第37話 ハイネスの策略
数日後、自部屋の荷解きが終わり、早速2週間ぶりのVR世界へと足を踏み入れた晴也は、そのギルド内を見て思わず口を開けた。
そこには、いつもの幽霊屋敷のような雰囲気はまるでなく、誕生パーティーのような飾りつけがされており、窓の上には『おかえりネクラさん』の文字が……。
(僕、別に引退してたわけじゃないんだけどな……)
そんな愚痴を素直に言うほど愚かでは無い晴也は、そのままチームメイトだったメンバーになぜか盛大に祝われた。
そういえば、祝勝会の後ギルドメンバーの整理を忘れていた。
いや、そもそもなんでこんなに自分が祝われているのか全く分からないんだけども……。
「発端はマイさんですよ。1時間ほど前、全員のDMへメッセージが届いたんです。せっかくなので、ネクラさんの帰還祝いをしたいと……」
「あはは……。帰還というか、本当に引っ越しで忙しかっただけなんですけどね……」
「それでも、です。マイさん、ここ2週間何度も私達にネクラさんの事を聞いてきてたんですよ?」
野菜姿の見慣れた男が飄々とそう言うと、部屋の奥の方、晴也から1番遠い場所にいた少女が頬を染め、ゆっくりと近づいてくる。
その目はうっすらと涙で潤み、それでいてどこか不満そうな顔だった。
「SNSも更新してくれなくて……これまでこんなこと無かったから、なにかあったんじゃないかって……」
「も、申し訳ないです。まさか、そこまで心配されるとは思っておらず……」
晴也としては、ネクラという存在はあくまで有名人と同じ立ち位置であり、急にいなくなったとしても忘れ去られる存在。もしくは、そこまで心配されない存在だと認識していた。
もちろん自分の影響力や人気については把握しているけれど、自分が周囲からどう思われているのか、それを正確に見抜ける観察眼は、あいにく持ち合わせていないのだ。
「何ヶ月か前に体調を崩されていた時も、事後報告ではなくちゃんと知らせてくれていたので安心していましたけど、今回は本当に……何かあったんじゃないかって……」
「そ、そんなことまで......。よく覚えていますね……」
「これは、ネクラさんのファンとして言いますけど! ネクラさんは自分が思っている以上に周りから大切に思われているんです! それを自覚してください!」
「は、はい……。肝に銘じておきます……」
涙目の女の子に説教をされると、どうにも調子が狂う。
自分の1番身近な女の子は、泣いたりしないからだろうか……。
「後もう1つ!」
「は、はい!」
「……ネクラさん。公式のグッズを出してください!」
「……はい?」
「だからぁ~! なんでも良いので、グッズを作っていただきたいんです! これは、ファンとしてのお願いです!」
さっきまで怒られていたのに、今度は急に上目遣いでそんな事を言われてしまう。
これまでも何度かそういう事は言われてきたけれど、グッズなんてどう作ればいいか知らないし、何だか面倒臭そうだと敬遠してきていた。
そもそも、単なるゲームプレイヤーがグッズなんて出してどうするのか……。
アニメキャラのグッズなんかなら分からないでもないけど、アイドルでも無いのにそんなものを売り出す気にはなれない。
確かに、成功すれば良い資金源にはなるだろうけど……大人たちに色々頭を下げるのは嫌なのだ。
そう考えて声には出さずとも渋い顔をしていると、さっきとは別の意味で涙を浮かべたマイが服の裾を掴んでくる。
その光景を見て、マチルダさんを始め、普段は真面目に意見を出してくれるトウモコロシさんでさえ、口笛を吹いて囃したててくる。
「い、いやそんな事を言われてもですね……。何をどうすればいいかがそもそも分からないんですが……」
「作るのはこちらで何とかしますので、ネクラさんは監修やその他の面をしてくだされば良いんです! 今世に出ているグッズは、全てネクラさんは関与されていませんよね? なので、少しでも関与して売り出してくだされば、それだけでネクラさんが公式にグッズを出した。そう認識されます! いや、させます!」
「い、いや、そう言ってもですね……」
困惑していた晴也は、助け船を求めて周りを見るも、自分達を囲んでいるのはマイと同じようにネクラのファンや、なぜか口笛を吹いてこの状況を楽しんでいる呑気な男達しかいない。
そんな状況で、彼に助け船を出す人物など存在する訳も無く、それどころか意外な人物がマイへ助け船を出したのだ。
「ネクラさんの懸念は、恐らくグッズの制作がどうなるのか等だと思いますけど、そこら辺は私が所属しているファンクラブの運営者さんに話を通せば解決します。その運営者さんは、ご自分でグッズを作っていらっしゃいますし、その出来も、今存在しているネクラさん関連のグッズの中では最高峰なんです」
「ハ、ハイネスさん!? なんでここに……? ギルドには入ってないはずじゃ……」
「ギルドのリーダーが1週間以上ログインしなかった場合、自動的に他の人へリーダーの権利が移るんです。今はマイさんがリーダーですので、無理を言って入れてもらいました!」
「そ、そうなんですか……。じゃなくて! 僕が考えているのはそういうことでは無くてですね……」
唐突にグッズを出してくれと言われても、戸惑うなという方が無理な話だ。
僕がアイドルをしているとかならいざ知らず、ESCAPEの有名なプレイヤーと言うだけなのだ。
勝手に、と言ってはなんだけれど、各自でグッズを作り販売する事に関しては、僕は黙認するとだいぶ前にSNSで発信している。
仮にネクラの存在を貶めるようなグッズを販売したら、ほぼ必ずファンの人から社会的制裁を喰らうので、そこら辺まで規制しなくて良いだろうとその時は判断したのだ。
もちろん、売上は全て作った本人が貰い、僕は一銭もいらないと言っている。
これは単純に、自分で販売する手間が面倒だったとか、税金の処理が分からない等の問題があったので先延ばしにしていた問題だったのだ。
税金なんかの処理で色々手続きをしないといけないはずなので、グッズを売り出してしまうと少々面倒なのだ。
「あ、俺税理士やってるんで、そこら辺は任せてもらっても大丈夫っすよ?」
「……マチルダさん。それ、本当ですか?」
「なんすかその疑いの目……。本当ですよ。今の時代、ほとんどAIが仕切ってるんで分からなくもないですけど、現場監督的な? そんな位置で働いてるんっすよ!」
自信満々にそう言ってくるマチルダの姿に、晴也は内心焦っていた。
なぜだか分からないけれど、着々と退路を断たれている気がしたのだ。
(まさかとは思うけど、これ全部、ハイネスさんの計算なのでは……)
「た、たとえ僕がグッズを売り出したとしてもですよ!? それは、既存のグッズと違うんですか……? むしろ、私に売り上げの何割かが持っていかれるので、損をするので――」
「全然違いますよ! ネクラさんが一切関わっていないグッズと、ネクラさんが関わっているグッズなんて、それこそ月とスッポンくらい違います! 天と地ほどの差があります!」
「……月とスッポンの使い方間違っていませんか?」
「……そんなことはどうでも良いじゃないですか! それよりも、出してくださるんですか!?」
普段は冷静なハイネスさんがここまで興奮するなんて、そんなに僕の――ネクラの公式グッズが欲しいのだろうか。
正直、その本人は良さが全く分かってないんだけども……。
一時期だけだけど、アニメにハマった時期が僕にもある。
そのグッズを少し集めるだけだった僕には理解できない理由なのかな? それとも、ネクラのファンの人が少しおかしいのか。
多分これは、僕がいくら考えても答えはでないだろう。考え方は人それぞれだ。
「……そこまで言うなら、乗りましょう。心配をかけてしまった事もありますしね」
「ほ、本当ですか!? 後で、やっぱり無しとか言われたら、私、ライに泣きつきますよ!?」
「言いませんよそんな事。安心してください」
晴也がニコッと微笑むと、ハイネスを始めとしてマイさんやその他のネクラファンの人達はその場で泣き叫んだ。
どうしたら良いのか分からず泣き叫ぶ女の子達の真ん中で困惑していた晴也は、野菜の格好をした男に手を引っ張られ、なんとか脱出する事に成功した。
「た、助かりました……」
「いえ。私達もハイネスさんに協力した身として、最後まで責任は取りますよ」
「……どういう意味でしょう?」
「……あ、言わない約束でした。忘れてください」
それから焦ったように苦笑した野菜姿の男を問い詰めると、数分後観念したように白状し始めた。
やはり、この流れは全てハイネスさんの策略だったらしい。
「つまり、ハイネスさんの所属しているファンクラブの運営者さんというのがマイさんで、それを突き止めた事に感心したので、今回の策に乗ったと……。そういう事ですか?」
「……はい。どうしてもその……公式のグッズを出して貰いたかったので……」
「はぁ……」
真相を聞いた後、ハイネスとマイを座らせ、晴也は事情聴取を行っていた。
さっきまで泣いて喜んでいた2人は、叱られた猫のように背を丸め、少しだけ肩が震えていた。
「で、でも! 心配してたのは本当ですよ!?」
「……私が押しに弱い事も、心配させたことを強調すれば負い目を感じて、誘いを受けてくれる可能性が高くなると話したのも、ハイネスさんですよね?」
「よ、よくお分かりで……」
「はぁ……。まぁ実際、その通りになってしまった訳ですけど!」
結局彼女達は、あくまでネクラのグッズが欲しかったというだけなので、今回は見逃すことにした。
ハイネスさんに1本取られたからと言って、さっきの話を帳消しにするほど器は小さくないし、なによりそんな事は言わないと約束し……
「ちょっと待って? まさか、撤回しないと約束させたのは、バレた時の保険ですか?」
「……あはは~! なんのことだかサッパリですね!」
分かりやすく動揺したハイネスは、それ以降何も言わず、ただ気まずそうに天井を見上げていた。
大体は察したけれど、この人は元々僕以上に頭が回る人なのでしょうがない。
そう割り切って、後は生存祝いとグッズ販売記念でしっかり祝われる事にした。
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やる気が、出ます( *´ `*)




