクバクで、今にも死にそうになっていた。
無人島というステージは、ステージが狭い割に入り組んでおり、無人島と言う名にふさわしく、そのほとんどが木で埋め尽くされている。
要するに、全てのステージの中で1.2を争うほど索敵がしにくいステージなのだ。
もちろん、晴也自身は見つかる気など無く、なんなら隠れ通して「流石です」とか言われたかったのだ。
それがほんの10分で見つかった時点で、かなりの恐怖を感じていたのだ。
上位のプレイヤーでも20分で見つければ御の字。マイさんと同じ7段のプレイヤーではまず見つけられないだろう。
もちろん、これが普通の子供陣営のプレイヤーであればその限りではないのだが、ランクマッチでも鬼に見つかる事が少ない晴也からすれば十分な異常事態なのだ。
本当に、この人が自分と同じランク帯までくると負けてしまうような、そんな気がする。
「じゃあ早速、マイさんの直すべきところを言っていくね?」
「よろしくお願いします!」
内心のそんな気持ちを隠し、晴也は目の前の期待で目を輝かせた女の子にアドバイスをしていく。
「マイさんの使っているキャラは『女王』だよね? 足が全ての鬼の中で1番早い代わりに、1番攻撃速度が遅い、かなり使いにくいキャラ」
「です!」
彼女が使っていたのは女王という鬼だ。
瞬間移動の特殊能力を保有しており、見た目は赤いドレスを着た20代くらいの女の人だ。
だけど、このキャラはかなり癖が強く、使い方によって最強にも最弱にもなりえるような、難しいキャラだ。
間違っても7段のプレイヤーが手を出していいような難易度のキャラでは無いし、10段のプレイヤーでも完璧に使いこなすのは難しいだろう。そんなレベルで癖が強いキャラなのだ。
「鬼っていうのは攻撃をはずした場合、かなりの硬直があるんだけど、それは分かってるよね?」
「え? もちろんです……」
「それが女王の場合は、その硬直がありえないほど長いんだけど、それも、分かる?」
「はい!」
「はいじゃないでしょ……」
この子の問題点、それは、相手との距離が近くなると、考えなしに攻撃を振るのだ。
当然、攻撃モーションに入ると鬼は走る速度が落ちる。そのため、上手いプレイヤーは攻撃モーションを見てから回避の方向を決める。
それでも充分回避が間に合うし、1人の鬼と追いかけっこを長く続けられるスキルがあれば、それだけ子供陣営が勝てる可能性が上がるのだ。
少し話が逸れたので本筋に戻す。
女王というキャラは、考えなしに攻撃を振って良いほど単純なキャラでは無い。
晴也が言った通り、通常の鬼より歩くスピードが速いため、攻撃後の硬直がありえないほど長いペナルティが設けられているのだ。
通常3秒ほどの攻撃後硬直が、女王の場合はたっぷり10秒ほどある。
まぁ、それだけの硬直があろうとも、見失いさえしなければ追いつけるのが女王なのだが。
しかし、それを何回もしていれば当然逃げ切られるか、仲間に横取りされる。ということだ。
「ちなみに、どうしても女王を使いたい理由とかがあれば聞くよ? 特に無いなら、他のキャラを使う方がマイさんは手っ取り早く強くなれるから」
「それは……ネクラさんが......」
「ん? 私?」
「もう良いや! ネクラさんが、前に言っていたじゃないですか! 女王は、ESCAPEのキャラの中で、1番好みの女性だって!」
「それ、1年前の……?」
「はい!」
確かに1年ほど前、何かのインタビューを受けた時、そんな話をしたような気がする。
女王が好みの女性であることは間違ってはいないし、1年経った今でも変わってはいない。
女王が好きな理由は、主に顔が可愛いから。そして、過去の設定に共感する部分が多いからだ。だけど、それとこれとがなんで繋がるのかが良く分からない……。
「いや、理由は良いんです! 恥ずかしいのでこれ以上は聞かないでください!」
「ん? 分かった……。そういうことなら、女王に関して面白い事を教えてあげる」
「本当ですか!?」
「うん。女王の弱点である攻撃硬直、これを無くす方法」
女王の弱点とは、ある意味で1つだ。それは、長すぎる攻撃後硬直。
それを、瞬間移動という能力を使うことで1回無かった事に出来る裏ワザだ。
これは、どこの攻略サイトにも載っていないので、容易く10段まで上がってこられるだろう。
攻撃後硬直とは、鬼が攻撃をはずした場合、一定時間攻撃が出来なくなり、ついでにその場から動くことが出来なくなるのだ。
動くことが出来ない。つまり、能力自体は使えるのだ。
この事実はあまり知られていないけれど、知っているのと知らないのでは天と地ほどの差がある。
つまり、攻撃をはずした場合、即座にその場へ瞬間移動すれば、攻撃後硬直が消えるのだ。
これは瞬間移動のみに適用される裏ワザで、瞬間移動を発動した直後は攻撃後硬直が無くなるというサイレント仕様がある。
そもそもこんな使い方をする人はあまりいないため、認知度が高くないのだ。
「そんな仕様が……」
「もちろん、女王みたいなキャラを使うなら1回で仕留めないといけないんだけど、どうしても無理だった場合はこの仕様を使えば良いよ。知ってる人がほとんどいないから、それを読んで回避なんてできないし、読めたとしても対応出来るものじゃないからね」
「そう、なんですか?」
「これもあまり知られていないけど、鬼と子供、双方が瞬間移動を使った後の5秒間は、周りに自分の姿が表示されないんだ。見えないところからの攻撃なんて、避けられる訳がないのさ」
こういうちょっとした仕様があまり知られていないのは、1つの陣営でしかプレイしない人が大半を占めているからだ。
瞬間移動した先に鬼が居て、すぐに気付かれず疑問に思う人はいたかもしれない。
だけど、5秒後には表示され、認識されるのだ。そりゃ、普通にやっていて気付けるはずがない。
「なるほど! 勉強になりました!」
「うん。マイさんが10段になったという報告を上げてくれるの、楽しみにしているよ」
「……はい!」
涙ながらにそう答えた彼女は、力強く頷いた。
「ちなみにフレンド登録は……」
「……そのままが良いの?」
「……はい」
ゲーム内ではあっても、かなり可愛い女の子から涙ながらにそんな事を言われたら、断れる男などこの世にいる訳がない。
まぁ実際、晴也のフレンド欄に表示されているプレイヤーの数は0という訳ではないため、これだけで燃えるとは考えにくい。
しかもこの子は、近い将来かなり凄い子になるはずだ。打算的な思いもあるが、フレンドになっておいて損はないだろう。
「良いよ。でも、私のIDなんて晒さないでね? 多分どうにでもなるけど、処理が面倒だから」
「もちろんです! 家宝にします!」
「家宝の使い方、微妙に間違ってる気がするけどね……」
そんな感じで、その女の子はギルド内から姿を消した。
まだ講習をしたのは2組だけなのに、なぜかどっと疲れが溜まったような気がする……。
少し休みたいと思った晴也だが、そんなことは許さないとばかりにギルドの扉が叩かれる。
彼がこのゲームから抜け出せるのは、この数時間後だった……。
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やる気が、出ます( *´ `*)