第292話 女の戦い 最後の難関
ソマリが謎解きゲームの最終問題に頭を悩ませ始めた丁度その時、会場内で同じく最終問題に行きつきてその問題分の長さにため息を吐いた女が居た。
ネクラ率いる『Blue Rose』と日本予選準決勝で死闘を繰り広げた『Moon light』の鬼側指揮官を務めているサクヤだ。
彼女は今回のイベントで、数分でも良いからネクラに会い、世界大会を楽しみにしている事や勝負の後に自分をべた褒めしてくれたこと、決勝で見せてくれた自分のような未来を見通す指揮官の可能性について、色々と話したいと思っていた。
だが、そんなのはもちろん簡単に行くはずがないとも分かっているので、ネクラにチョコを渡せる権利などとは別で、本当に、ただ純粋に彼と話をしてみたいと思っていた。
ただ、その願いを叶えるための最後の壁として立ちはだかってきていた問題が、彼女を少しだけ……そう。ほんの少しだけ、絶望させた。
彼女はネクラのように謎解きが得意な訳でもなければ、名探偵のような天才的な推理力を持っている訳でもない。単なる、少しだけ考えるのが得意な一般人でしかないのだ。
「問題文長くて頭に入ってこないのに、こんなに可愛い子がモジモジしながら読み上げてたら頭に入ってこないってぇ……」
恐らく、それはネクラファン全ての悩みだろう。
ネクラ本人はかなり羞恥心と嫌悪感を示していたが、彼のファンである女性陣からしてみれば自分が好きな可愛いアバターが恥ずかしそうにしながらもしっかりと案内役という大役をこなそうとしているようでとても愛らしく見えてしまう。
問題の制作側からすればそれすらも狙ってのプログラムであり試みなのだが、それは見事にハマっており、大半のファンはその事にかまけて本題の謎解きをそっちのけにすることも多い。
時間を稼げれば上々。もし無理でも、さらに売り上げを盤石な物にしようという魂胆は見事すぎるほどハマっていた。
「えぇっと……ちょっと待ってね? いったん音声を切ろう。そうしよう……」
画面の中のネクラが少しだけ寂しそうにしているような幻覚を見つつも決死の思いで音声のボリュームをゼロにしてから再び問題文を読み返してみる。
その、国語や現代文で出てきそうな恐ろしく長い文章を読み返し、今一度問題文が何を言いたいのかを必死で考える。
男達が肝試しに言ったけれど心霊写真のような物は取れず、それでいて次になぜか人のいる民家に行こうとしているという所で話は終わっている。
そのうえで結末がどうのと言われても正直言って訳が分からないと言う他なく、問題文が何を求めているのか、それすら分からない状態だった。
あまり時間をかける訳にはいかないので本来こういうのは自分の頭で解きたい人間なのだが、遠慮なくヒントのボタンをタップして会場内のどこにヒントが設置されているのかを確かめる。
だが……
「え、待って? なんでヒントが動いてるの?」
サイトに表示されたのは会場内の地図とヒントの場所を示していると思われるピンだった。
しかし、そのピンは数メートル単位でチビチビ動いており、一か所に留まっているという訳ではない。
例えるなら、そう。まるで会場内を自由に歩いているような感じだ。
「……ヒントは、人が出してくれるって事……?」
もしくは、その人自体がヒントなのでその姿を見れば分かるという事だろうか。
いや、この問題は十中八九そう簡単に解ける問題じゃないので、ある特定の人物を見ただけで解けることは無いだろう。
ネクラさんがさっさと解いてしまった事に関しては、もはやあの人を基準に考える方が危険なので無視するとして、この問題で立ち止まる人は数多くいるはずだ。
でも、ある特定の人物を見ただけで答えを導き出せるような簡単な問題なら、恐らくもう既に解答者が出ていて運営側からその旨が通知されるはずだろう。
(ネクラさんが自分から発信したのは運営の人にそうしてほしいと言われたから……。ネクラさんにも伝えてなかったって明言してたくらいだから、それを教えざるを行けなかった状況、もしくは気付かれちゃった状況ってなるとそれは限られる。必然、それはネクラさんがこの問題を解いたって事になるから、可能性としての『ネクラさんは問題の内容を知らない』という説はこの時点で否定される……)
運営の人が、意外と謎解きゲームに参加する人が少なかったのでネクラさんを使った……という可能性も捨てきれないけれど、それだけの為にネクラさんに報酬の件を提示するのはあまりにリスキーだ。
断られてしまえば、このゲームの大元が崩れかねないのだから。
でも、そうしたってことはそうせざるを得ない状況になったからだろう。
そして、そうなった以上参加率を高めてイベントを盛り上げるためにとことんネクラさんを利用する方針に切り替えるだろうし、ネクラさんもそんなに重要な案件だとなれば断る事はしないはずだ。
そう考えると……このヒントとなっている人物は、十中八九ネクラさん本人だろう。
「……え?」
いや、待て。なんでそうなるんだ……。
自分が導き出した答えに、私は驚きを隠せずに硬直してしまう。
運営がイベントをさらに盛り上げるためにネクラさんを使う事は把握したし、ファンとしてそれはどうなのかと思わなくもないけれど、これはゲームの運営のイベントという訳ではなく、ネクラさんが自分から私達ファンの為に開いてくれたイベントだ。
それを盛り上げたいと思うのは、運営に使われていると錯覚してしまうような後ろめたい感覚にはならないし、ネクラさんも本望だろう。なにせ、あの人はファンの人をかなり大事に思ってくれているし……。
貢がせてもらえないのはファンとして残念な事も多いけれど、実際それでグッズなんかに手を出しやすいと言っている子も数多くいるし、安くて助かると言っているマイルドなファンの人達の方が多いというのも事実だ。
むしろ貢ぎたいとか言ってる私のような過激派は、多分全体の3割程度だろう。
お金が欲しいとか、貢いでと大っぴらに言ってくる人よりもよっぽど貢ぎたくなる魔力のような物があの人にはあるし、実際全然貢がせてくれないのでその欲が溜まっていく一方なのだ。
運営が私達と同じ側の人間だったなら、そんな私達に配慮する為にネクラさんと接触できる機会を用意してくれても不思議じゃないだろう。
「……急がなきゃ」
この推理が当たっていれば、ネクラさんはすぐに女の子達に囲まれてしまう事になる。
そうなれば本当に速度勝負という事になりかねず、まだ1問目や2問目に手こずっている人が多いだろう現状はチャンスと言える。
私は、絶対にこの戦いに負けるわけにはいかないのだ。
そして、勝ってネクラさんとお話をする。出来れば連絡先も……という、半ば下心的な想いもちょっぴり抱きつつ、私はピンが指し示すネクラチョコの販売エリアへと急いだ。




