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第296話 バレンタイン特別イベント

 なぜか次々と僕が普段から聞いている曲を歌っている国民的なアーティストやらアイドルグループの人達が5組ばかり出てきたところで時間が来たようで、一つのイベントに呼ぶには絶対に相応しくないだろう方々のライブが終わった。


 多分だけど、この人達を呼ぶだけで日本予選の分け前くらいは軽く吹き飛んでいるのではないだろうか。

 それくらい大ごとだし、なんなら会場を抑える費用よりもそっちの方がかかったはずだ。後から責任者の人に少しでもお金を出す旨を伝えなければ……。


 周りのファンの人達は楽しんでくれたみたいだし、流石ネクラさんだ~みたいな見当違いも良い所の称賛がそこかしこから飛び交ってくるけれど、それは本当に僕の管轄外なのでサッサと逃げる。


 この後は僕の出番なのでステージ裏の方に関係者入り口の方から入って数時間ぶりにマイさんと合流する。

 ハイネスさんは謎解きのヒントの役目があるので基本はバックに来ないらしい。


「……ん? じゃあ、僕もヤバいんじゃないんですか?」

「そこら辺は対策済みです。案内役の声優さんにはあらかじめこういう事もあろうかと色々なパターンのセリフを用意してもらい、そのままいつでも話せるようプログラムしているので!」

「……僕が関係者しか入れないようなところにいる場合やステージに立っている時間帯はそれ用の案内と共にハイネスさんの位置情報が表示されるって事ですか」

「そういうことです! いつもの事ながら、最小限の説明で済むのって会話が楽でいいですね!」


 マイさんはハイネスさんと違って僕のファンという面が大きいのか、いつもなんでもかんでも肯定してくれて大袈裟に褒めてくれるんだけど、僕としては調子に乗りそうなのでちょっとだけ心配になる。


 褒められて伸びるタイプとはよく言った物で、僕は褒められないとやる気は出ないけど、褒められると嬉しくて調子に乗りすぎる傾向にある。

 その結果失敗して恥をかく……というところまでお約束だ。


 まぁそんなどうでも良い自虐を言っても誰も聞いていないし誰の得にもならないので口を噤み、さっさと出番が来るのを待つ。


「そういえば抽選の人は決まったんですか? 誰に渡すとか、まだ全然聞いてないんですけど……」


 MCの人がこのイベントの趣旨と僕以外のゲストを呼んでいる中で、僕はそんな風な質問をマイさんへとぶつけてみた。


 この辺りの事はまだ隠せているかもしれないと思っているかもしれないけれど、僕からしてみればバレバレなので隠すつもりは毛頭ない。

 むしろ心の準備をしたいのでこれ以上隠されるとちょっとしんどい目に遭いそうなんだけども……。


「ご存じだったんですね。ん~……今回のイベントはファンの人の間でも意見が分かれる類の物なので正直心配だったんですけど、思ったよりも希望者が多かったのが幸いしました。大丈夫です! 変な人はいませんし、イベントに来てるんですから皆さんネクラさんの事が大好きな方達でしたよ!」

「……」


 そういうこと言ってんじゃなくて、その人達は今どこで待機してるのか。そしてどんな性格でどんな人なのか……みたいなことを聞きたいんですけど。


 まぁマイさんがこう言うって事はその中に男の人はいないんだろうけど、ファンの人にとっては確かに意見が分かれる物になるだろうことは間違いないだろうね。

 それでもやるってなったからには、この企画を採用したいと思っていた人の執念みたいなものを感じられる。


 それを考えれば、やっぱり僕の中に破棄したはずの真相が蘇ってくる。


 今回のイベントのゲストは、ライブの方にアスカさんが出てきたことからも分かるように、多分佐々並さんでほぼ間違いない。

 コロさんかササミさんかは分からないけれど、あの人達はアスカさんや佐々並さんを気遣う所があるので、今回のイベントのデモンストレーション的な事を行う事があるのなら、恐らく相手は――


「ではここで、ご本人に登場していただきましょう~! ネクラさん、どうぞステージに!」


 そう呼ばれた瞬間、大量の拍手と黄色い歓声が僕を呼ぶように会場内に広がっていく。

 ステージ上で流れているのだろうコミカルな音楽がやけに忌々しく感じ、僕はまるで断頭台に上がる死刑囚のような気持ちでそこへと歩いて行った。


(ほらやっぱり……。後でコロさんを問い詰めないと……)


 ステージ上で待っていたのは、朝挨拶したMCを担当するというアナウンサーの人と、ゲストじゃないかと予想していた佐々並さんだった。


 国民的な女優の人がなんでこんな一般人の……みたいな、今日何度言ったか分からない愚痴を心の中で吐きつつ、一瞬だけ観客席の方を見てみる。


「……ちょっとごめんなさい。一瞬離席します」


 一応、主催者というか主役なので最低限それだけ言い残して一度ステージ裏にピュッと引っ込む。

 うん、情けないとは自分でも思ってるよ。それでもさ、あれは無理だよ。


「どうかされました?」

「人見知りに何期待してるんですか!? あんな多くの人の前で平静でいられるわけないじゃないですか!」

「そこがネクラさんの良い所であって素なので、私は良いと思いますけど。ほら、本当にキャラづくりじゃないんだってファンの子達が喜ぶと思いません?」

「思いません!」


 むしろ、主役なのに何やってんだと騒がれるのではないだろうか。

 主役の人がステージ上から物の数秒で逃げかえるなんて前代未聞だろう。MCの人がプロじゃなくて素人で、ここで予定外の事態にアワアワしていたらイベントそれ自体が終わっていた可能性だってあるのだ。


「大丈夫です、そこら辺は可能性のある事だと事前に皆さんに説明済みですし、ファンの人達も分かってくれると思いますよ?」

「えぇ……」


 なに、僕のファンの人って僕のこと何でも許せるよ!みたいな人の集まりなの……?

 それはそれで嬉しいんだけど、そんなに甘やかされると僕がダメ人間になるのでやめてほしいね。

 適度に怒ってくれないと、どんどん膨張してそのうち手が付けられなくなると思うよ。


「そういう所も含めてネクラさんですし、可愛い所なんですよ。ただ、流石に何分も待たせるとお客さんの子達に悪いので、5分以内に順応していただけると!」

「じゅ、順応……?」

「はい! ハイネスさんが『こういう場では、ネクラさんは周りに合わせるのが得意だからあれこれ言いながらもやってくれると思う』って言ってました! その発言があったから、私もこの企画を通したんです!」


 あの人、マイさんがここで、そしてこの状況で僕にこの事を言うってことまで見越してその言葉を言ったのではないだろうか。

 そうすれば、僕はハイネスさんの評判や信頼に応えるために何がなんでもこのステージを頑張るだろうし、恐らくやり遂げるだろう。


 あの人はそこまで読んでいるのだ。読んだ上で、僕の逃げ道を塞ぐように先手を打っている。


 このイベントの企画にはほとんどノータッチなので僕が出来る事は限られているし、限られているからこそ、ハイネスさんには全て見透かされて先手を打たれていると考えた方が良い。


 仮に見落としか何かで僕が逃げられる道があったとしても、それは罠だったりそもそもイベントが成り立たなくなるので僕は絶対にしないだろうと信頼されている証拠だ。それを裏切る事は出来ない。


「……分かりました。でも、こういうのは今回だけにしてください……。何千、何万って人の前に出るのは、ほんっとにきついです」


 イベントという形で何人かの人に触れ合うのは最悪良しとして、発表会のようにその全員の前に出るというのは、流石にファンの人の為とは言っても何度も経験したい物ではない。

 なので今後こういう系のイベントはNGだとここでしっかり釘を刺しておく。


 多分ハイネスさんを含め、イベント運営をしている人達は、僕がNGを出した物を無理やりやらせようとはしてこない。そこは、僕だって信用している。


 キッチリ5分ほど時間を貰ったところで僕はもう一度ステージに上がり、作っていると分かるほどぎこちない笑顔を浮かべて留守にしてすみませんと頭を下げた。

 だけど、ファンの人達の反応は「分かってますよ」と言いたげな生暖かい物だったと言っておく。

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