第3話 説明会直前
もはや見慣れた光景である魔王城のような見た目をしているロビーに到着した晴也は、約束の時間までまだ余裕があるのを良いことに、アバターの装飾品を漁りに交換所へと足を運ぶ。
各々が思い思いのアバターで交流を深める場所。ここロビーでは、主にフリーマッチやカスタムマッチを一緒にやろうと誘いこみを行っている男が何人もいる。
そのほとんどはそれ以上の関係を狙っているのだが、このゲームはプレイヤーの出会い目的での勧誘は禁止していない。
あまりに過度な場合、勧誘された側が運営に連絡すれば忠告が与えられる程度なのだ。
もちろん何度もそんな行為をしていればアカウントが停止されるのだが、まぁそれはいい。
晴也はそんな光景に呆れたように首を振り、アバターを見て彼の正体を察した誘い込みを軽くいなしながら歩みを進める。
彼のアバターは特徴的で、顔や腕に禍々しい模様を入れ込んでおり、どこかの国の民族衣装を着ている。
身長はあまり高くなく、158といったところか。
髪色はステージに溶け込みやすい茶色だが、黒のマフラーと白の民族衣装があまりに派手な為、完全にステージに溶け込めるかと言われるとそうではない。
もちろん、彼がランクマッチでアバターを使ったことなどないのだが、もし使うなら、と仮定したらの話だ。
西洋の館をイメージしたと公式サイトに書いてあるロビーを出ると、そこには数えるのも面倒になるほどのアバターがそこら中を歩いている。
煉瓦造りの家が立ち並び、しっかりと整備された石畳の道を何台かの馬車が通っている。
この並んでいる家々は、ほとんどがギルドの持ち物だ。
ギルドというのは、ここ最近新たに追加されたシステムであり、最大100名のプレイヤーが加入できる、完全招待制のクラブみたいなものだ。
ギルドに入っているだけで様々な特典が貰え、そのギルドの総合ランキングによって、月々ギルドメンバーに入るポイントも違うという……なんとも言えないシステムだ。
こんなもの、友達がいる人やネット上で友達を作るコミュニケーション能力がある人の為だけに作られたようなシステムだ。
晴也は学校に行っておらず、外にも出ないという関係上コミュニケーション能力は皆無と言っていい。
そのため、ありえないほどの勧誘を受けながらも自分1人でギルドを立ち上げている状態だ。
いくらトッププレイヤーの彼でも、100人の上位プレイヤーと1人で争えと言う方が無謀なので、当然ギルドのランキングは圏外なのだが、そこはあまり気にしていない。
それ関係での唯一の悩みと言えば、ギルドメンバーでチームを構成しなければならない大会には参加することが出来ない点だろうか。
まぁそれも、普通の大会よりかは賞金が低いものがほとんどなのでそこまで重要視はしていないのだが……。
(着いた……)
ロビーから5分ほど歩くと、下手くそな人間の絵が描かれた看板と、横に立っている不細工なマネキンが出迎えてくれる店へと到着する。
この、10人いれば10人が怪しいと思うような店が、彼の目的の場所だった。
ここは数あるアバターの装飾品を提供する店の1つなのだが、店構えから想像できる通り、怪しいものしか売っていない。
例えば、晴也が今身に着けているどこかの国の民族衣装や全身の禍々しい模様。これらは、全てこの店で揃えたものだ。
なんでこんな店で買うのか。
その答えは簡単で、アバターというものは対戦で使うプレイヤーはほとんどおらず、従来のゲームで言う自分の分身という定義からは少しずれている。
なにしろ、自分の分身とは何か。それを聞かれたプレイヤーの多くは、日頃使っているキャラクターの方を自分の分身だと答えるのだ。
そのため、アバターに気を遣う人はあまり多く無い。
アバターの装飾品を買うのにもポイントは使う。
それが現実世界と併用出来るシステムになってからは、装飾品にポイントを使う物好きなど少数になったのだ。
なればこそ、晴也はそんな物好き達とさらに差別化を図るため、あえて怪しい格好にしているのだ。
「なにか良さげな物、ありますか?」
店内に飾られている商品には目もくれず、現実世界の彼からは想像もつかないようなドスの聞いた声で若い男の店員にそう尋ねる。
店員はもちろんAIだが、既に何回も来ている晴也の好みに合わせ、お勧めの商品を提示してくれるのだ。
自分で選ぶより、こっちの方がはるかに効率が良い。どうせ、目ぼしいものがあろうと買う気は無いのだから。
「申し訳ありません。本日はお客様に提供できるようなものはなにも……」
「そう。なら、気が向いたらまた来るよ」
「お待ちしております」
そう言い恭しく頭を下げたその男は、晴也が店を出るまで頭を下げ続けた。
単なる時間潰しであそこに行ったため、別に何か買おうという気は無かった。というか、今のアバターで十分満足している彼は、これ以上装飾品を増やそうとは思っていないのだ。
大体、今日予想以上の出費がかさむと確定したにも関わらず、これ以上金を使うのは論外なのだ。
店にいた時間は僅か2分程度だったが、行き来の時間を含めれば15分程度を潰せたことになる。
ロビーにいるとかなりの確率で誰かしらは話しかけてくる。コミュニケーション能力が無い晴也は、それが苦痛に感じるので出来るだけロビーから離れていたかったのだ。
なら、待ち合わせギリギリの時間にログインすれば良いと思うかもしれない。
それは確かに正解なのだが、彼の性格上相手を待たせる可能性が少しでもあるのなら、自分が待つことを選ぶのだ。
ただでさえ、今回は自分で講習をすると言っているのだ。相手を待たせるなんて、晴也からすれば論外なのだ。
そんな訳で、ロビーへと戻って来た晴也は、しばらく誘い込みをしているむさくるしい男達を眺め、ため息を吐くということを繰り返していた。
こんなところで呼び込みをするより、ロビーから出て街中で呼び込みをした方がよっぽど効果的だということに気付けない人がこんなにいることがまずありえない。
大体、ここにいるのは獅子ランク以上の中堅プレイヤー達だ。
そんな人達が、アニメで見たことあるキャラに似たアバターの哀れな男達にホイホイ着いて行く訳がないというのに……。
まぁそんな哀れな男達の話はどうでも良い。
晴也がロビーで待ち始めて10分程経った頃、約束の人物が現れた。
そこには、晴也が最も嫌いなタイプのアバターが5人ほど並んでいた。
「ネクラさん……。ですよね?」
「あ~、はい」
全員、呼び込みをしている男たちと同じような、アニメキャラを連想させるアバターだったのだ。
派手な髪色と派手な洋服、さらには腰に付けた意味の分からない武器の類。
こういうアバターを使っているプレイヤーが、晴也は一番嫌いだった。
彼らの多くは15歳以下の子供であり、単純な判断能力に欠けている。
それに、最低限のネットリテラシーすらないことも多い。
本名でプレイしているならまだ可愛い方だが、自分の住所や家族構成なんかもベラベラ話すプレイヤーが多いのだ。
しまいには、アバターをバカにしただけで怒り出す人が多い。だから嫌いなのだ。
だが一応、この人達は自分の要望を聞いてくれた人なのだ。
嫌いな人種ではあるが、その事は顔に出さない方が賢明だろう。
こういうプレイヤーは、尊敬している人はとことん褒めるが、そうでない人には攻撃的だ。
下手な態度をとって悪評を広めない方が良い。
「じゃあ、とりあえず私のギルドで説明会を行う形で良いかな? その後、質疑応答という形をとりたいのだけど……」
「あ~なるほど。大丈夫です! てっきり、カスタムで実際に教えてくれるのかと思っていましたが……」
5人のうち、もっとも有名なキャラのコスプレをしている少年が元気にそう言い放つ。
もちろん実戦形式で教えた方が楽なのだが、この人達は始めたばかりと言っていた。なら、まずは基本的な事を教えた方が良いと思っただけだ。
この後に対応することになっているプレイヤーは中級者なので、その人にはカスタムで実践的な事を教える予定だ。
「まぁ、その人に合った方法で教えた方が効率的と言うだけだよ。それじゃ、行こうか」
『なるほど! 了解です!』
元気よく返事をした一行を自らのギルドへと招待する。
ロビー限定ではあるが、ギルドに転移するシステムがある。しかし、ギルドの本部へ入るには、そのギルドに入っていなければならない。
まぁつまり、今日は”申請”→”教える”→”解除”の作業を50何人分もしないといけない訳だ。
(なんの罰ゲームなんだ……)
全員がギルドに加入したことを確認した後、明屋を含めた6人は彼のギルド『あ』の本部へと転移する。
名前が適当なのは、ゲーマーあるあるの面倒だから。という理由と、名前などどうでもいいという晴也の性格が原因だった。
まぁ『あ』という名前のギルドだけで10万個以上ある現状、彼の思考はある意味正常なのだ。
彼のギルドの本部はとても静かで、木で造られた一軒家だ。
中には風呂とトイレまで付いているかなりの優良物件……と言うわけではなく、どちらかといえば幽霊屋敷を彷彿とさせるような内装だ。
天井を見ればあちこちに蜘蛛の巣が張ってあり、所々穴が空いている箇所もある。雨が降ったら部屋の中がびちゃびちゃになるだろう。
これも、彼が面倒だという理由から家選びを適当にした結果なのだが、偶然アバターと絶妙にかみ合っているので、そこまで不気味に感じないのだ。
「うわ~」
「散らかっててごめんね。とりあえず座ってくれるかな?」
5人をリビングに通した晴也は、あらかじめ用意しておいたホワイトボードの前に少年達を座らせる。
辺りを見回しながら口を開いている少年達を見てため息を吐いた晴也は、これからの作業の大変さを改めて痛感した。
彼の長い長い夜は、まだ始まったばかりなのだった……。
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やる気が、出ます( *´ `*)