第58話 子供を探せ?
練習会が終わった後の会議室の空気はかなり重かった。
その理由は、囮役の人しか捕まえられなかった鬼側の面々がかなりショックを受けていたからだ。
いつもはうるさいくらい元気なミナモンでさえ、祝勝会が全部自腹だと決まった時のような顔をしていた。
「……ハイネスさん。どう、でしたか?」
重い空気の中、ネクラは勇気を出して聞いてみる。
そうでないと感想戦?はできないし、なにより、こちらの課題も見えてこない。
辛いが、これはリーダーとしての自分の役目だ。
「……そうですね。見つけること自体は激ムズかと言われると、正直そこまででした。1人見つけるのに10分以上かかるペースだったので、難しくないかと言われると少し難しい部類です。間違っても簡単と言える人はいないでしょう。実際、私達の中で1番索敵能力が長けているマイさんが見つけられたのが、試合を通して5人なので……」
「つまり、マイさん並みの索敵能力があり、なおかつ瞬間移動や無敵の対策さえしていれば、なんとかなると?」
「そんな簡単な問題じゃないでしょう。各々の隠れるスキルなんかにも寄りますが、残り人数が少なくなればまず見つけられないかと。偵察部隊の存在も大きい。逐一こちらの動きを見られていて、作戦内容も綺麗に聞かれているとなればそこの対策も必須になってきます。ネクラさんが気付いたのなら、海外の人も必ずこれを応用してきます。大会までにどれだけ対策を詰めるかで勝負が決まる。そう考えて良いでしょう」
沈んでいるわりにきっちりと考察はしてくれているらしい。
実際、僕が思った通り今回のMVPは偵察部隊に選んだ2人だったみたいだ。
聴力を最大にまで設定していると、携帯の向こうから聞こえてくる作戦内容まで全て聞こえるのは収穫だった。
それもあり、今回はかなりやりやすかった。
「反対に言えば、これを対策していないと世界大会優勝なんて絶対に無理。ということですね?」
「はい。早いうちに気が付いて良かったです。これを初見でやられていたら、恐らく速攻で負けていましたので……」
「こちらとして直すべきところなどがあれば……」
「……そうですね。偵察部隊の方は、ミルクさんとミラルさんでしたよね?」
ハイネスさんは少し離れた位置で真剣に話を聞いていた2人に目を向ける。
その2人は一瞬だけ向きあった後「はい」と頷いた。
「偵察部隊の方は全体を見渡せる位置にいなければならない。それは分かります。しかし、相手がその存在に気づけば真っ先に始末しようと考える位置です。今回は隠れている方達を優先したので放置しましたが、もう少し目立たないところで偵察するべきかと思います」
『善処します』
「それからネクラさん。今回の瞬間移動先、得に指示はしていませんよね?」
「そう、ですね」
今回、というより瞬間移動の移動先については、その場の判断に任せているので指示しない事にしている。
例えば、あるエリアに飛べと指示を出しておいて、数分後にそのエリアで鬼の目撃情報があった場合、指示を出したプレイヤーが混乱する恐れがあるからだ。
なので、瞬間移動なんかの緊急性があるものの判断は日頃から各自に任せるようにしている。
「こちらの動きが綺麗に見えていれば、そこら辺まで指示を出した方が確実性が増すかと思います。そして囮役の方。今回は手の内をあらかじめこちらが知っていたので問題はありませんでしたが、あくまで『わざと見つかった』という雰囲気は隠すべきです。逃げていた方向と反対側に他の子供がいるのが丸わかりでしたので」
『了解です』
なんか、ハイネスさんの方が僕よりリーダーっぽいのは気のせいだろうか。
なんならリーダーを譲って、僕は気楽な立場になりたいんだけど……。
別に、何が何でもリーダーになりたいなんて、そんな自己顕示欲の塊みたいな人間じゃないし僕……。
「次に、こちら側の課題点やアドバイスなどがあれば、皆さんからお願いします」
ひとしきりアドバイスを終えたハイネスさんは、頭を下げると今度は自分たちのアドバイスを求め始めた。
沈みきっているシラユキさんやミナモンとは違い、彼女は今回ばかりは仕方が無いと割り切っていた。
初見で最強と言われているボスに挑み、敗北するのは仕方が無い。
大事なのは、その戦いから何を学ぶかだ。
そして、次の戦いに備える事だ。
「では、私から思った事を1つ」
「なんでしょうネクラさん」
「マイさんは既に知っていますが、鬼と子供、瞬間移動の直後はお互いに姿が見えないのはご存知ですか?」
「え? そうなんですか?」
「はい。その点に関しては後でマイさんに聞いてもらえば分かると思います。それで提案なんですが、仮に隠れている子供を見つけたとして、一旦スルーします。そして、ある程度離れたらその子供の場所まで瞬間移動して捕まえる。というのはどうでしょう。そう何度も使える手ではありませんが、偵察班を見つけた際などには効果的かと」
マイさんにこれと似たような事を教えた際、1日で10段まで上がってきたので、この方法はかなりマイナーなのだろう。
ならば、かなり有効な手ではあるはずだ。
もちろん瞬間移動はそう何度も使える訳ではないけれど、役には立つだろう。
「あんまりやりすぎていると通報されるので、ほどほどにしておいた方が良いですよ……? 凄く強くはありますけど……」
「……通報されたんですか?」
「見えないところから攻撃されて、何も分からず捕まる。そしたら、今まで自分がいた位置から急に女王が出てくる。誰でも『は?』ってなりますよ。BANはされていないのでご心配しなくて大丈夫ですよ」
「それは、なんというか……申し訳ないです」
「い、いえ! ネクラさんのおかげで強くなれたんですから、そんなこと気にしてませんよ!」
口元を隠して微笑むマイさんは、なんだかいつもより可愛く見えた。
そしてハイネスさんも、そのやりとりから確証を得たのか、力強く頷いてこの後試すとまで言ってくれた。
「他に何か気付いた方はいますか? 私が思ったのは大体そのくらいで……」
「特に無いようですね。まぁ、ネクラさんのおかげで最適解と呼んでも良い編成の皆さんと違い、私達はまだ試作段階なのでこんなものでしょう。鬼の当面の目標としては、出来るだけ早く最適解を見つけ、対抗策を練る事ですね。一応いくつかは思いつきますが、まずは使ってみないといけません」
「では、私もてつだ――」
「ネクラさんは寝てください! これ以上無理したら倒れちゃいます! そんなのはファンとして嫌です!」
「は、はい……」
ぴしゃりとしかられ、ネクラは分かりやすく肩を落とした。
眠くはあるけれど、ゲームについて調べる事は別に苦では無いので良いんだけども……。
というか、作戦を立てる上で指揮官が鬼の事を理解していない等論外なので、どっち道調べることになるのだが……。
(言わない方が良い事もあるよな……)
目の前のハイネスさんは、目を合わせてはくれないけれど本気で心配してくれている事は分かる。
変にここで言い争っても、絶対説き伏せられるので黙っておく。
変な事を言って泣きたくは無い。
「では、今回はこれでお開きですかね?」
「そ、そうですね……」
「じゃあ皆さん、お疲れ様でした。鬼の皆さんは応接室の方に集合してください。色々相談したい事がありますので」
『お疲れさまでした~』
ハイネスさんのその言葉を皮切りに、次々とチームメイトがログアウトしていく。
鬼側のメンバーはそのまま部屋を出て隣の応接室に行くらしい。
このタイミングで、なんで最近目を合わせてくれないのか聞くことにした晴也は、ハイネスが会議室を出る直前で声をかけた。
「あ、あのハイネスさん……」
「は、はい! なんでしょう!」
後ろから肩を叩いても、やはりこちらは向いてくれない。
やっぱり、僕が何かしてしまったのだろうか……。
「最近目を合わせてくれませんけど、私が何かしてしまいましたか? それなら謝りますので――」
「そんなことありません! あ、ごめんなさい……。でも、本当にネクラさんは関係無いので、ご心配なさらないでください……」
ハイネスさんはそう言い残すと、さっさと走り去ってしまった。
残された晴也は呆然とその場に立ち尽くし、言い表せようも無い孤独感と寂しさに襲われていた。
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