第52話 対面
憧れのネクラさ――ライとの対面の日、私は渋谷にある自宅から新宿へと向かい、集合場所まで向かった。
あの時、ライの住んでいる所を自然に聞き出すために思わず新宿と言ってしまったけれど、本当は渋谷で1人暮らしをしている。
そして、新宿の駅前。そう聞いて、私はライのお兄さんがネクラさんであると確証を得た。
同時に、自分がバイトでやっている運送業で行った部屋の住人である事も悟った。
人見知りなことが災いしてネクラさんの顔を見る事は叶わなかったけれど、今日は上手くやって見せる。
そしてしばらくすると、横断歩道から渡ってくる1人の小さな少女が目に入ってきた。
その少女の左手にはライが目印として指定したブランド物のバックが握られていた。
一応その子の服装をチャット欄に入力すると、合っているとの連絡が入った。
どうやら間違いないらしい。
(やっぱり……私と同じ高校生なんだ)
ネクラさんが学生である。この事は一部のファンの間では有名である。
ライの年齢までは流石に分かっていなかったけれど、自分と同じ高校生くらいだと知ってなんだか安心する。
ベージュのワンピースと紺色の帽子を被っていて、左手にはブランド物のバック。
もう少し背が高ければ20代と言われても全然信じてしまいそうな格好だけど、良い意味でイメージ通りの人だ。
ゲームの中のライも、あんな風にどちらかと言えばカッコいいタイプの人だし。
「こ、こんにちは……。ライさん、ですよね?」
勇気を振り絞って私から声をかける。
人見知りの私からすればかなり頑張った方だ。
だけど、まずこの関門を突破し、次に信用を勝ち取ることが出来なければ、お兄さんの顔を拝む事はできない。
「あ……ハイネス、さん? あなたが……」
目の前の女性は、事前に私が知らせている服装と照らし合わせているのか、携帯と私を交互に見つめる。
最近はゲーム内でも偉そうに振舞っていたから、実物が身長150ちょいの子供だと知って驚いたのだろう。
身長が伸びないんだから仕方ないじゃん……。
「白のワンピースにブラウンの帽子……間違いなさそうね。こんにちは。ハイネスさん」
少しだけ足を曲げてそう言ってくる女の人に、思わず帽子を深く被って顔を見ないようにする。
つい出てしまう癖だけど、今日だけは必死で我慢しないと……。
全ては、憧れの人と対面するためなんだから……。
「ご、ごめんなさい……。ついやっちゃうんです」
「あ、良いの。ハイネスはそんな子だって分かってるから。後、ため口で大丈夫よ? いつもどおり接して?」
「は、はい……」
周りを行き交う複数の人の視線は気になるけれど、思い切って帽子を取る。
そこには、想像していた通りのお姉さんって感じの人はおらず、ちょっと無理しているような女の子の姿があった。
ネクラさんが私のタイプだった時の事を考えて、出来るだけ可愛い格好をしようと無理をした私みたいに、少しだけ無理している感が否めない女の子。
「あ、あの聞いても良い……?」
「ん? なに?」
「ライって、何歳なの?」
ライの服の裾を摘まんで着いて行く私は、横断歩道の待ち時間でそんな事を聞いてみた。
私の脳内では、まずは軽く街をぶらついて、その後ライの家に行くという形になっている。
これは、私の人見知りを考慮して、ネクラさんに会える事と自分の精神状態を天秤にかける目的もあるけれど、ライの信用を勝ち取ることが1番の目的だ。
いくらゲームで親交があると言っても、信用が無い人をいきなり家に上げろと言うよりはこちらの方が良いだろうとの判断だ。
「ん~。16かな? 今高1だから、多分そのくらい」
「え!? 私より年下!?」
「あ、そうなの? ハイネスは?」
「私は18。今高3」
「あ~お兄ちゃんの1つ上だ~」
その言葉を聞いて、私はなんだか少しだけ嬉しくなった。
だって、年上より年下の方が私は好きだし……。
多分、この口ぶりだとライは自分のお兄さんがネクラさんだとは気付いていない。
(まぁ、知っていたら昨日ネクラさんの動画を見た後にあんなに興奮して無かっただろうけど……)
ライは、ネクラさんが公開した解説動画を速攻で見た後、私に興奮した様子でメッセージを送ってきた。
私も全く同じ気持ち――というか、それ以上に興奮していたので夜中まで話していたのだ。
あの人は、本当に鬼側でプレイしたことが無いのか。
そう思えるほど鬼に詳しくて、私でも知らなかったような情報まで公開していたのだ。
そんな事を思っていると、横を歩いていたライが立ち止まって、私を見降ろす形で話しかけてくる。
「もうすぐお昼だし、どこかで適当に食べようか。行きたいところとか、ある?」
「得には……。あんまり人が多いところは嫌、かな」
「分かった。じゃあ、どこかで軽めに済ませようか」
合流したのが11時。もう13時を回りそうなので、とりあえずお昼という事になった。
とりあえずだいぶ打ち解けた気がするので、食事が終わったら家に行きたいと持ちかけてみよう。
もしダメそうなら今回は諦めて、次回その機会を伺えば良い……。
――晴也視点
僕は、朝起きて春香が既にいない事を確認してからノートパソコンを開き、昨日公開したばかりの解説動画の反響を確かめようとSNSを見た。
思わず炎上してしまったかと錯覚するような通知の数。そして、その全てが感謝の言葉だった。
(どうしてこうなった……)
咄嗟に動画サイトの方を確認してみると、子供と鬼の解説動画はそれぞれ既に400万回以上再生されており、有料な事を忘れるほどだった。
プリン事件を鎮静化するために解説動画を出しただけなのに、出す前より事態が悪化した気がする。
しかも最悪なのは、SNSで複数の人が「ランクマッチの環境が数年分進んだ」と言っている事だ。
(僕の解説動画だけでそこまで進む訳ないだろ!)
そう叫び出したい気分だった。
しかし、実際それは間違っておらず、解説動画を見てから勝率が飛躍的に伸びた人が何百人もいたのだ。
その人達がさらに拡散され、結果的に解説動画がさらに再生されることになっていた。
子供と鬼。両方の動画を見る場合でもかかる料金は精々500円とちょっと。
それだけでその何十倍ものお金を稼げるのだから、見ない奴はバカ。そんなコメントが発信されてから、爆発的にドンドン伸びていく動画。もはや恐怖すら感じる。
そんな時、ズボンのポケットに入れていた携帯に着信が入った。
好きなアニメのオープニング曲を設定しているそのアラームが、春香からの着信を知らせる。
「もしもし? どうしたの?」
「いや、今会ってる友達が、お兄ちゃんにも会いたいって言うからさ。結構仲の良い人だから、出来れば会わせてあげたいなと」
「……何で急にそんな話になるの?」
「こっちにも色々あるの! とにかく、後20分くらいで戻るから、お風呂入って恥ずかしくない格好して! 言っとくけど、結構可愛らしい女の子だからね!?」
「気が重いなぁ……」
「良いから! 出来る限り遅らせるから、準備出来たら連絡して!」
一方的にそう告げた春香は、そのまま電話を切った。
後ろから静かなクラシックが聞こえて来ていたので、恐らく喫茶店かどこかのトイレでかけて来たんだろう。
今日は出かけているとか言って適当にかわしてほしかった……。
動画の事で今にも現実逃避したいのに、なんでこんなことになるのか……。
隣の部屋でくつろいでいる手毬をひとしきり撫でてからお風呂に入り、とりあえず人に会っても恥ずかしくないような私服へと着替える。
準備が出来たと連絡をすると5分後には玄関のドアが開き、春香が帰って来た。
その後ろにいた見覚えのある人を見て、僕は一瞬全身が固まった。
(あの時、家に来た業者の人じゃん……。世の中狭すぎでしょ……)
晴也がその少女を見て、この家にあるほとんどの家具を運んでくれた人見知りな業者の人だと悟るのは早かった。
その少女は春香が言っていたように可愛らしく、なぜか僕を見て少し頬を赤くしていた。
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やる気が、出ます( *´ `*)




