第35話 脱出
晴也が目覚めたのは翌日の昼だった。
早速引越しするにあたって必要な事を春香へとメールし、自分も必要な物をまとめていく。
引っ越し業者に連絡するよりも先に、まずは入居先へ連絡しなければならない。
「高校生2人ですか……。以前にも言いましたが、こちらとしてはお金さえ払ってくれれば文句はありません。しかし本当に最上階に住まわれるとなると……失礼ですが、入居の前に口座の方を確認させていただきますがよろしいでしょうか」
管理人の方に電話をして事情を話すとそのような答えが返ってきた。
相手は60代くらいのお爺さんみたいだけど、本当に僕らが住むとは思っていなかったのだろう。
確かに、普通の高校生ではバイト代だけでどうにかなる金額では無いので、講座を確認したいと言われるのは問題無い。というか、むしろ自然な事だろう。
問題は、その場に妹がいた場合、自分の正体がバレないかという懸念点だ。
妹の貯金がどうなっているかは知らないし興味も無いので、出来ればどちらかの通帳を見せるだけで済ませたいのだが……
「なるほどですね。では、失礼ですが推定で妹さんとお兄さん。どちらの方が預金が多いのですか?」
「恐らく私の方が多いと思います」
「では、お兄さんの分だけで構いません。こちらで問題無いと判断した場合は入居を認める。ということでよろしいでしょうか?」
「はい。問題ありません。譲歩していただき、ありがとうございます」
妹が上位プレイヤーの誰かは知らないけれど、そこそこ有名なネクラより預金が多い人物なんて、ライかその初期メンバーくらいしか心当たりはない。
あのヒステリックな妹がライのチームに入れる訳ないので、恐らくそれは無いと考えて良い。
それに、僕の貯金残高がこれ以上増えないとしても、20数年は入居先のマンションで暮らしていける。ので、一切問題はない。
物欲がほとんどない僕だからこそ、大会であまり優勝できていないまでも預金はかなりあるのだ。
「では、また後日お願いします」
「はい。こちらこそ」
電話を切った晴也が次に取った行動は、パソコンのメモ帳を起動し、新居に必要な物をリストアップする事だった。
必要な物と言っても、リビングに色々置くかどうかは春香に任せる予定なので、あくまで自分の部屋に必要な物だ。
僕はマンションに住んだところで同居人が居るのであればほとんど部屋からでないだろう。
なら、リビングやその他の内装は、使う本人に任せれば良い。
もちろん、自腹で払って貰うけれど僕は使わないので我慢して貰おう。
……殴りかかって来られたら大人しく半額払う事になるだろうけど。
(僕、将来誰かと結婚したとしたら間違いなく尻に敷かれるな……)
結婚なんてする訳が無いが、亭主関白とは真反対のような人間なのは自分が1番良く分かっている。
ほぼ確実に、お嫁さんには頭が上がらなくなるだろう。
(なんか、そう考えただけでげんなりするな……)
なんで今からこんな事を考えないといけないのか分からないけど、これ以上沈んだ気持ちになるのはごめんなので、大人しくリストアップを開始する。
引っ越す部屋は今の部屋より広いので、食器棚や小さな冷蔵庫くらいなら置けるだろう。
冷えていなくとも問題はないけれど、やはりプリンは冷えている物に限る。
どうせなので、ベッドも新しくしよう。
リストアップを初めて数十分経つと、大体揃えたいものが決まった。
新しく買わなければならないのはベッドと自分専用のスプーンを入れるための食器棚、プリンを保存出来る小さな冷蔵庫、その他タンス等だ。
学習机やパソコンはわざわざ新しく買う必要が無いので、大体こんなものだろう。
そして親への説明だが、リストアップしている最中に部屋に突撃してきた春香の提案により、無しになった。
つまり、親が家にいない隙に引っ越しを完了し、置き手紙か何かを残して去る。という事になったのだ。
春香いわく「あんな最低な親に自分達が住む場所をばらすのは癪」だそうだ。
僕だけならともかく、時々暴力は振るうけれど優秀な春香まで出ていくとなれば許さない可能性も高い。
そうなれば、揉めるのは必至。
それが面倒なので、置き手紙だけ残してサッサと引っ越したいらしい。
分からんでも無いけど、そんな都合の良い状況作れるのか。そう聞いたところ、春香の答えは安直で、それでいていつも通り自分勝手な物だった。
「お兄ちゃんが作ってよ!」
その一言と、ドアを殴ろうとしている春香の姿を見て、僕が逆らえる訳も無く、リストアップと同時に両親を上手い事追い出す策を考えなくてはならなくなった。
――1週間後
無事に管理人さんへ通帳を見せに行く事も終わり、入居の許可も得た。
両親への対応は、ちょうどその時商店街で福引をやっていたのが目に入り、必要な物を買いそろえて福引券を貯め、1等の温泉旅行が出るまで回した。
係りの人は引いていたけれど、これしか良いアイデアが思いつかなかったんだからしょうがない。
ガチャや福引で狙ったものを当てる方法はただ1つ。狙ったものが出るまで回す。これに限る。
(出るまで回せば100%って、よく言ったものだな~)
そんなソシャゲに伝わる名言に感心しながら、僕は出来るだけ自然に親へその旅行券を渡した。
案の定、バカな両親はその事に何の疑問も持たず、早速週末に旅行へ行くことを決めたらしい。
「へ~。よくそんな事思いついたね」
「管理人の人と会うために外に出たついでだよ。まさか、50回も回す羽目になるとは思わなかったけど……」
係りの人に、1等が出るまで回してくださいと言った時は可哀想な子を見る目で見られたけれど、最後の方には死んだ魚の目になっていた。
あの人には、申し訳ない事をしてしまったかもしれない……。
「引っ越し業者の人にも週末に来るよう頼んだから、それまでに色々準備しといて」
「分かった。それにしても、今日いくら使ったわけ?」
「……10万ちょっとかな。持てない物は入居先に送ってもらうようにしといたから問題ないよ」
「……そういうこと言ってんじゃないけどね。まぁ良いや」
春香は呆れたようにため息をつくと、そのまま僕の部屋を出て行った。
関係無いけれど、最近ランクマッチでネクラの目撃情報がでないので何かあったのではないか。そんな声が頻繁にSNSに届くようになった。
とりあえず、引っ越しが完了したら報告をしないと不味いかもしれない。
このまま「ネクラ死亡説」なんかが出て、後でひょっこり現れたら炎上するかもしれないし……。
なんとか、引っ越しが完了するまで死亡説がでないことを祈るしかないか……。
そしてその数日後、両親が旅行に出かけた隙に引っ越しを完了させる事に成功した僕達は、無事に駅前のマンションの最上階へと脱出を完了した。
置き手紙には、春香の性格とは真反対の綺麗な字でこう書かれている。
『これからはお兄ちゃんと暮らす。私達を探したりしたら病院送りにするから。お金の面はゲームで稼げるので心配なく~!』
置き手紙の意味を知っているのか。
思わずそう突っ込みたくなるような内容だけど、捜索願なんかを出されないようにするための処置だ。
煽り文にしか見えないけど、まぁ正直にそんな事言えないので良いだろう。
後、引っ越しが完了してから知ったけれど、春香は幼稚園の頃から空手を嗜んでいるらしい。
それを僕が知らなかったのは、単に春香に関して興味が無かったからなのだが……もう少し家族の事について知っておくべきだった……。そう、僕は心の底で反省した。
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