第285話 軍師の謀略 痛烈な一打
ネクラさんとホテルに戻ってきてチェックインを済ませた後、とりあえず私達は各々の部屋で休息をとる事にした。
ネクラさんはシングルベッドの写真と福岡に到着して打ち合わせを終わらせてきたことを報告しつつ、明日のイベントについての意気込みを軽く綴っていた。
空港で突発的に行われたイベントに関しても、その場にいた警備員さんの一人がSNS上で詳細なんかを呟いてしまっているみたいで各所から羨ましいとの声が相次いでいた。
警備員が当時の状況を発信するのはいかがなものかと思うのは私だけだろうか……。
もしこれでネクラさんが空港関係者に許可を取らずにイベントをしていようものなら、瞬く間に誰かを叩きたいと思っている人達の標的にされていた事だろう。
そして、このタイミングでライの方もSNSを更新し、今回自分の予定が合わず、チームメイトが付き添い兼お目付け役として同行しているので、もし見かけても変な勘繰りはしなくて大丈夫とコメントしている。
うん、これで私とネクラさんの関係やマイさんと2人きりになったタイミングで運悪くファンの人に目撃されても余計な推測は生まないだろう。
ここまでしなきゃいけないのかと思わなくもないけれど、ネクラさんは人気すぎてまだ私が世間様から認められるような存在じゃないせいで公に出来ないのだ。
そりゃ、ネクラさんに嘘を吐かせるのは辛いので、さっさと世界一の指揮官と呼ばれるようなプレイヤーにならなきゃいけないんだけど……。
「いや、今はこんなこと考えてる場合じゃないよね。計画の修正を余儀なくされたんだし、さっさと渡しに行かないと……」
ネクラさんがイベント会場を去った直後に、公式サイトから発表があった。
その内容は、当日会場の外の広場のようなところで出店される飲食物等の案内についてだ。
もちろん時期が時期なので、そのほとんどはチョコ関係だったりするのだが、その事はもう説明不要だろう。
当日チョコを持ってくることは遠慮してほしいと伝えているので、もしも持ってきたとしてもネクラさんに渡すようなイベントは起きない。
むしろ、抽選でネクラさんからチョコを貰ったり、例外的にネクラさんが貰う可能性は残されているけれど、それは考えても仕方のない薄い確率なのでこの際無視する。
当日会場内で売り出される予定のチョコはイベント限定の小さな箱入りチョコとちょっと大きめのグッズも一緒についてくる特別仕様のチョコだ。
内容はアーモンドだったりホワイトだったり様々で、箱や包み紙にネクラさんのイラストを印刷し、たまにグッズにサインが付いてくるというオマケ付きなので、こちらも早ければ午前中に売り切れるだろう。
これを考えた人は商売上手だなと感心すると共に、その場で抽選券を配ってまるで宝くじに当たるかのような感覚で、後々ステージ上でネクラさんにチョコを渡してもらえるというオマケ付きだ。
正直これを喜ぶ人はイベントに来る人の大体半数程度で、皆が皆そんな偽りの関係性で貰うチョコを素直には喜べないだろう。
そういう人は、あらかじめ抽選を辞退する旨をスタッフに言ってくれれば抽選券は配らないとして対応するようにしている。
そして、これはネクラさんにも伝えていないという事を大胆にも公式サイトに明記しているのだが……。
当日、会場内ではスタンプラリーのような、様々な場所を回るタイプの謎解きゲームも同時に開催される。
それをクリアした先着1名様に限り、ネクラさんに直接チョコを渡す権利が認められる。
もちろん、それは会場内で買ったチョコでも良いし、イベント終了後に渡したいという事なら一度ホテルなり自宅なりに戻って手作りしてくるのも構わない。
ステージ上で渡すなんてことをすればそのお客さんに被害が行ってしまう可能性があるという私の進言によって、ネクラさんには後々バックヤードかどこかに来てもらって2人で対面してもらう……という形を取ったのだ。
私がこの企画を許可したのには当然裏がある。まぁ、それは当日のお楽しみだが……。
と、こんな事をしている場合ではない。
ネクラさんにチョコを渡す大前提として、当日自分がチョコを貰えるかもしれないという思考にすら至ってはいけないのだ。
それでは不意打ちの意味がなくなるし、参加してくれる人に当日まで情報を隠しておくわけにはいかないので公式サイトには全ての情報を公開せざるを得ない。
つまり、今ネクラさんがこのサイトを見ると――
『え、待って? チョコとか今まで貰った事無いんですけど、なんで貰える前提で書いてあるんですかこれ……』
そう思った瞬間、まるでタイミングを見計らっていたかのように、ネクラさんがSNSを更新した。
そこにはそんな一文と共に、公式サイトに書かれてある当日のチョコの持ち込み等の注意書きのスクショが張り付いていた。
(まじか……)
いや、いつまでも隠し通せるものでない以上、ネクラさんが気付くのは時間の問題だったと言っても良い。
しかしながら、打ち合わせでかなりの混乱に陥れているので夕食まで……少なくともあと1時間くらいは気付かないだろうと思っていたんだけど、完全に予想が外れた。
ネクラさんが考えなければならないのはまず最初にイベントの事。これは間違いない。
でも、打ち合わせでステージに上がってもらう旨を散々強調していたので、ネクラさんとしてはステージで何をどうするのか考える方が先だと思っていたのだ。
しかし、公式サイトに目を向けたのならその理由は明白。最終確認として、自分が知らないイベントがないかもう一度チェックする為だろう。
しかも、今度は細部までしっかり読み込んだに違いない。
ここで『イベントの内容を初めて知った』と言ってしまえば、昨日の件の二の舞になりかねないし、なにより運営スタッフがネクラさんに事情を伏せていたのは、全てネクラさんが変に気負わないようにとの配慮からだ。
私個人には別の目的もあったのだが、私以外の面々は総じてそういう思いでイベントの詳細を隠しているので問題はないし、ネクラさんもそれには気付いている。
そんな人達を窮地に追いやってしまうかもしれない迂闊な発言はしないだろう。
ただ、私か運営スタッフ……もしくはその両方の人達にあてつけるように文句を言いたかったのも事実なので、チョコを貰った事が無いという信じ難い真実を公開する事で文句としたのだ。
結果、ネクラさんのSNSには女の子達からのメッセージがこれでもかと届く羽目になっている訳だが、ここで考えなければならないのは今後の私がどう立ち回るかだ。
(痛恨……。ここまで読み切れなかった……)
少し考えれば分かるはずだ。
ネクラさんはかなり慎重に行動する人で、石橋を叩いて渡るような慎重さと、海賊のような冒険心を適度に併せ持っている人だ。
ゲームの指揮の仕方から見てもそれは明らかだし、私だってそんなネクラさんをもっとも近くで見ているのだからそれは間違いない。
そんな人が突然窮地に追いやられたとしても、その時取る行動はいつもの通りとは限らない。
むしろ、自分が失敗すればイベントが滅茶苦茶になってしまうのではないかという不安に駆られて、帰るなり公式サイトを確認しようとすることは容易に想像が出来たはずだ。
それを、ネクラさんはそこまで頭は回らないだろうと侮った、私の落ち度だ。
この後、私が取るべき行動として最適な物は――




