第43話 返答
食事を食べ終わった後、自分の部屋へいそいそと帰っていく兄を見送った後、少女は再び携帯に表示されているある男からのDMを神妙な面持ちで見つめた。
そこには、自分の名前と自分が1番信頼している人物の名前が書いてあり、例えばの話ではあるけれど、チームに誘ったら来てくれるかという文面が表示されていた。
少女――春香は自分と兄が食べた分の食器をとりあえず流しへと運び、洗うのを後回しにしてハイネスへと連絡を取った。
この文面から考えて、恐らくハイネスにも同じものを送っているはずだ。
ハイネスがどんな事を考えているのか、とりあえず聞いておく必要がある。
返信が来るまで時間がかかるだろうとソファに身を預けた春香は、瞬時に返ってきたメッセージへと目を通すと、その顔をさらに強張らせた。
〖今、通話できる? 私が今外に居て、すぐに帰れそうにないから〗
ハイネスとは長い付き合いだけど、お互い現実世界での絡みはほとんどなかった。
もちろん会ってみたいとは思うけれど、VRゲームで現実の話をするのは憚られる傾向にある。
お互いの承諾があれば問題は無いけれど、そんな事を言って断られるときついので言い出せなかった。
もちろん、現実での通話など初めてで、少しだけ考えてしまう。
しかし、その迷いも一瞬で、すぐさま了解の返事をする。
〖なら、連絡先送るからちょっと待って〗
すぐにDMに連絡先が送られてきて、その番号へと電話をかける。
すると、妙に可愛らしく幼い声が聞こえてきた。
「は、はい……」
「私ライだけど……ハイネス、で良いのよね?」
「うん。大丈夫だよ」
私も妙に緊張してしまって、いつもより数段声が高くなってしまう。
しかし、そんな空気を敏感に察知して、ハイネスは早速本題に入ってくれた。
「それで、ネクラさんの話の件だけど。ライはどう考えているの?」
「正直……迷ってるかな。ハイネスは?」
「私も。でも、ネクラさんは例えばの話って言っていたし、具体的な事は何も言ってきてない。多分、私達が断っても負い目を感じないようにしてくれているんだと思う」
「そっか……。じゃあ、これは例えばの話なんかじゃなく――」
「うん。多分、本気でこう考えている。でも、これがネクラさん本人の案かと言われると、多分違う」
「ど、どういうこと?」
やっぱりハイネスだ。
私が理解出来ない事も、当然理解していると仮定して話すところなんかゲームのまんまだ。
まぁ、この子はネクラさんの事になると我を忘れるところがあるから、仕方ないかもしれないけどさ……。
「ネクラさんは、多分世界大会なんかには興味無い。だけど、そこに入れ知恵した人がいる。だから、興味を持った」
「そう思う根拠は……?」
「ネクラさんは、今まで世界大会の予選でチームメイトの欠席によって勝てる相手に何度も敗北している。そんな事が続いたのに、ポジティブな感情を持つ方がおかしい」
「な、なるほどね……」
私が知らないネクラさんの事までよく知ってるな……。
まぁ、私はどちらかと言えばそこまで古参でもないし、ネクラさんの大ファンと言う訳でも無い。どちらかと言えば、ただ憧れているだけだ。
私は仲間を見捨てるような選択はできなくて、目の前で困っている仲間がいれば深く考えずに助けに行く。
だけどネクラさんは、仲間を人柱にして相手の策を次々に見破って行く。
私がネクラさんを凄いと思うのはその点だ。私には、ハイネスのような頭脳も無ければ、ネクラさんのような度胸も無い。
自分の持っていないものを持っている人に尊敬や憧れの念を抱くのは、ごくごく自然なことだろう。
「多分、これを言い出したのはマイだと思う。でも、言い出した人が誰であれ、これは私達にとってもチャンス。ネクラさんとマイのチームに入れば、今まで手も足もでなかった海外の人達に、一矢報いることが出来るかもしれない」
「ハイネスは……ネクラさんとマイが居れば、あの化け物達に対抗出来るって……本気で思ってる?」
「分からない。だけど、今の私たちじゃまた何もできずに負ける。勝てる可能性が今よりも高くなるのは確か。それに、ネクラさんが本気で集めたチームなら、全然あると思う」
「そう……ハイネスは乗り気なのね?」
私の頭の中に合ったのは、兄に相談した時の事だった。
自分が良くても、スカウトされたもう1人が乗り気じゃ無い場合は断ると。これは、今の私達の状態と同じだ。
ハイネスは乗り気だけど、私はまだ迷っている。
ハイネスが言うのなら、恐らくネクラさんの提案に乗れば、海外の化け物達に一矢報いることが出来るかもしれない。
私的にも、負け続けている現状、1度は勝ってみたいと思う。
だけど、それは今まで一緒にやってきたメンバーを裏切ってまでする事なのか。そう考えてしまう。
「ねぇハイネス? もし私がこの提案を断った場合、あなたはどうするの?」
「行かないよ。確かにネクラさんと一緒に世界と戦ってみたいとは思うけど、それはライと一緒でもあるから。それが叶わないなら、私はライと一緒に世界を目指すよ」
「……そう。お兄ちゃんと同じ事言うんだ……」
電話の向こうから聞こえてくる回答は、先ほど兄が話した内容と全く同じだった。
最終的な判断は私がしなければならない。これでは、私が兄に相談した意味が無い。
「お兄さん? ライ、お兄さんがいるの?」
「あ、話してなかったっけ。うん。1個上のお兄ちゃんがいるよ」
「......てことは、この件相談したの?」
「流石に自分の正体とか、誘われた相手の名前は伏せたけどね」
「……それで、お兄さんはなんて?」
ハイネスは、唐突に真剣な声色になり興味津々という感じで聞いてきた。
私はそのまま、兄が言っていた事がハイネスとほぼ同じで、最終的には個人の判断で、相手が着いてこなくとも誘いを受ける人もいると言っていた事まで、全てを話した。
「ねぇライ。答えたくなかったら答えなくていいんだけどさ? 最近引っ越した?」
「ん? 引っ越したよ? なんで?」
「……なるほどね。分かった」
「い、いや……何が?」
その質問にハイネスが答える事は無く、ただ何事も無かったかのように本題の話が続く。
「で、ライはどうするの?」
「正直、まだ迷っているかな。今まで一緒に戦ってきたメンバーを捨ててまで、ネクラさんと一緒に戦うべきなのかって……」
「なるほどね。でも、多分そんなこと気にする人いないと思うよ? 今まで結果を残せてきたのはライのおかげだし、そのライがネクラさんのチームで結果を出したいって言い出しても、多分文句はでないよ」
「そう……なのかな?」
「うん。私を含め、今のメンバーを集めたのはライなんだし、そのライが他のチームに行きたいって言っても、何も文句は言わないはず」
1番信頼しているハイネスにここまで言われると、本当に大丈夫な気もしてくるので不思議だ。
それに、私は最近戦い方をガラッと変えて、チームのメンバーに迷惑をかけている。
結局、この間の大会でネクラさん達に負けてしまったのは、私のせいなのだ。
なら、ネクラさんの所で学ばせてもらって、またチームの皆と一緒に大会に出れば良い。
修行という名目でネクラさんのチームに入って、たとえ負けてしまったとしても、良い刺激にはなるだろう。
自分よりはるかに強い人と一緒に世界と戦えるのだ。何も学べないと方がおかしいだろう。
「分かった。なら、私から了承の返事をしておくね。ハイネス、皆には改めて説明するから、今度の日曜日、ギルドに集合って伝えておいてくれる?」
「うん。ねぇライ。もう1個聞いていい?」
「ん? なに?」
「私達、もう結構長い付き合いになるでしょ? だから、1回現実で会ってみたいんだよね……。ダメ、かな?」
「ハイネスが良いなら、私もあってみたいと思っていたから、全然良いよ?」
前々から、天才だけど天然で可愛いところがあるこの人とは会ってみたいと思っていた。
断られたらと思うと言い出せなかったけれど、向こうから言い出してくれるのなら好都合だ。
「ちなみに、ハイネスはどこに住んでるの? 都内?」
「都内だよ。……新宿方面に住んでる」
「ほんと!? 私も、ちょうど新宿に引っ越したんだ~! じゃあ、近いうちに会えそうだね!」
「うん。じゃあ、またね」
これ以上話しているとボロを出しそうだと思い、半ば強引に電話を切った少女は、憧れの人の正体が分かった事に歓喜した。
自分が考えていた事とぴったり同じ事を言えて、しかもそれをアドバイス出来る人など、少女が知る限り1人なのだ。
勘違いだといけないので、さりげなくライに色々聞いてみたけれど、もう間違いない。
ネクラさんは、ライのお兄さんだ。
まさか、トッププレイヤー同士が兄妹だったなんて思いもしなかったけれど、これで会った時に上手い事言えば、ネクラさんの顔が拝めるかもしれない。
というよりも、多分私は今日のお昼、ネクラさんに会っている。
もちろん仕事で、人見知りの私は顔を見れなかったけれど、優しく対応してくれたし、声の感じも学生っぽい人だった。
ネクラさんが学生かもしれないという話は、ファンの間ではかなり有名なので、恐らく間違いないだろう。
つまり……
「私のバカぁぁぁぁ!」
仕事とは言え、ネクラさんと会っていたのにその顔を確認できなかった。
ハイネス一生の不覚! 同じ事は、二度と繰り返さない!
そう心に決め、少女はライと会える日を楽しみに待つこととなった。
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