第291話 豪華景品の正体
最後の3問目は、僕のアバターの声を当てている声優さんがかなり疲れるだろうと思われるほど長ったらしい物で、内容も最近よくランクマッチの試練なんかで出てくるような、問題文が異様に長く、それも若干怖い内容だった。
正直これをまともに解ける人はいない気もするし、前の2問はなんだったんだ。むしろ前座だったのかと言いたいのだけど、そんなことをこの憎たらしくも可愛いアバターに吐き出してもしょうがない。
問題文が長いからなのかなんなのか、今回はアバターが読み上げた後も右上に表示されている問題文というボタンをタップするとそれが表示されるようになっていた。
ご丁寧にサウンドのマークも付いていて、そこを押すと再び僕が読み上げてくれるらしい。
ちなみに問題はこんな感じだ。
『友達と2人で話していたら、久しぶりに心霊写真を撮ってみたいと言い出した。
近くの山道に、惨殺事件があってから未だに取り壊されず残されている民家があるので夜中に行ってみた。
玄関から居間、風呂場、トイレ、キッチンに父親の部屋。階段から二階へ行き、子供部屋からベランダ、母親の部屋へ足を踏み入れ、再び一階へ戻る。
最後に家をバックに写真を撮って帰った。
そして数日後、出来上がった写真を見て驚いた。何も映っていなかったからだ。
もちろんそこに行った2人は映っていたが、霊的な物は映っていなかった。
「おかしくね?」
「もう成仏したとかじゃない?」
「やっぱそうなのかな? じゃああそこ行っても、もう心霊写真は取れないって事か。無駄骨だったな」
「そうでもない。行く途中に周りから孤立してる民家が一軒あった。次はそこに行こう」
「まじ? そこは廃墟なのか?」
「そんなわけないだろ、普通に人が住んでた。今日の夜にでも行こう」
「分かった、今のうちに準備しとくか」
楽しみだ。久しぶりなのでなんだかワクワクする。
この後どうなる?』
正直言って何を言ってるんだお前はと言いたくなるんだけど、まぁこれも問題文をよく読めば違和感はあるし、そこまで難しい内容ではない。
僕はこういう、文面から推理するタイプの謎解きは非常に得意な一方で、穴埋めのような何かを当て嵌めるタイプの謎解きはかなり苦手な傾向にある。
たとえば、過去にあった問題だと漢字を当て嵌めてそれで文面を作るちょっと怖い系の問題……とかかな。
いつ頃出されたかまでは覚えてないけれど、その時は近くに春香が居た気がするので大会か、その前の交流戦かどこかで当たった問題だったのだろう。
まぁ、そんなことを言っても仕方がないのでサッサと回答用紙に答えを記入して、そこら辺に立っている比較的暇そうなスタッフさんに謎を解いたと言ってみる。
「ど、どうも……。あの、謎解きゲームの奴解いたんですけど……どうしたらいいですかね?」
「え、もう解いたんですか!?って、なんだネクラさんですか……。って、ネクラさん!?」
なんだか忙しい人だなこの人……。
確か、この人にはサインの色紙を渡した気がするので午前中で引き上げる人だったはずだ。
この人は紅葉狩りでもSTAFFとして参加していた人で、あの時僕のサービスタイム?に、STAFFながら参加していた人だ。こんなところでも会えるとは思って無くてちょっとびっくりした。
「あ~……っと、とりあえず、回答用紙を貰ってもよろしいですか……?」
なぜか微妙な顔をされつつ、僕は最後の問題の解答が合っているかどうかの確認を済まされ、責任者の人を呼ぶのか携帯を取り出した。
「はい、主任。はい、謎解きの答えが……。はい、あのそれが……回答者がネクラさんで……はい。え? あ、分かりました」
なんだか困惑させているらしいけれど、別に豪華景品とやらが何か知りたいだけで、それ自体を手に入れるつもりは毛頭ない。
なので、ここに来たその主任さんとやらに最後の問題の答えに辿り着いた道筋をちゃんと説明して分かってもらえたら、豪華景品を受け取る権利は放棄するつもりだ。
僕の後にこの謎を解いた人にその景品は受け取ってもらおう。その方が運営側としてもファンの人達からしても嬉しいだろうしね。
5分くらい待つと、その場に満面の笑みを浮かべたコロさんがやってきて、とりあえず答えを聞かれるわけにはいかないという事で別室へと連れていかれる。
当然周りにはグッズを買い終わってホクホク顔をしたファンの人達が居たわけだけど、僕の隣にいる人がSTAFFと書いたジャケットを着ているせいか、そこまで怪訝そうな顔はされなかった。
「サイトから既に誰かが問題に挑んでることは確認してましたけど、ネクラさんでしたか~。いやいや、お見事です」
「……サイトから確認できるんですか?」
化粧室のような、お客さんを入れるとも思えない雑多な場所に通された数秒後、コロさんから出てきたのはそんな言葉だった。
サイトからアクセスログでも辿って、今現在何人が参加し、このイベントの世間一般のウケがどうなのか見極めるためのデータにしようとしているのだろう。
この販売イベントは都内でも開催が半ば強制的と言っても良い具合で決まっているので、その時のためのデータ収集と言ったところだろうか。
もしもウケが良ければ次回も続投されるだろうし、問題の難易度の調整なんかも入るだろう。
それが簡単になるのか難しくなるのかについては僕の知るところではないけど……。
「じゃあ早速、ネクラさんなので問題は無いと思いますが問題の確認をさせてくださいね。どうやってこの回答に行きつきました?」
「全て説明した方が良い奴ですよね、これ」
「ですね! 一応決まりなので!」
不正をここまで警戒している理由は何なのか。それは分からないけれど、一応答えについて説明を開始する。
「まず、問題文がおかしいです。心霊写真が撮りたいので事件があった廃墟に行く。ここまでは分かります。でも、廃墟で中の物などほとんど無いはずなのに、子供部屋や両親の部屋割りを知っているのはおかしいです。廃墟だとすれば、そこは等しくただの『部屋』という表記にならないとおかしい。なにせ、そこには既に物がほとんど無いはずですから」
「ふむふむ、なるほど」
「それを考えれば、警察でも何でもないこの男達の正体が、先にあった事件の犯人だという仮説が立てられます」
難しく考える必要はない。
問題分に書かれていない事は全て必要のない情報という事なので、2人が警察でない事は確かだ。
なら、部屋の詳細を知っているのは事件を起こした犯人だけという事になり、必然的にそのような仮説が思い浮かぶというだけだ。
「そして最後の部分。人のいる民家で肝試しなんてどういう事だってなりますが、先に立てた仮説を正しいとする場合、この2人はその民家にいる人を惨殺する為に準備を始めた……という事が分かります。その証拠に、最後の民家に関しては『心霊写真を撮りに行くや、肝試しにに行く』という文言がありません」
「流石ですね。こんな短時間でそこまで綺麗に解けますか~……。いやぁ、これ結構自信あったんですけどね」
負けましたと言わんばかりに、照れくさそうに笑みを浮かべたコロさんは、その後パチパチと軽い拍手を贈ってくれた。
まぁうん、そこまで難しい問題じゃないし、よくよく問題文を読めば誰でも分かるからね。
「えぇ? ハイネスちゃんでもこれ全部解くのに1時間半はかかってたんですよ~? 特に最後の問題なんて、結構苦戦してたんですから~!」
「これは頭を使うってよりは発想の転換が必要な問題ですから……。それに、問題文を読む側からすれば『それくらい分かるよね』という謎の心理が働いて、最初の方は違和感に気付けないと思います」
「ネクラさんがそれ言います……?」
まぁ確かに、物の数分で解いた僕が言えた口では無いのは確かだろう。
そこに関しては本当に同意しかないので、ここは口を噤んでおいた方が正解だろう。
「ちなみにネクラさん。豪華景品の件についてなんですけど……」
「あぁ、もちろんいりませんよ。それはファンの方にあげてください。そっちの方が喜ばれるでしょうし、僕は興味本位で参加しただけなので」
「そ、そうですか! いやぁ、良かったです! ネクラさんに欲しいと言われても、どうしたらいいのか分からなかったので……」
はい? それはいったいどういう意味だろう。
仮にそれが何かのグッズだったり、書いた覚えのないサイングッズだったり色紙だったりしても、僕本人に渡して困るような事態にはならないはずだ。
確かに本人のサインを貰っても困るだけかもしれないけれど、僕ならそれは今回のイベントなんかでファンの人にプレゼントするなり、他の機会に回すか、先程のように他の人にでも譲ってくれと言う。それは、コロさんだって分かっているはずだ。
「……もしかして、豪華景品っていうのは物品じゃなくてなにか形の無い物。例えば、何かの権利だったりします?」
「え゛……」
この反応は当たりだな。
そしてこの場合、僕が欲しいと言っても困るという態度から考えて、それは僕に何かしらの事をする。もしくはしてもらう権利と受け取った方が良いだろう。
その場合、一切僕に話が来ていないところから考えるに前者の可能性の方が高く、時期を考えるとその答えはおのずと見えてくる。
会場にチョコを持ち込んではいけない事と、先着一名様、そして会場でも売られているネクラチョコなる怪しい宗教団体が売ってそうなチョコが、その推理を裏付けてくれる。
「僕に、個別でチョコを渡す権利ですね? 皆さんの前で渡しちゃうと妬みとかでその人自身に被害が及ぶ可能性があるので恐らくはこういう個室か、もしくはイベント終了時。その際、会場で売ってるチョコなのか手作りや店売りの物等の制限は付けない……と、いう事ですね?」
「ま、毎度のことながらその推理力と直感力には脱帽ですねぇ……。たった一つの失言からそこまでわかります……? 普通」
「分かりますよ……。いやまぁそれで皆さんが盛り上がって、ファンの人達が喜んでくれるなら僕に文句はありませんけど……」
そう言うと、コロさんはあからさまに安心したようにホッと息を吐いた。どうやら、僕に許可も無くそんなことをして、いざ拒否されたらと思うと気が気でなかったらしい。
そんなに心配だったなら普通に話を通してくれれば良かったのに……。
そう思わなくもないのだが、昨日の「今までチョコを貰った事がない」という発言で、その緊張が一気に高まってしまったらしい。
「ほら、やっぱり初めてのチョコってなんだか新鮮な気がしませんか……? それを、ファンの人にあげちゃっても大丈夫なのかなぁって思っちゃって……」
「チョコにそこまでこだわってないので大丈夫ですよ? 無縁のものとして今まで過ごしてきたので、今チョコあげる!とか言われても、普通にありがとうございますとしか思えないというか……」
もちろん嬉しくはあるし、ハイネスさんから貰った物は今後も箱ごと大事に取っておくと思う。
でも、恋愛的な意味で受け取る事は無いだろう。誕生日プレゼントとかの延長線上みたいな軽い気持ちで受け取れてしまう。
渡してくれる側の気持ちを考えると酷いと思われるかもしれないけれど、正直言うと現実味が無さ過ぎて受け止めきれないだけなのかもしれない。
僕が沢山の女の人からチョコを貰える? 冗談も休み休み言えってね……。
「それはなんというか……難しい性格をされてますね……」
「あはは……自覚してます」
その後、僕の公式SNSの方にイベント会場で開催されている謎解きゲームについて発信してほしいと頼まれたので、言われた通りその詳細……特に景品の事について言及する。
もちろん思いのままに呟き、内容は『謎解きゲームクリアしたけど、豪華景品が僕にチョコを渡す権利って言われてどんな反応すれば良いのか分からなくなった……』みたいなものになっちゃったけど……。
その直後から、会場内がまた再び大騒ぎになった。
グッズを買い終わった人が、こぞって謎解きゲームに挑戦し始めたのだ。
そこかしこで僕のアバターが喋っているという阿鼻叫喚が聞こえてくるけれど、この際無視した方が精神衛生上良いだろう。
この後、どうしようね……。




