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第279話 到着

 暇つぶしで始まったチェスも2戦目がハイネスさんの勝ちで終わったところでちょうど飛行機が福岡空港へと着陸態勢に入った。

 サングラスをかけていつお客さんが僕らの前を通っても大丈夫なように変装しつつ、無事に何事もなく福岡の地へ足を踏み入れる。


 東京から出たのは多分人生初……じゃなくて、紅葉狩りを除けば人生初なので、少しだけ感慨深い。

 でも、空港で荷物を受け取った後に外へ出ようとした僕を待っていたのは、いつか見た光景とまったく同じものだった。


「……で、あれなんですか?」

「出待ちですね。昨日から来てた人達とか、元々九州に住んでる人達が集まってるんじゃないですか?」


 いや、そんなことは分かってるんですよ。

 紅葉狩りの時もハリウッドスターを迎えるような歓迎を受けたのは記憶に刻まれてるし、全く考えなかったかと言われると嘘になるよ?


 でも考えてみてよ。

 僕が朝一の便で来るなんてまだ言ってないし、あくまで今日の朝に出発すると言っただけで、この後の便で来るかもしれないのだ。


 それに加え、今は朝の10時にすらなっていない。

 いくら今日が休日だとは言え、そんなことをしているなんてこの人達の熱意はどこから来ているのだろうか……。


 何かしらのプラカードだのうちわだの、中にはそれっぽい人を盗撮する為なのかカメラや携帯を構えている人までいる始末だ。


 空港の人達も何が起こってるのか分からないのか、一応警備員さんを立てて警戒はしているみたいだけど、暴動みたいな感じではなくあくまで特定の誰かを待っている様子なので強くは言えないみたいだ。

 あれだね、ただ人を待ってるとか言われると何も言えなくなるやつだ。


 ただ、これ以上この空港の人達や周りのお客さん……それに、仕事や旅行なんかで他の県に行く人なんかの邪魔は出来ないので、ここは正体を明かして少しでも事態を鎮静化した方が良いだろう。


 それに、この人達は僕が来るまでこうしてるんだろうし、流石に長時間ここで待たせてしまうのは申し訳ない。

 ほとんど女の人だから待たせるって言うのもなんか嫌だし……。


「すみませんハイネスさん。先にホテルに行っておいてもらえますか? 後から行きますので……」

「分かりました。まぁお兄さんならそうされるだろうなって思ってたので大丈夫ですよ。ファンとしても、十中八九そうするだろうなって分かるので」


 そんなに分かりやすいかな、僕……。

 確かにここまで好意的に接してくれている人達を無意味に待たせたくないのは同じだし、全員とは言わずとも待っててくれたんだからそれ相応のお礼は示したいんだけど……。


「30分ほどしたら私が電話を掛けます。その時、イベントスタッフから心配の電話が来たとでも言えばすぐに散ってくれると思いますよ。ファンの子達も明日のイベントを楽しみにしてるでしょうし、その邪魔はしないと思います」

「ありがとうございます……」


 その前に、どうやってあの人混みの中で30分を過ごすのか考えなければならないんだけど、それはもう良いだろう。


 僕が心配性なのを知っているハイネスさんが、打ち合わせよりだいぶ早い時間の飛行機を取ってくれたので時間的な余裕はある。


 この後ホテルにチェックインするなり荷物を預けるなりしても、2時間ほどは移動時間も込みでゆっくりできる。

 なので、ここで30分を使う事それ自体は特段問題がある訳では無い。


「では、先に行ってますね!」

「はい、お願いします」


 怪しまれないためにもハイネスさんには先に空港を出てもらって、まるで飛行機の中から出てきて荷物が出てくるのが異常に遅かったお客さんのような真似をしつつ、僕はそのファンの人達の前へと姿を見せた。

 もちろん、怪しいサングラスは付けずに素顔を晒して。


(これで本物だと思われないのが一番面倒なんだけどなぁ……)


 目的はこの人達に気付かれて、この後空港関係者の方に迷惑をかけないようにすることだ。


 もちろんそれを考えるならファンの人達を引き連れて近くの公園にでも行った方が良いんだけど、この辺りの地形には詳しくないし、事前に写真を見た感じだと近くにそれらしい物はない。


 結構歩いたところにはあるんだけど、そこまで歩かせるのは申し訳ないので、まずはそこらに立ってる警備員の人に謝罪と、これから行う事の許可を貰う。これでダメだと言われれば、僕にはどうすることも出来ないので大人しくファンの人達に説明して帰ってもらう。


 それでこの人たちが納得するかどうかは分からないけど、流石にダメだと言われると僕にもどうしようもない。


「あの、すみません……。お忙しいところ恐縮なんですけど、この人達が待ってるのって多分僕なんですよ。ちょっとだけここでお話とかしても……大丈夫です、か?」

「はい? えっと~……あ、ネクラさん? あぁ、はいはい、そうですか! ちょっと待ってくださいね?」


 どうやらファンの人達は、僕が次の東京から来る便で到着すると思っているのか、少しだけ落ち着きを取り戻して談笑を始めているらしく、まだ僕に気付いている人はいない。


 それを利用して、僕は一番端の方にいた怪訝そうな顔で立っていた40代くらいの男の人に話しかけた。

 すると、肩に付けたトランシーバーというかインカムで上の人に指示を仰いでいるらしく、何度かうんとかあ~とか相槌を打っている。


 しばらくするとそこに50代くらいの同じ制服を着た警備員さんがやってきて、一度僕にぺこりと頭を下げた。


「どうも、責任者をしてます安西と申します。で、この方達が待たれてるのがあなたという事ですが……」

「ちょっと、先週ゲームの大会で優勝した物で……。それで、明日イベントをやるので多分集まってくれたんじゃないかなって……。迷惑でしたら、ほんと、すぐにでも引き上げてもらえるよう僕から言いますけど……」


 その言葉の裏に隠された、僕の真意を見透かしたのだろう。


 安西さんはしばらくうーんと唸っていたが、次の飛行機が到着する10分後までならここで話す事を許可してくれた。うん、それで十分すぎる。

 言うまでもないけど、コミュ障が30分も女の人に囲まれるのなんて耐えられるわけないんだから。


「え~、安西から入口警備各員へ。これから少しの間たむろしてる人の相手をしてくれる人が見つかった。混乱が起きないようにしっかり警備を頼むぞ」


 そう指示を飛ばしてくれた安西さんに今一度お礼を言うと、満を持して……という表現が合っているかは分からないけれど、落ち着いて携帯なんかをいじり始めたファンの人達へとゆっくり近づき、まるで友達にでも話しかけるような気分で「どうも……」と声をかけた。


 うん、分かるよ。他に何かあっただろって言いたいんでしょ?

 それはね、正解だとは思うけど、僕みたいなコミュ障で女の人に慣れてない人が、なんか知らないけど仕事が出来そうな美人のお姉さんに話しかけろって言われても無理なんだよ。


 だから、傍から見たら完全に不審者というかナンパのような形になったってだけだよ。ほんとに他意はない。


「はい? なんです……えっ?」

「皆さん、たぶん僕を待ってくれてた……ん、ですよね?」


 どんだけ自信過剰なんだろう僕。これで「いや違いますけど」とか言われたら多分数日凹むね。

 傍から見てもなんだこいつって思われそうなことしてるなってのは自覚してるけど、完全に落ち着いちゃって見向きもされないんだから仕方ないじゃん。こうするしかないんだもん……。


「えっえっ!? ね、ネクラさんですか!?」

「はいあの……待っててもらって、とっても嬉しいです」


 良かった。とりあえず、ここ数日凹むことは無さそうだ。

 でもなんだろう、過去のトラウマが頭の中にフラッシュバックしてきた。なんだか、この後凄くマズイ事になりそうな予感がする……。


「はい? ネクラさん……?」

「え、ネクラさんいるの!? どこどこ!?」

「まじ!? もう来てるの!?」


 僕が声をかけた女の人の近くにいた人が会話を小耳にはさんだのか、そう言って周りにも徐々に伝播する。

 すると、当然数秒で僕の存在は周りの人に認知され、記者会見かと思うくらいのフラッシュがたかれ、あちこちからサインやら握手やらを求められる。


 今僕が思ってること言って良い?

 普通に、選択間違えたかもしれない……。

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