第64話 手毬
ハイネスさんに告白の返事を送って数時間後、僕はドアを勢いよく叩く音で起こされた。
あくびをしながらドアを開けてみると、その瞬間にグーパンチが飛んでくる。
そしてそれは、寝起きの僕には避けることなどできず、顔にクリーンヒットすることになった。
「痛った! なにするの!?」
「ハイネスの告白断るなんていい度胸してるわね! 返事は考えろって言ったでしょ?」
その顔面グーパンチで完全に目が覚めた僕は、頬をさすりながらも目の前で満面の笑みを浮かべている少女を睨んだ。
そして、すぐにその目を逸らした。
「ちゃ、ちゃんとハイネスさんからその内容聞いた!? 僕、確かに断った――」
「問答無用!!」
そう言うと、春香は僕に暴行の限りを尽くした。
この世に神様という存在がいるのなら聞いてほしい。
僕は、何か悪いことをしたのでしょうか。
相手を傷付けず、なおかつ好きになる努力もしようと思っていた矢先に、この仕打ち。
僕が出した結論は、何が間違っていたんでしょうか……。
そんなことを、春香が馬乗りになって僕のお腹を殴り続けている間、ずっと考えていた。
相手の気持ちを考えすぎたのだろうか……。相手の気持ちなど無視して、こちらに好意はないけれどあるフリをした方が良かったのだろうか……。
いや、そんなことしてもしバレてしまえば、ハイネスさんを傷付けるだけでなく、余計に春香にボコボコにされていただろう。
そしてこの暴行は、僕なんかがネクラだったという失望からきているものなのかもしれない。
こんなに有名になってしまったのが悪かったのだろうか……。
くだらない自己顕示欲、承認欲求を満たしたいがためにあんな画像を公開し、瞬く間に有名になってしまった。
タイムマシンがあるなら、その行為を全力で止めに行けばいいのだろうか……。
「はぁ……。今回はこれくらいにしといてあげる。2日間ご飯抜きね」
「は……はい」
ひとしきり危害を加えて満足したのか、春香は自分の部屋へと戻って行った。
顔を殴られたのは最初の一発だけで、その他は腹や足だった。
これは……ハイネスさんが好きになった男だから、顔を傷つけるのはまずいと考慮した結果なのだろうか。だとしたら、助かった……。
僕は春香がドアを閉めるのを確認すると、殴られた個所をさすりながら隣の猫部屋へと足を踏み入れた。
その中ではキャットタワーで楽しそうに遊んでいる灰色の子猫の姿があった。
僕の最近の癒しである、手毬だ。
「手毬……。こっちにきてくれない?」
弱々しく呟いた僕に対し、一瞬だけ首をかしげた手毬だったけれど、こちらの意図を正しく察して座り込んだ僕の手元まで来てくれる。
その愛らしい姿に頭を撫でてやるとゴロゴロとのどを鳴らしてすり寄ってくる。
あの怖くて怖くてたまらない春香が、唯一僕の為にしてくれたんじゃないかと思える買い物。それが手毬だ。
たとえ春香が世話に飽きてお前を放置したとしても、僕はちゃんと面倒見るからね……。
「ニャー?」
「あ、ごめんね。よしよし」
子猫って言うのは、なんでこんなに愛らしくて可愛いんだろうか……。
春香に殴られて痛かった傷でさえ、この子を撫でていれば完治しそうな気がする。
情けない飼い主でごめんな……。
「今日、ここで寝ても良い……?」
「良い訳ないでしょ」
「うわ! は、春香……」
どれくらい手毬に慰めて貰っていたのか。
いつの間にか、後ろに春香が不機嫌そうな顔をして立っていた。
嫌でも先ほどの記憶がよみがえり、その右手に視線が集中する。
「ハイネスは振った癖に、手毬とはイチャつくんだ~? へぇ~?」
「い、いや……イチャついてた訳じゃ......」
「こちらから告白させてくださいとか歯の浮くようなこと言っておいて、そのざま?」
「……知ってたの? 知ってて、あんなにバカすか殴ったの?」
「単純に振ったなら、今頃病院だと思うよ? てか、あれでも大分手加減したんだけど?」
そんな物騒なことを言っているにも関わらず笑っている春香に、再び恐怖心が湧いてくる。
思わず手毬を抱きかかえ、春香に献上する。
「……ハイネスに報告するくらいで勘弁してあげるからさっさと帰って。邪魔」
「は、はい……」
結局、自分も手毬と遊びたいだけなのか……。
僕の行動は、唯一の生存ルートへと突入できる選択肢だったらしい。
なんだ、そのバッドエンドしかないゲーム……。
言われた通り大人しく部屋に戻った僕は、唯一の癒しを同居人に奪われた……とはSNSに書けないので、悩みの種が1つ増えたと報告する。
これ、ネクラの正体が僕だって春香に知られたの、結構ヤバいのでは……?
SNSでの発言でさえ、一言でも何かヤバいことを口走ったら、炎上云々の前に春香に尋問と言う名の暴力を振るわれるのでは……?
こうなるから1人暮らししたかったんだよ!
あの凶悪な妹! ほんと、どう対処したらいいんだよ!
(手毬以外にもう一匹飼って、僕の部屋で一緒に住もうかな……)
本気でそんなことを考えるほど、僕は妹という存在に追いつめられていた。
しかしその数日後、僕はさらなる危機へと見舞われることになる。
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やる気が、出ます( *´ `*)




