第34話 脱出の準備
当初の計画が破綻した翌日、一睡もしていない晴也の前で、春香はパソコンとにらめっこをしていた。
画面に表示されているのは、1晩でリストアップした引っ越し先のリストだ。
自分1人で住もうと考えていた部屋は、駅から15分程歩いた所にあるマンションだ。
2人で住むのも問題はないのだが、学校までの片道が30分以上だと絶対に文句を言われるからそれは無しだ。
定期テストの時しか行っていない自分と違い、妹は同じ高校に毎日通っているのだ。
少なくとも片道10分以内が良いだろう。
(片道10分以内で駅の近くとか、そんな物件あるわけないだろ……)
そんな愚痴を真正面から言えるほど僕は命知らずな事はできなかった。
そんなこんなで、大人しく条件に合って2人で暮らすのにも十分な広さを持っている物件を探したのだ。
家賃は折半なので考えなくて良かったのが幸いか。
条件はあるが家賃が高額。
当然だが、そんな物件しか見つからなかったのだ。
「これだけなの?」
「……1晩でよく探し出したと褒めて欲しいよ。学校から近くて2人で住めるところなんて中々無いよ」
あったとしても、そこはマンション等で既に満室。そういう事だ。
ホテル暮らしは流石に嫌だし、狭い個室で2人きりなんて、命がいくつあっても足りない。
大体、学生はそう何日も泊めてはもらえないだろう。
僕らはどこかの社長の息子では無いのだ。
「貯金に余裕があるなら、いくら家賃が高くとも半額なんだから問題無いと思ってリストアップしたんだけど……」
「まぁ確かに、余裕はあるけどさ……ん~!」
春香が唸っているのには理由があった。
どれもこれも、2人で住むには広すぎるか、自分達には家賃が高すぎるのだ。
もちろん、家を建ててもいくらかあまるほどの貯金は持っているが、そんな事を兄に言えば自分の正体がバレかねない。
この家を提示してくるということは、兄にもそれなりの貯金はあるのだろうが、食費なども考えると何年もこの生活が続くのはキツイかもしれない。
自分の学校の事を考えた結果こうなったんだろうけど、別にそんな事気にしない。
私が2人で暮らしたいと言ったのは、2人で暮らした方が色々と学べることが多いと感じたからだ。
もちろんこの家が息苦しいのは本当だが、兄は頭が良い。それこそ、バカなほど。
私達が通っている高校は、全国的に有名な進学校だ。
今時大学に行くのはゲームに興味のない限られた人達だけだけど、そういう人達は総じて頭が良い。
そんな人達が通う学校で、まともに授業を受けていないのに学年1位なのは、ハッキリ言って意味が分からない。
(だけど、そんな人に勉強を教えてもらえば、私の成績も上がるし……)
それと同時に、前に自分のプレイについて迷った時、ダメ元で兄にアドバイスを求めたところ、偶然だろうがネクラさんと同じような事を言ってきたのだ。
ならば、これからもプレイについて相談出来るかもしれない。
そんな存在を、みすみすどこかへ行かせる程私はバカではないのだ。
「私の学校の事はこの際どうでも良い。だから、片道20分以内でまた同じような物件探して。家賃も、お兄ちゃんが無理しなくても良いような金額で」
「……僕、今日寝てないんだけど」
「2徹くらい余裕でしょ? 私は舞ちゃんと下で遊んでるから、よろしくね」
不満そうな兄を部屋に置き去りにし、昨日遊べなかった舞ちゃんを家に呼びに行く。
うちの両親はゲームで稼いでいる兄をよく思ってはいない。
家賃や光熱費を払っているから何も言えないだけで、日々陰口を叩いているのを知っている。
兄が家から出たらゲーム機を捨ててやろうとも言っていたけれど、兄はここ数年親がいる時に外には出ていない。
定期テストがあるのはもちろん平日なので、共働きの両親はいない。
そして、全部で8教科あるテストを2時間ちょっとで終わらせるような人なので、昼休みを利用してゲーム機を処分しようと家に帰ってくる親よりも早く帰ってくるのだ。
そんな最低の親なので、兄が出ていくことに反対はしないはずだ。
そして、これ幸いと行き先すら聞かず疎遠になるだろう。
そんな事になってしまったら、私はこの息苦しい家で両親が死ぬまで暮らさないといけなくなる。そんなのは勘弁願いたいのだ。
そんな事を思いながら、私は隣の舞ちゃんの家のインターフォンを押した。
そして、自分の妹がそんな事を考えているとは知らない晴也は、相変わらずなその態度にため息をついた。
確かに2徹くらいは余裕だが、優勝して祝勝会をして、そこから物件探し。
肉体的には問題無くとも、精神面が持つかどうか……。
(感情のアップダウンが激しすぎる……)
とりあえず精神を安定させるために携帯を手に取り、色んな情報へと目を通していく。
ほとんどはグランドスラムの優勝記事だとか、他の大会の情報だが、それでも精神の安定剤にはなる。
それにしても、徒歩20分以内で家賃が僕の無理ない範囲ね……。
必要な時は栄養ドリンクを飲む予定なので、食費はそこまでかからない。
春香はどうか知らないけど、僕は定期テストの時以外は外に出るつもりも無い。
そのため風呂にもその前後しか入らない。光熱費も最低限で抑えるつもりだ。
(1月にかかっている値段が今のところ2万とちょっと。そこに家賃の半分が加わるとして、10万ちょっとか。何年続こうが問題無いか)
食費に関しては月1万程度で済むだろうし、そこまで問題視せずとも良い。
臭いだのなんだの言われても、部屋に入れなければ問題はないし、そもそも今の時点で風呂には入っていないのだ。そこは気にしないだろう。
(そろそろやるか……)
20分程度情報の海へと浸かっていた晴也は、ベッドから体を起してパソコンへと向き直った。
学校までの距離をあまり考えないのなら、徒歩ではなく電車やバスで通って貰えば良い。
定期券くらいは持っているだろうし、貯金にも余裕があるのならその程度の出費は痛くないだろう。……一応、徒歩で行けるところも探すか。
探し始めて1時間ほど経ち、いくつかの候補地をリストアップすると、下で遊んでいるらしい春香を呼びに行く。
相変わらず友達の前では良い子ぶっているけど、正直にそんな事を言う訳もない。
「ん~。ここで良いんじゃない? ここ、マンションでしょ?」
「駅前のマンションだね。でも、良いの? 結構家賃高いけど」
「問題無いってば。それに、結構部屋広いみたいだし」
「まぁ、春香がそう言うなら良いけどさ……」
こうしてあっさり?決まった部屋は、駅前にある高層マンションの最上階だ。
最上階。つまり、家賃がそのマンションで一番高い部屋。ということだ。
学校の最寄りの駅まで電車で10分。そこから徒歩で5分なので片道15分程度。
もちろん風呂とトイレは別で、部屋がリビング含めず3つある。
2つは僕と春香の部屋として使い、もう1つは未定だ。
高校生でもお金さえ払えば入居は許してくれるらしい。そこはちゃんと確認済みだ。
春香がここが良いと決めたところが、高校生ではダメですとかいう条件が付いていれば、絶対に殴られるし……。
「ペットは飼えるの?」
「……飼うの?」
「飼う飼わない以前に! 飼えるのって聞いてるの!」
「……最上階なら飼っても良いって管理人の人は言ってたよ……。家賃が他より高額な分、最上階は色々融通してくれるみたい」
「そう……」
オドオドしながら答えた晴也に対し、春香は安心したように頷いた。
その真意は分からないまでも、さすがに柴犬が欲しいとかバカな事は言ってこないだろう。一戸建てに住むわけじゃないんだから、そんな大型犬が飼えるわけがない。
そんなこと、説明しなくても分かるだろう。
「引っ越しは? いつ?」
「できれば今月。遅くても9月には終わらせたい」
「なんでそこまで急ぐのか聞いても良い?」
「……理由はない。だけど急ぎたい」
本来は、出来るだけ早く春香という恐怖から解放されたかったのだが、その計画が破綻した今、急ぐ必要は特に無い。
だけど、昨日今月中にこの家を出ると言った手前、急に急ぐ必要はないと言うと本来の計画に気付かれる恐れがある。
なので、一応無理やり感はあるけれど急いでいる。そういうスタンスを取った。
「……そう。なら今月中に。引越しするにあたって必要な事、後で送っておいて」
「……分かった」
何かを察した様子の春香は、そのまま下へ友達とゲームをしに戻った。
勝手に何かを勘違いしてくれたようなので、そのまま僕はひと眠りする事にし、大きなため息をつきながらベッドへとダイブした。
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やる気が、出ます( *´ `*)




