第32話 報告
祝勝会が終わりVR世界から帰還した私は、真っ先にベッドの横に置いてある化粧代へと足を運んだ。
準決勝からずっとぶっ続けだったので、酷い顔になっていないかの確認だ。
(うわ~髪ボサボサ……)
友達から良く褒められる自慢の白い髪の毛があちこちでハネていて、まるで寝癖みたいになっている。
まぁ、ベッドに寝転んでいたから当然だけどさ……。
とにかく、ネクラさんに指導を受けて何時間もランクマッチに行った時よりは酷く無いので、このまま用事を済ませておこう。
そう思い、私はそのまま学習机の上に置いてある小さめのノートパソコンを開く。
表面にはネクラさんのシールが貼ってある。もちろん非公式だけど、あの人はグッズなんて売り出してくれないし……。
(グッズが出たら絶対買うのになぁ……)
そんな事を思いつつ、自分が運営をしているネクラさんのファンクラブを覗いてみる。
相変わらずネクラさん専用のチャット欄はまだ賑わっていなく、雑談チャットの方が盛り上がっているけれど、これから私が報告を始めたら絶対に滝のようにコメントが流れる。
その光景を想像しながら、少し緊張しつつも報告を始める。
「どうも~。ネクラさんと話す機会がありましたので、情報を共有しようと思います」
出来るだけ気軽に、そしてフレンドリーに切り出す。あまり堅苦しいのは無しだ。
ここにいるのは、自分と同じようなネクラさんの大ファンだ。しかも女の子達だけ。
そんなところで威張っても仕方ない。
「え~!? 今日優勝したばっかりなのに、もう話せたんですか!? うらやまです~!」
「どんな情報なんですか!?」
ゲーム内の名前とは別の名前、そして各自が設定した適当なアイコンが表示され、そこからメッセージがいくつか発信される。
このファンクラブに入るにはゲーム内のアカウントと身分証明が必要だけど、チャット欄に表示される自分の名前は変えることが出来る。
これは、私の特定防止と発言者の匿名性を出来るだけ高くするための配慮だ。
匿名性が高ければ、それだけネクラさんに対しての本音を書くことが出来るし。
もちろん、過激な事を言う人は即刻退会させるけどね!
「じゃあまず! ネクラさんは彼女いない歴=年齢だそうです!」
私がその爆弾を投下すると、予想通り雑談チャットで喋る人はいなくなり、滝のようにコメントが流れていく。
このファンクラブ内で共有された情報は、決してその他のサイトで公開しないように言ってある。
それに、女子って生き物はこういう噂話が大好きなのだ。それが大好きな人の事となれば、絶対に約束は守ってくれるだろう。
「え!? 待って!? なんとなく予想できてたけど、マジ!?」
「ネクラさんにそんな事聞くとか運営者さん勇気ありすぎ!」
「正直に答えるネクラさん想像したら可愛いすぎてヤバいw」
そのようなコメントがいくつも流れていく。
何回やってもこの光景は気持ちが良い。
自分の発信した情報が元で、チャット欄が盛り上がるのは1回経験すると止められない中毒性がある。
もちろん、ネクラさんが絶対に秘密だと言ってきた内容については公開しないと自分の中で決めている。
残念ながら、まだそこまでの関係ではないけれど……。
「でも待って!? 今の時代、そういうサイト沢山あるよね!? なんで使わないんだろう……」
「まさかネクラさん……そっちの人なの!?」
「嘘! それだったら私の入る隙が!」
「いや、あんたには元から無いでしょ!」
私が少し画面の前でニヤついている間に、チャット欄ではネクラさんが勝手に女の子に興味無い人になってしまっている。
これは、あの人の名誉に関わるので早いとこ訂正しておこう。
「ネクラさんは、女性に慣れていないので、その手のサイトは使ったことが無いそうですよ! そっち方面の人では無いと思います!」
私の推測では、ネクラさんは自分と同じ歳か少し下くらいだけど、年齢については何度聞いても答えてはくれなかったので、恐らく知られたくないんだと思う。
なら、ファンとしてそこまで踏み込むのは間違っている。
ネクラさんが知られたくない内容まで公開するのは、流石に暴走しすぎだ。
「理由が可愛いw」
「いやまぁネクラさんならありえるか!」
「女好きより女の子に免疫無くてオドオドしてる方が可愛い!」
さらに盛り上がるチャット欄を見て、私は思わずふっと笑ってしまう。
確かに、私も女好きな人よりは女の子に免疫のない人の方が好きだけど……あのネクラさんに彼女がいないという事の方が驚きだ。
あんなに頭が良くて、努力家で、勉強熱心なあの人の事を好きになる女子なんて、それこそいくらでもいるはずだ。
現に、このファンクラブ内にはネクラさんの日頃の戦い方や態度、立ち振る舞いをみて好きになった。そんな人がたくさんいる。
変なところで抜けているところも可愛いし、考え方が大人っぽく無いので恐らく高校生くらいだろうけど、私が同じ学校に通っていたら絶対アタックするのに……。
いや、ネクラさんはあんまりガツガツ行く人は苦手だろうから、最初は友達から……。
(それで、幼馴染みたいになって~、私が告白したら……)
そんな妄想を浮かべながら、壁いっぱいに張ってあるネクラさんの非公式タペストリーを眺める。
全部ネクラさんの大会での映像や街での姿を印刷したものだけど、どれもカッコいい……。
こんな人が学校という同じ空間にいてくれたら、どんなに良いか……。
「舞華~? お友達が来てるけど~!」
そんなありえない妄想をしていた時、下から私を呼ぶお母さんの声が聞こえ、反射的にノートパソコンを閉じる。
どうやら部屋までくる気はないらしく、用事は突然の友達の襲来。
もう少しファンクラブ内で話していたかったけれど、しょうがない。
「今行く~! ちょっと待って!」
お母さんにそう返事を返し、ファンクラブの方にも用事が出来たと報告をする。
快く見送ってくれるチャットの数々を見つつ、私は再びノートパソコンを閉じる。
パジャマ姿のままではあるけれど、友達をあんまり待たせるのは申し訳ないのでそのまま下へと降りる。
そこには、エプロン姿で楽しそうに談笑しているお母さんと友達の姿があった。
「ごめん~。待たせちゃった!」
「良いよ。いつもの事だから……って、どうしたのその髪」
「え? ああ~気にしないで! お母さんも、もう良いから!」
「はいはい……。じゃあ春香ちゃん。またね~」
ニコニコしながらリビングの方へ歩いて行くお母さんを見送り、私は目の前の唯一の友達である春ちゃんへと疑問を述べる。
「でも、どうしたの急に? 何か約束してたっけ?」
友達に自分が今話題になっているマイだとは知らせていないけれど、今日は大会があって何時に終わるか分からなかったので予定は入れていないはずだ。
実際、思ったより早く終わって今は14時過ぎだけど……どうしたんだろう。
「暇だったから、舞ちゃんも暇なら遊ぼうかなって。どう?」
「遊ぶって、どこで?」
「舞ちゃんの部屋でって言いたいけど……ダメでしょ~?」
「ダメダメ! 私の部屋汚いから!」
冗談っぽくいった春ちゃんに対し、私は大げさに手を振って答える。
春ちゃんもESCAPEはしているけど、ネクラさんのファンかどうかは分からない。
違った場合、私の部屋を見たら幻滅するかもしれない。
唯一の友達だからこそ、部屋は見せたくないのだ。
「じゃあ、私の家行かない?」
「良いの? お兄さんがいるんじゃない?」
「お兄ちゃんはどうせ部屋から出て来ないから良いって! 出て来ても人畜無害な人だから!」
「あはは……。それなら、お邪魔しようかな」
春ちゃんには1人だけお兄さんがいる。
名前は確か……晴也さんだったかな。一度だけ会ったことがある。
眼鏡をかけていて知的な印象だったけど、覇気が無くて退屈そうって言うか。苦手ではないけど、なんとなく喋りにくい人だ。
「じゃあ、待ってるから着替えてきてよ!」
「分かった~。ちょっと待っててね!」
そう言い、私は春ちゃんを残して自分の部屋へと戻る。
適当に外用の服を着て、簡単に化粧もする。
春ちゃんとは幼稚園からの友達で、家も隣なので小さい頃からよく遊んでいる。
ここ何日かは大会の調整で遊べなかったから、寂しかったのかもしれない。
春ちゃんはそんなこと言わないけど、意外と繊細なところあるし。
「お待たせ!」
「うん! いこ~」
お母さんに遊びに行くと告げて、私は隣の家へと足を踏み入れた。
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