第28話 頭脳戦
予想通り目の前を女王と探偵のペアが通り過ぎて数分後、最初の試練が発令された。
相手の女王と探偵には、マイさんのような異常な索敵能力は無いらしく、柱の裏に隠れていた晴也達に気付くことなく1階へと降りて行ったのだ。
「どうでしたか?」
「私は~うわ、10です。パスですね~」
「そうですか。私は既にクリアしているみたいなので、後は色々確認するだけですね」
悲惨な声を上げているカナを見て苦笑しつつ、晴也はチームメイト全員に確認のチャットを送る。
どうやら、強制試練はまだ出ていないらしい。
ならばちょうど良い。練習会の時のように、ある確認のために条件に合う人を探すため、全体チャットで呼びかける。
その内容は、幻影をまだ使っておらず、レース場の近くにいる子供だ。
「私、ちょうど1階で女王のペアを見つけて、観客席の東側に逃げてきたところです。行けます」
「では、個人チャットの方で指示を出しますので、協力してください」
「了解です!」
条件に合った人は、最近いろんな知恵を出してくれるトウモコロシさんだった。
ちょうど観客席にいて、レース場に行くなら数分で到着するとの事だったのでちょうど良い。
四君子に警戒して貰いつつ、個人チャットにて指示を飛ばす。
「しかし、それだと私が捕まった場合、まずくなりませんか?」
「いえ、それなら3階がかなり手薄という情報が手に入りますし、逆に無事であったらレース場も使えると分かります。これはかなり大きいです」
「......なるほど。そういう事でしたら、喜んで人柱になりましょう」
作戦の内容を伝えると、トウモコロシさんは喜んで受けてくれた。
一応、レース場に着いたら通話を繋いでもらい、リアルタイムで情報を共有する。狙撃手に撃ち抜かれた場合とその他の要因で捕まった時の区別をつけるためだ。
これは、割と賭けの要素が強いけれど、初戦で狙撃手の位置を突き止めた時のような、成功すればかなりでかいリターンがある。
やってもらわなければならない。
「あ、ネクラさん! ここからでも見えますよ?」
「……本当ですね。ですが一応、電話は繋ぎましょう」
興奮した様子で窓の外を見ているカナと、電話を繋ぐ晴也。その目線の先には、レース場の上を堂々と歩く怪しい格好をした男。
彼が使っているキャラは、赤い天狗のお面をかぶり、白い装束を身に纏っている男のキャラだ。
まぁ、要するに山伏のような格好をしているのだ。
「着きましたか?」
「はい。到着しました。ここからどうすれば?」
「3階の真ん中辺りにあるVIPルーム、分かりますか? 最初の目撃情報から考えて、狙撃手が居るならその部屋です。なので、幻影を発動したふりをして、射程内に入ってください」
「結構難しい事をサラッと言いますね……。分かりました。やってみましょう」
その直後、その山伏はその場で一回転した後、指示通り真ん中に向かって走り始めた。
万が一予想が外れて狙撃手がしっかりとレース場を見ていたとしても、山伏の姿を見れば能力が幻影だという事は気付くはずだ。
なら、目に見えている本人に弾は撃ち込まないだろう。
上手くいけば無敵を使ってくれる。上手くいかなくても、弾を数発はずして時間稼ぎにはなるだろう。
本来の幻影は、他人には見えない虚像を作り出し、その近くに本体が透明となって存在している。
あまり使いやすい能力ではないけれど、狙撃手相手にはかなり有効なのだ。
「本当に、うまくいくんでしょうか?」
レース場の山伏の行方を慎重に見守っていた晴也に、カナが不安そうにそう聞く。
一応、作戦は全て説明しているけれど、彼女は納得していないのだ。
説明不足もあるだろうけど、彼女も相手を過信しすぎだと思っている。
しかし晴也は、成功するとなぜだか確信に近いものを感じていた。
(ハイネスさんが、もし僕と同じような事を考える人だとすれば、必ず成功する)
そしてしばらくして、山伏が指定のポイントに到着した。
ここで数秒待ち、一度も銃声が聞こえないのであれば作戦成功だ。
「……聞こえませんね。成功、ですか?」
「はい。ありがとうございます。では、レース場に潜むか観客席に戻るかはお任せします。私はチャットにて、現状を報告しますので」
「了解です!」
通話を切ると、真横にいたカナさんが尊敬のまなざしで見つめて来ていた。
作戦が成功し、かなり勝利に近付いたので分からんでも無いけれど……見た目が可愛い女の子なだけに、なんだかむず痒い。
これがマチルダのような、鉱山にいるような男姿だったらこんな事態にはならなかっただろうに……。
「流石ですね! やっぱり、ネクラさんは凄いです!」
「そ、そりゃ、どうも……」
「ますます尊敬しました!」
「……あり、ありがとうございます……」
挙動不審になりながらも、トウモコロシさんに手伝ってもらったおかげで手に入った情報をチャットで全員に共有する。
晴也が考えたのは、序盤の狙撃手の目撃情報。あれが全てフェイクなのではないかという事だ。
そう思ったのには、それぞれ理由がある。
まず、3階から狙撃手がレース場を覗いている場合、見ることが出来ない観客席と建物内は必然的に他の3人がマークしなければならない。
しかし、今回は索敵に優れているキャラがおらず、女王と探偵がペアで動いている。そして、四君子が客席。
こうなると、どう考えても手薄になってしまう場所が出てくる。それが、狙撃手が隠れている3階だ。
1階や2階の捜索はペア行動で何とかできても、3階がどうしても手薄になってしまうのだ。
1フロアに3人も鬼が居る状態を作るなど、あの賢いハイネスさんならば絶対に許さないはずだ。
そうなると、狙撃手に3階を守らせた方が効率的となる。
早いうちから狙撃手がレース場を見ていると思わせ、実際はレース場など見向きもしておらず、3階全域をカバーしているということだ。
序盤に狙撃手を目撃させておけば、レース場に近づこうとする者はいないだろう。
ならば、実際にはいない狙撃手をいると思わせておく。
そうすることで、エリアの一部を実質的に使えなくし、その他のエリアは全てまんべんなく捜索出来る。という事だ。
この考えに至ることが出来れば、晴也でも同じ事を指示する。
こうしておけば、連絡を取り合える大会モードでは客席に四君子が出現したと聞き、指揮官に指示を仰ぐ。すると、レース場が使えないので建物内に避難するように命じるだろう。
実際、晴也もそう指示を出したのだから。
次にどこに逃がすかだが、1階と2階で鬼の目撃情報が出ていれば、必然的に3階へと逃がしたくなるのが普通だ。
しかし、3階全域を狙撃手が見ておけば、逃げて来た子供を全員仕留めることが出来る。
これは、狙撃手の腕と射程を完全に理解している人間にしか出せない指示だ。
(実際、僕が相手じゃなかったら、早いうちに半数が捕まっていただろうなぁ。さっきもそうだけど、どんだけ頭が回るんだか……)
ハイネスさんも、時間が経てば3階に全く人が来ないのを不審に思うかもしれない。
だけど、それはあらかじめ予防することが出来る。
つまり、定期的に何人かを人柱として上に向かわせれば良いのだ。
それか、エスカレーターやエレベーター前で待機して貰うとか。
そうすることで、上に行きたかったけれど他の鬼に邪魔された。そう思わせることが出来る。
これに引っ掛かってくれるかどうかは分からないけれど、相手を混乱させる事は出来るはずだ。
(一応、エスカレーターとエレベーター付近で見つかった場合、3階に逃げて狙撃手に捕まるように指示を出しておくか……)
四君子が客席を離れる事はほとんどないと考えて良い。
なら、建物内で見つかった場合は出来るだけ上に行って貰うようにしよう。
そうする事によって、得はすれど損はしないはずだ。
「やっぱり、試合中のネクラさんって……カッコいいです」
「……なんですか急に……」
「仕事出来る男性ってカッコイイじゃないですか……。そんな感じです……」
「は、はぁ……。嬉しいですけど……ご存じの通り、こういう事にあまり慣れてないので、あまりそういうのは……」
「は~い!」
気まずそうに笑った晴也に対し、カナは無邪気に笑うと、満足したようにレース場の方を眺めた。
そこには、数人の仲間が隠れており、目の前の有能すぎる指揮官の凄さを改めて思い知る。
自分には考え着かないような事を考え、相手の考えの裏を突く。
自分の知る限り、このゲームは多少の運が絡むけれど、大体は己のプレイヤースキルによって勝敗が決まると思っていた。
それは、今まで参加してきた大会でもそうだった。
自分が足を引っ張った試合は負け、自分がそれなりに活躍できた試合は勝つことが出来ていた。
味方のせいで負けた?そんなことを言っている人はこのゲームを理解していない。
弱い味方をフォローしきれなかった自分のせいで負けているのだ。カナは少なくとも、今まではそう考えてきた。
しかし、このチームに来て、このゲームはそんなに簡単じゃない事を知った。
自分よりも明らかに強い人達がわんさかいて、それを纏めて指示を出している自身の憧れをさらに崇拝する。
大会モードに限っては、どちらの指揮官が賢いかで勝負が決まる頭脳戦。そう気付いたのだ。
個々の実力がどれだけ高かろうと、指揮官が無能であれば勝てないし、個々の実力が相手より劣っていようとも、指揮官が有能であれば勝つことが出来る。
そして、その結論が間違っていないのであれば、自分達は無敵だ。
なにせ、こんなに有能で、カッコ良くて、可愛い指揮官が付いているのだから。
そんな事を思いながら、少女は目の前で顔を赤くしている男をチラリと眺め、再び微笑んだ。
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やる気が、出ます( *´ `*)




