第40話 良い知らせと悪い知らせ
体を揺すられて目を開けた晴也は、目の前で不機嫌そうな顔をしている春香を見て一気に目を覚ました。
サッとソファから飛び退くと、気持ちのこもっていない感謝を告げた春香は、そのままソファへとダイブする。
「お、お帰り……。早かったね……」
「舞ちゃんに手伝って貰ったからね。てか、どうしたの? 顔色悪いけど」
晴也からしてみれば、夢じゃないとは理解している。
理解しているけれど、やっぱりこの落ち着かないレイアウトの中で暮らしていかないといけないとなると、気が重いのだ。
なぜか当然のようにくつろいでいる目の前の少女には、色んな意味で頭が上がらない。
「別に……。ねぇ、聞きたいんだけどさ。これ、本当に60万で揃えられたの?」
「……そう言えば、話しておかないといけない事があるんだけどさ」
「……なに?」
分かりやすく話を逸らしたその態度を見て、60万では揃えられなかったと確信する。
まぁ見たところ、壁にかかっている時計まで高そうなので、余裕で100万は超えているだろう。
浪費を抑えろと言ったのはこの家具を選んだ後だったので仕方ないにしても、僕らは高校生だ。
少し自嘲するべきだという考えは浮かばなかったのか……。
まぁなんにせよ、買ってしまったものを返品などしたら、それこそ春香の逆鱗に触れるので、これを受け入れるしか僕に選択肢は残されていない。
それはそれとして、話しておかなければならない事とはなんだろうか……。
「明日には新しい家族が増えるから。そのつもりで」
「……はい?」
「家族っていうか、同居人? まぁ、よろしく!」
僕の意見なんて一切聞かず、ただ一方的にそう告げた春香は、そのままテレビの電源をつけて大画面と高すぎる画質に興奮の声を漏らした。
というよりも、その前に絶対に確認しなければならない事がある。
「その同居人って……女の子?」
「ん? そうだけど?」
「まさか、あの友達じゃないよね? 舞さんだっけ?」
あの人と一緒に暮らすなら、僕は夜逃げする。そう心の中で決め、聞く。
春香と暮らすだけでもかなりきついのに、さらに女の子が1人増えるなんて言われたら、僕には耐えられない。
僕は小説に出てくるような、誰にでも手を出せる男にはなれないのだ。
「な訳ないでしょ? バカなの?」
「……同居人が増えるって言い方する方にも問題はあると思うけどね……」
「昨日も言ったでしょ? ペットを飼いたいって」
呆れたようにそう言ってくる春香を見て、良かったと心の中で安堵する。
というか、ペットの事を同居人っていうのはどうなのか。
家族は分かるけど、ペットは人じゃないじゃん……。同居”人”は違うんじゃないの……?
「上げてない足を取ろうとしないでくれる? それだからモテないんだよ」
「……別にモテて無いわけじゃないんだけどね……」
「は~? じゃあ、お兄ちゃんのこと好きだって人連れて来なさいよ!」
「い、いや……それは、無理……」
少なくとも、マイさんはネクラのファンだと言っていたし、ネクラのファンクラブはいくつもあると聞いた。なので、別にモテていないかと言われるとそうではない。
まぁ、僕がモテているというよりかは、ネクラにファンが沢山いる、そう言った方が正確か。そこまで詳しく説明する気はないけど。
「ハッ! 嘘つきは嫌われるよ」
「……それで、何を飼う気なの?」
春香にだけは言われたくない。
そう言う直前でなんとか飲み込み、別の話題へとシフトする。
僕は嘘つきと言われてもなんともないけれど、目の前の少女は違うだろう。
恐らく、嘘つきなんて言われたら目の前の男の顔面を殴り、気が済むまで蹴りを入れてくるだろう。
その結果男がどうなろうと、自分のした事に後悔も反省もしない。春香とは、そんな少女だ。
「犬がダメって言われたから、猫を飼う事にした。昨日、猫なら問題ないって言ってたでしょ?」
「まぁ、それは構わないけどさ。必要な物とかは買ってきたの?」
「うん。舞ちゃんに手伝って貰ったって言ったでしょ?」
友達をただの荷物持ちとして扱える春香を素直に尊敬する。
彼氏でもなんでもない人にそんな事を頼めるなんて、色んな意味で春香は凄い。
僕に友達がいたとしても、恐らくそんな事は怖くてできない。
「名前ももう考えてるから。何か文句ある?」
「……ありません」
「ん。じゃあ部屋戻って良いよ。邪魔だから」
お前はいつの時代の独裁者だよ……。そう心の中でツッコミを入れ、大人しくその場を去る。
全てを一方的に伝え、こちらに口出しさせない手法は流石と言わざるを得ない。
ハイネスさんは、論理的にこちらの逃げ道を封じて反論の余地をなくし、自分の案を通す。
反対に春香は、一方的に決め、事後承諾的に相手に同意を求める。もしくは、暴力で解決する。
春香を見ていると、ハイネスさんが余計に凄い人に思えてくる。
「あ、言い忘れてたけどさ」
「……なに?」
「お兄ちゃんもESCAPEの上位プレイヤーなんでしょ? 今度、世界大会があるらしいよ。情報も公開されてるから見てみれば?」
「……分かった」
世界大会。そう聞いても、僕は別に嬉しくもなんともなかった。
どうせ日本代表は自分より実力も知名度も無いプロが出るか、最高のチームを揃えているライになるのだから。
過去に何度も行われている世界大会は、実際そんな感じだった。
そう。晴也は、日本の大会には何度も出場しており、何回か優勝した事はあっても、世界大会の本戦には出場したことが無いのだ。
無条件でプロが選ばれる事もあれば、予選で優勝したチームが出場する事もある。
しかし、決まったメンバーがいない晴也が、そんな場所で勝てるわけが無いのだ。
世界大会自体にあまり良い印象を持っていない晴也は、そこまで期待せずにパソコンを開き、その世界大会の情報を見てみる。
確かに、ESCAPEの公式がそんな発信をしている。
「過去最大規模の世界大会を行います……。優勝賞金も、過去最高額を用意、ね……」
そんな文面を見ながら添付されているURLをクリックすると、その世界大会の特設ホームページへと飛んだ。
そこには、大きく『優勝賞金1億ドル!』の文字が。
(1億ドルってことは……日本円だと110億くらいか? いや、もっとか……)
確かに、今までの世界大会は、優勝しても日本円で10億程度だったはず。
それを考えると破格とも言える値段だ。いや、むしろ何があったと笑いたくなる金額だ。
こんな金額を提示して、会社は大丈夫なのだろうか……。潰れそうだけどな……。
しかし、自分にはどうせ関係のない事。
そう思いながら読み進めていった晴也は、その内容に少しだけガッカリしていた。
なにせ、通常のキャラ(女王や狙撃手等)を使うことが出来ず、自身のアバターのみで戦うことが義務付けられていたのだ。
確かに、特殊能力や性能が公開されているキャラは、上位プレイヤーならば全100キャラ以上となる全ての組み合わせを覚えている。
なので、必然的に試合が1パターンになってしまう事もある。恐らく、それを危惧してのアバターのみという縛りなのだろう。
アバターであれば、特殊能力を自由に設定できるうえ、鬼と子供の走るスピードにもさほど差が無い。
つまり、アバターのみで戦うという事は、純粋にその人のプレイヤースキルで勝敗が決まると言って良い。
しかし、それはアバターのみで戦うことの長所であり、当然短所もある。
それは、派手な戦いにはならないという事だ。
アバター同士が鬼ごっこをするだけの、単調な試合なんて、見ている方は面白くないだろう。
(やってる方は、考えることが多くて楽しそうだけどな……)
やったことが無いので想像でしかないけれど、アバター同士の戦いは地味な気がする。
それを世界大会でするのはどうなのか。そう思ってしまう。
確かに優勝賞金が莫大なのはそそられるけれど、地味な戦いには興味無いのだ。
その時点で晴也はノートパソコンを閉じ、この世界大会を見送る事を心の中で決めた。
しかし、その決意は数分後、VR世界へとログインした事により崩壊する。
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やる気が、出ます( *´ `*)




