第33話 計画の破綻
祝勝会が終わって少しした後、現実世界へと戻ってきた晴也は、真っ先にテーブルの上に置いてある最後の綺麗なスプーンを手に取る。
ようやく直った閉鎖された空間を見つつ、優勝できた喜びをかみしめながらプリンをほおばる。
ここ最近ずっと試合続きで頭をフルに使っていたため、10本あった綺麗なスプーンも、これで最後になっていた。
これを食べ終わったら、また新たなスプーンを補充しに行かなければならない。
まぁ、賞金が思った以上に貰えたので例の計画を実行しても問題はないのだけど……すぐに実行出来る物かと言われるとそうではないのだ。
(1人暮らしするにも、親の許可は貰っておいた方が後腐れないだろうし、必要な物のリストアップも済ませないといけないしなぁ)
前々から考えていた事、それは独り立ちだ。
あのヒステリックな妹から解放される方法としては、自分がこの家から出るしかない。
今も自分が使っている光熱費や食費は払っているので、そこに家賃が加わるだけだ。
家を建てようと思えば建てられなくはないけれど、そんな事で貯金を全て使いたくはない。
ライであれば、恐らく家の1つや2つ建てられるだろうが、僕はそこまで余裕がある訳じゃない。
一人暮らしを始めるのだから、無駄な出費は抑えるべきだ。
不登校なので高校の事を一切考えなくても良いのが唯一の救いか。
退学になったとしても、親に無理やり入れられたような所だから問題ないし。
(そもそも、中学すらまともに行ってなかったのになんで高校に入れたのか……。本当に頭の悪い親だ。そんな金があるなら普通に欲しいんだけど……)
今の時代、ゲームで食べていける事も知らないで、昔ながらの考え方で高校までは絶対に行けだのうるさいし。
それでいて、中学ろくに行っていない僕が進学校である今の高校に合格した時も不正を疑って来たし。
あの両親は本当に頭が悪い。引きこもりは引きこもりなりに勉強してるし、そこら辺の高校生よりよっぽど稼いでんだよこっちは。
それを理解しない親は、親では無い。
僕が独り立ちを決意したのも、それが理由だったりする。春香から解放されるのは、あくまでそのついでだ。
そんな事を考えているうちにプリンを完食し、容器をゴミ箱に投げ入れてから部屋を出る。
最近リビングに行くと必ず春香がいるけれど、今回はどうだか……。
(やっぱいるんだ……。いや、今回は友達が一緒だから大丈夫か)
リビングに入ると、案の定春香はいた。
しかし、今日はその横に大人しそうな白髪の女の子がいた。
確か、春香がブランド品を買い漁って、それを見せびらかされている被害者の子だ。
あんまり喋った事はないけれど、その境遇には同情する。
「……お兄ちゃん。なにその顔」
「何って……。ただ見てただけじゃん」
「舞ちゃんが可愛いからって、手出さないでよ!?」
「出す訳ないでしょ……。誤解されるようなことを言わないでほしいね」
テレビゲームをしていた手を止めてまで言う事なのか甚だ疑問だが、基本女の子には興味が無い。というより、恋愛に興味が無いので、舞ちゃんとやらに手を出す事はない。
確かに可愛くはあるけど、ただそれだけだ。
「ど、どうも……。お邪魔してます」
「うん。ゆっくりして行って」
「あ、ありがとうございます……」
オドオドしたその姿を見ていると、なんだかハイネスさんを思い出す。
あの人は、現実の世界でもあんな風なのだろうか……。
あんなに頭が良いのだから、本職は弁護士とかで、キリッとしているのかもしれない。
ハイネスさん筆頭に、ライやマチルダさんにも現実で会ってみたい気持ちに駆られる。
まぁ、ゲームと現実の差で幻滅されたくないから、そんな事は絶対にないけどさ。
マイさんなんて、絶対現実であったら距離近くなるだろうし……。
「あ、春香には先に言っておくね」
「……なに」
「僕、今月でこの家出ると思う。まだ確定じゃないけど、1人暮らし始めるから」
ちょうど良いので春香には先に言っておこう。そう思った故の発言だったけれど、春香の反応は想定していないものだった。
「はぁ~? なんで!?」
「い、いや、僕にも色々あるんだよ……」
「色々って何! 親が嫌なの!? それは分かるけどさ!」
友達の前という事を忘れ、いつも通り大きな声を出した春香は、思い出したように口に手を当てて焦ったように笑った。
詳しくは知らないけど、外での春香は優等生ぶっており、ヒステリックな本性は隠しているらしい。
「ご、ごめんね舞ちゃん……。ビックリした?」
「ううん。大丈夫。長い付き合いだし」
「ごめんね~。ちょっと! 来なさい!」
そう言うと、春香は僕の手を無理やり引っ張り2階へと連行する。
そして僕の部屋に入ると、勢いよくドアを閉めた。
「な、なに……。殺す気……?」
「……なんで、急に出ていくとか言うの?」
「べ、別に良いでしょ? もう高校生なんだし、一人暮らしするのは自然だよ」
震える声でなんとか反論するも、目の前で腕を組んで仁王立ちしている妹の姿に少しだけ恐怖を覚える。
この様子を見ていると、僕が出ていくのは不満だけど、その理由が自分にあるとは思っていないらしい。自覚が無いっていうのは、ある意味怖いね。
「どこ行くの……」
「……言う必要ある?」
「あるに決まってるでしょ!? 高校はどうすんの!?」
「高校に関しては、元々定期テストの時にしか行ってないし……。最悪退学になっても支障はない」
留年して親が色々言ってくるのは面倒なので、一応単位に必要な定期テストの時だけは顔を出している。
出席日数が圧倒的に足りていないけれど、授業に出てないくせに毎回学年1位を取るので教師陣も何も言えないでいるのだ。
学年1位を進級させないわけにはいかないらしく、去年は渋々といった感じで進級させたと言っていた。
(学年2位なら進級させないってか。授業に出ている人より成績が良いってことは、僕の方が効率的な勉強をしているって気付けない時点で頭悪いんだよなぁ)
三者面談でその話をされた時、心の中でそんな愚痴を吐いたのを今でも覚えている。
話が逸れたけれど、目の前の妹は僕の言い分には納得行ってないらしい。
「親がうるさいのは分かる。それで1人暮らしするのも分かる! でもさ、じゃあ私は!?」
「……はい?」
「私はどうなるのって聞いてるの! まさか、こんな息苦しい家で暮らせって言うの!?」
「それが嫌なら春香も1人暮らしすれば良いじゃん。ブランド品買い漁るお金があるなら、部屋も借りられるでしょ?」
そもそも、春香がこの家を息苦しいと感じていること自体初耳なんですけども……。
いつも楽しそうに僕を虐めてくるし、確実にストレス発散の方法が少なくなる事への不満でしょ……。
「私が独り暮らしするなら、お兄ちゃんが住む家に一緒に住んだ方が良いじゃん!」
「……はい!?」
「そっちの方がお金は節約出来るし、家賃も半額になるでしょ!? お兄ちゃんの貯金がいくらあるのか知らないけど、私は結構余裕あるし!」
「いや、そもそも僕が家を出る主な原因は……」
その先を言おうとして留まったのはファインプレーだったと言わざるを得ない。
もしここでその先を言おうものなら、怒り狂った目の前の女に殺されるか、病院送りにされるかの2択になっていただろうから……。
僕は、まだ死にたくはないのだ。
「主な原因は? なに!」
「……1人で、そう! 1人で生活してみたいって思ってたんだよ! それなのに、春香が着いて来たら意味ないだろ?」
我ながら良い答えが出たと思う。
これなら、目の前のこのヒステリックな人も折れざるを……
「そんなこと言って、お兄ちゃんほっといたらゴミ屋敷にするでしょうが! 気付いたら孤独死してそうだし、食事もちゃんと取らないでしょ!?」
「……大丈夫だよ」
「こんな豚小屋みたいな部屋にいる人が言っても説得力無いから! とにかく、お兄ちゃんが家を出るなら私も着いて行くから! 良い感じの部屋探しといて!」
「い、いや……」
晴也が丁重にお断りしようとしたその時、少女は拳を握りしめてドアを思い切り叩いた。
流石に吹っ飛びはしなかったけれど、真ん中の部分に小さな凹みが出来たのだ。
それを見た晴也は、その拳が自分に向く前に賢明な判断をした。
こうして、妹から解放されようと1人暮らしを試みた晴也の作戦は、音を立てて崩れ落ちたのだった。
その日、晴也は一睡もせず自分が通う高校から出来るだけ近く、それでいて広めの家を探す羽目になった。
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