第295話 ライブ
イベントが始まって2時間が経過した頃、公式のSNSで僕のグッズがほとんど売り切れてしまった事が告知された。
十分な数を用意していたがそれでも足りなかった事のお詫びと、売り切れた事に対してのお礼の言葉が述べられたその投稿は瞬く間に拡散された。
これで採算が取れているのかどうかはともかくとして、販売イベントとしては大成功だったと言っても良いだろう。
まだ残っている物としてはネクラチョコなる怪しげな物とタペストリーが数個……という事だったので、恐らく後1時間もしないうちにどちらも売り切れてしまうのではないだろうか。
フリマアプリ等を見てもこのイベントで販売されている商品が転売やオークションにかけられているといった事は今のところ無いので、本来の目的通りファンの人にキッチリと渡ってくれたようだ。
僕個人としてはこれだけで十分満足なんだけど、この後アーティストの人を呼んでのライブやトークイベントがあるので、そちらが失敗しないかだけが心配だ。
いや、アーティストさんの方は多分大丈夫だろう。
問題は僕がステージに立つその時なんだし……。
という事で、あと数分でその問題のライブがあるステージの最前列を見事に抑える事が出来た僕は、用意されていたパイプ椅子の1つに座ってふぅと息を吐いた。
当然ながら周りには携帯を構えたファンの人達がこれでもかと揃っているのでまったく心が落ち着くような状態では無いんだけど、皆僕がそういうのが苦手だと分かっているからなのか話しかけてくる様子はない。
「あ、あの……皆さん座られたらどうですか……?」
だけど、一向に周りの人が座ろうとしないので僕は思わずそう言ってしまう。
すると、代表してなのか一眼レフっぽいゴリゴリのカメラを向けてきている綺麗な女の人がにこやかに笑ってこう言った。
「せっかくなので、ライブが始まるまでは許してくださいっ!」
「あ……はい……」
なにがせっかくなのか。
僕なんか撮っても別に面白い物なんて何も出ないだろと心からの文句を言いたいし、なんだか絶妙に恥ずかしいのでやめてほしいんだけど……。
でも、わざわざイベントに来てくれたファンの人を蔑ろにできるはずもないし、僕が我慢してこの人たちが喜ぶのなら少しくらいは大丈夫だ。
それに、もし本当にマズイ事態になればスタッフの人が止めてくれるらしいし……。
そんなこんなで地獄のような20分を過ごしていると、突如として会場内にアナウンスがなされた。
イベント開始のアナウンスをした人と同じらしく、間もなくライブが始まるので良ければご覧くださいという物だった。
それを合図にして僕の撮影会という名の拷問は終わりを告げ、僕の隣や後ろのような近い席……は、あらかじめ早めに抑えていた人が居たのでその周囲に散らばりつつ、全員ステージに目を向け始めた。
ちなみにこのステージはネットで最初の数分間だけ中継されるらしく、こんなものが今行われていますよ~という雰囲気を味わえるようにしているらしい。
でも、都内でこのイベントを行う時は恐らくアーティストさんは呼ばないだろうな。
なにせ、お金がかかりすぎるっていうのもそうだけど、本来の趣旨からだいぶ外れてる気がするもん。
多分出てくるのは僕が好きだと公言してる人か、もしくは普段から曲を聞いていると言っている人達なんだろうけどさ……?
「さぁ皆さん~! 盛り上がっていきますよー!」
そんな、考えたくもないお金のことを永遠と考えているといつの間にかライブが始まる時間になったらしい。
ステージ周辺の照明や会場に流れていたクラシックが止まり、真っ暗な空間がその場に展開される。
「まずは私達が、この会場の熱をマックスまで高めちゃいま~す!」
その、どこかで聞いた事のある声が会場内に響き渡る。
それと同時に、ステージ端が途端に明るくなってステージ上が明るく照らされる。
無数の紙吹雪が舞ったと同時にアスカさん……じゃなく、誰もが知っているだろうアイドルグループの4人が駆け足で登場し、ドッと黄色い歓声が上がる。
多分だけど転売目的で会場に来たけどろくにグッズを手に入れられなかった人達が、せめてどんな人が出るのだろうとステージを見に来ているのだろう。
アイドルに詳しい訳じゃないけれど、僕が知っている限り初出しのフリフリの衣装と、僕が一番好きだと公言している曲を歌いながらキレッキレのダンスを踊るその集団は……うん、まさに武道館かどこかでライブしているのかと錯覚してしまうほどだ。
この人達が出てくるのだろうことは予想してたんだけどさ、そもそもなんでこの人達をこんな一般人が開催してるイベントに呼ぼうなんて考えたのか……。
ていうか、よく事務所もオッケー出したよね。これ、有名人のイベントってよりは単なる根暗でネガティブな一般人のイベントなんですけど……。
「え~やば~! この子達が最初って、後から出てくる人達のハードルめっちゃ高くない!?」
「流石ネクラさんだよね! こんな凄い人呼べるなんて!」
左右からそんな的外れな称賛の声が聞こえてくるけれど、そんなわけがない。
まず僕がこのイベントを企画するとなれば音楽イベントなんてものは入れないし、入れたとしても僕が地獄を見るだろう握手会とかになるのではないだろうか。
いや、一般人の握手会とかサイン会ってなんだよって思わなくもないんだけど、ハイネスさんによるとそれも喜ばれるらしいし……。
本当に、僕が勧んでやりたいとかいうはずがないので、そこには『ファンの人達が喜んでくれるなら』という前提が付く。
それに、仮に僕がこのステージイベントにGOサインを出したとしても、知り合いの人は呼ばないと断言できるね。だって、会場で会ったら気まずいもん……。
そりゃ、せっかく来てくれたファンの人には喜んでほしいので今流行っているバントとかアーティストの人を呼ぼうとはするだろうけど……それで本当に来てくれるかどうかは別問題だ。
僕みたいな一般人が、急に芸能事務所に「お宅の誰々さん使いたいので来てもらっていいですか?」みたいな事を言ってもお前は何を言ってるんだと言われるのがオチだろう。
それを考えるとすれば、恐らくマイさんのファンクラブか知り合いに芸能関係に強い人がいるのだろう。
あの人は本当に高校生なのかと疑いたくなるほど色んな人と関わりを持ってるよね……。
グッズの大量生産に関しても、このドームを抑える事が出来る伝手に関しても、資金力に関しても……その全て、あの人が居なければ今日の僕はいないだろうし、ファンの人達がこれほどまでに喜んでくれるようなイベントを開くことはできなかっただろう。
僕はこれだけで十分満足だし、ファンの人だってそれは同じだろうからイベントはこれで終わりって事にしないですかね……?
そんな現実逃避をしているうちに1曲目が終わりを迎え、そのアイドルの人が僕のファンだと衝撃の爆弾を投下して会場が一時騒然とする……というところまで、ハイネスさんや運営側の仕込みだろうか。
うん、そうだと信じたいね。じゃないと、この先不安だ……。僕、この人のファンの人に刺されるんじゃないの……?




