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第298話 結論の出ない妄想

 慣れたら意外と大丈夫だと分かったバレンタイン特別イベントが無事に終了し、僕は一度僕専用に用意された楽屋へと戻ってきていた。

 こんなもの用意してたのかと思ったけれど、ステージをチラッと見たハイネスさんがマイさんに指示を出して急遽容易させた物らしい。


 ついでに言えば、ここには見覚えがある気がするので、コロさんに謎解きの答えを言いに来た時に通された部屋な気がしなくもない。


 まぁその真偽はどうでも良いとして……一応、ネットでの僕のイベントの反応を見てみる。

 ざっと見た感じかなり好印象な物が多く、アーティストさん達のライブが豪華すぎるだの、僕のステージ上での立ち回りが人見知りとは思えないだの色々書かれてある。


 もちろん一番多いのは会場に来ている人がグッズをニコニコ顔で撮っている物なのだが、それらはあえてスルーさせてもらう。


「不満点と言えば僕との写真撮影とかが禁止されてる事くらい……って、どんな意見なのそれ」


 僕の隠し撮りは至る所……というか、かなりの数で回っているのに対し、僕とのツーショットだのなんだのが一切出回っていないのは、運営側がその手の物を徹底的に規制しているからだ。


 もちろん隠し撮りを一緒に来ている友達に頼んで、そのフレーム内に自分も偶然を装って映る……などすれば疑似的なツーショットや同じ画格に収まる事は出来るだろう。

 でも、見ている限りだとそんなことをしている人は未だ1人もいなかった。

 民度が高いのか、それともそんなことをしても虚しいだけだと考える人が大多数を占めているからなのか……。


「この後のトークイベント……めっちゃ気が重いんだけど」


 実を言えば、トークイベントの中身はバレンタイン特別イベントの時と違って全く予想が付いていない。


 公式サイトの方には僕に聞きたい事だのなんだのの質問箱がいつの間にか設置されているようだし、会場内にもそれらしい物があるのを確認している。

 それに答えていくだけならまぁ良いんだけど……絶対それだけでは終わらない気がするのはなぜだろうね。


「ハイネスさんの事だし、まだ何か企んでそうなんだよなぁ……」


 こういう時に考えるべきは、やはり運営に噛んでいるだろうハイネスさんが、僕ではなくファンの人の為に何をすれば良いのか。そして、その範囲の中で僕が本当に拒否反応を示さないのは何かを選別しているだろう、その事柄に関してだ。


 正直言えば僕はめんどくさかったのでファンの人が何をしているのかとか、何を望んでいるかなんてのはここ最近まで何も知らなかった。


 印税とかが難しそうだったのでグッズやら何やらに手を出してこなかったのだって、元を辿れば面倒だったからというその一言に尽きる。

 でも、最近になって応援してくれる人達とちゃんと向き合おうと思ったし、自分の評価についても少しだけではあるけれど改める事が出来たと思う。


(……いや待てよ? そう考えると、僕が慣れ始めたのって紅葉狩りの時からだよね……?)


 あの時から、しきりにサインやらなにやらを求められることが多くなった気がするけれど気のせいだろうか。


 あの時初めて人前に出たのでそれは当然なのかもしれないけど、今考えればそれも込みでハイネスさんの作戦だったのではないか……。そう思わずにはいられない。


 紅葉狩りのやつも僕はハイネスさんが裏で手を引いていると思っているので、もしもハイネスさんが僕に『ファンの人ともっと向き合ってほしい』だの、現実でイベントを開かせたいだの考えていた場合、まずするべきことは何か。

 それは、僕がファンの人に求められる事それ自体に慣れる事だ。


 僕は、自分で言うのもなんだけど慣れるのが異常に早い。

 環境適応能力と言えば聞こえはいいかもしれないけれど、これは僕なりの世渡術であって、人見知りだから自分の身を守るために編み出した能力でしかない。

 こうでもしなければ、僕は街中になんて一生出られない生活を送っていただろうしね。


 それを、あの時点でのハイネスさんなら見抜いていたはずだ。

 インタビューの時だって緊張しつつもすんなり答えられる事が多いし、チームの人達との日常生活を見ていてもその様子は伺い知れたはずだ。


 どちらにしても、あの時点でのハイネスさんなら僕の弱点なりなんなりを全て見抜いていたはずだ。


 そのうえで、僕にイベントを開かせたいと画策していたとするならば……まずは、僕がファンの人に求められることその物に慣れさせ、それが当たり前であることを認識させるところから始めるのではないだろうか。


 そして、慣れてきたところで公式グッズの話を持ち出し、そこでサインやら何やらに対する心理的ハードルを下げる。

 それによって、僕が現実でイベントを開くのに必要不可欠な『人が来てくれるかな』という不安を少しでも解消しようとするだろう。


「自分で言っててあれだけど、途方もないというか、現実味がないというか、証拠がないというか……」


 この話はあくまで仮定の話であり、ハイネスさんという少女の事をおそらく誰よりも分かっているだろう僕だからこそ立てられる仮説だ。

 その仮説も想像の部分が多くを占めているし、仮にそうだったとしても証拠がない。なにせ、結果的にそうなっているようにしか思えないし、こんな事を本気で考えるにはあまりにも時間がかかりすぎる。


 それに、人手やらなにやら、足りない物が多すぎるので、少なくともハイネスさん1人で実行出来るものではない。


「少なくとも春香とマイさんの協力は必要不可欠……。他には、僕にサインやら何やらを求める役目のファンの人達の協力だっているでしょ……? マイさんのファンクラブの人達に協力を申し込んだとしても……う~ん、厳しそうだよなぁ」


 僕の想像の範疇でしかないのでなんとも言えないけれど、仮にマイさんのファンクラブの人に協力を要請したとしてもそんなにすんなり行くだろうか……。


 ファンの人達と交流してこなかった僕だから分からないだけで、意外とすんなりいくのかもしれないけど……どちらにしても証明のしようがない。

 なにせ、この件が意図的に行われた物かどうかを証明する術がないのだから。


(考えても無駄……か。こんなくだらないこと考えるよりも、トークイベントの方に集中した方が良いよね……)


 考えても結論が出ない問題は長々と考えない主義だ。なので、それ以降の事は考えるのを止めて、今は目の前のイベントが失敗しないようにすることだけを考えよう。


 大丈夫。僕は元々人見知りだし、ハイネスさんも僕に無理をさせないように最大限の警戒をしているはずだ。そこまで酷い事にはならないだろうし、突如として握手会みたいな事にはならないだろう。

 あくまで配信の延長線上みたいな事をするだけ……のはずだ。多分。


「ネクラさん~、そろそろお時間です~!」

「あ、はい……分かりました」


 スタッフの人が呼びに来てしまったので、僕は大人しく楽屋から出て再びステージに舞い戻った。


 そこで待っていた光景は、いい意味でも悪い意味でも僕の想像通りで……うん、さっきのバレンタイン特別イベントの時より人が多くなってる気がする。

 なんなの? 僕、人見知りって言ったよね……?

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