第27話 リベンジ
競馬場。
その広さは無人島より少し広い程度だが、レース場や観客席、はては3階建ての建物の中まで自由に逃げ回る事の出来るマップである。
観客席に客が入っているかどうかはランダムで決まり、いた場合はレース場が使えなくなり無人島と同じくらいの広さへと変わる。
その代わりと言ってはなんだが、観客席に人が居る場合は子供に与えられる試練が簡単になり、いない場合は無人島同様難しくなる。
そんなシステムもあり、広さは必要ないので試練を簡単にしろと言うプレイヤーと、試練が難しくても広さが欲しいと言うプレイヤーの派閥が存在している。
今回晴也が生まれたのは無人の観客席であり、目の前には妙にデカイレース場が広がっていた。
競馬を見た事もした事もない彼からしてみれば、このステージは見慣れない場所が多く、あまりプレイしたくないと考えているマップの1つだ。
(よりによって無観客……。相手に狙撃手が居る場合は外が使えないな……)
当然、レース会場は狙撃手の弾を遮るものが無く、格好の狙撃ポイントとなりえる。
なので、このマップで戦う時に狙撃手が居る場合、観客席を含めて大部分が使えなくなると考えた方が良い。
そして練習会でも狙撃手は必ず入ってきていたので、今回も間違いなくいるだろう。
(さっさと離れた方が良いか……)
このマップで狙撃手が居る場合、狙撃手の生まれた場所によっては2分程度で撃ち抜かれる可能性もある。
狙撃手の射程範囲は500メートルほどだ。狙撃出来るポイントまでの移動に時間がかかることが多いため、大抵は5分程経ってから狙撃を開始するのだが、ここは狙撃ポイントが腐るほどある。そのため起こる弊害だ。
晴也が建物内に避難すると、新聞や馬券などのチケットが散乱し、床にはドリンクが零れている悲惨な内装が目の前に広がる。
無人なのだから、これはいらないだろうと思うけれど、運営の中に妙に気にする人が居るのか、この内装はいつまで経っても変更されない。
この建物の中は比較的綺麗で新しいのだが、床に散乱しているゴミの類がその景観を邪魔している。
コーヒーのラベルが貼ってある缶を踏めば、中からコーヒーが飛び出してきたりとやたら凝っているが、本当に邪魔でしか無い。
「あ、ネクラさん~! どうも~!」
「……ど、どうも」
建物内をしばらく適当に歩いていると、エスカレーターの前でぬいぐるみを抱えた少女と合流した。
彼女は練習会第1試合で協力してくれた子だ。索敵能力に少々不安があるけれど、やる時はやる。そんな少女だ。
「ネクラはカナさんと合流。情報をください」
いつも通り合流の情報と鬼の目撃情報が無いかをチャットで確認しつつ、なぜか期待のまなざしを向けてきている少女をオドオドしながら見る。
何でこんな目を向けられているのか、まるで心当たりが無いんですけども……。
「なんか……試合中のネクラさんってカッコいいですよね~」
「……そんなこと、ないですよ」
「練習会の時もそうでしたけど! 一緒にいると、凄い安心感があります!」
「ど、どうも……」
初めてマイさんと会った時を思い出す。このカナさんも、ネクラの熱狂的なファンの1人なのだ。
しかも、このキャラの見た目通りアバターも可愛い女の子だったはずなので、少しだけ緊張する。
子供っぽい口調だけど、本当のところは分からない。
演技でやっているのか、それとも本当に子供なのか……。
女性に年齢を聞くのは失礼にあたるということくらい、外にあまりでない晴也でも知っているのだ。
だから余計に気を遣ってしまうのだが、目の前の幼女はそれも折り込み済みで距離が近いのかもしれない。
「客席の上に光るものを見ました。恐らく3階に狙撃手!」
「合流はしていませんが、こちらも客席の上に光るものを確認しています!」
まだ開始して3分しか経っていないが、やはり狙撃手はもう狙撃ポイントである3階のVIPルームへと移動を完了しているらしい。
あの部屋の窓は開けるようになっていて、観客席までは見えないけれど、レース場が完璧に見渡せる。
「了解です。レース場は使えないと考えてください。観客席はゲーム開始10分まで誰も現れないようならそのままで。現れたら避難の開始をお願いします」
『了解!』
観客席に客が入っている場合、その数は数えるのも嫌になるほどなので紛れることが出来る。
しかし無人の場合、見通しが良くだだっ広い観客席へと変貌する。
鬼が子供を見つけるのはそう難しい事ではないし、追いつくのもそう難しい事では無い。
無人の荒野にポツンと人が立っていたら目立つように、無人の観客席は隠れるのにあまり向いていないのだ。
「あの、ネクラさん……」
「な、なんでしょうか……?」
「相手は、本当にさっきの作戦は取らないのでしょうか……」
服の裾を掴み上目遣いで聞いてくるその姿に思わず目を逸らし、わざとらしく咳払いをした晴也は、そのまま自分の考えている事を話した。
「た、たとえ取ってきたとしても、この建物は3階建てです。なので、えっと......使途の索敵はほとんど役に立たないと、おも、思います」
「……ネクラさんって、本当に女の子に免疫無いんですね」
ふふっと笑ったカナさんは両手で口元を隠し、しばらく笑い続けた。
その顔は安心したような、どことなく心配しているような、そんな不思議な顔だった。
一方の晴也は、鬼の目撃情報が出てくるまでの数分間、色々な羞恥に襲われて耳まで赤くしていた。
「2階中央で女王発見。動いていないので誰かを待っている模様! 隠れます!」
「こちら、1階エレベーター付近で探偵を発見! 離れます」
「了解です。恐らく女王と探偵は合流するはずなので、ラストはほぼ四君子で決まりです。鬼の捜索は打ち切ってください」
『了解です!』
やはり予想通り、2回連続であの策を取るのは難しいらしい。
仮にここで負けたとしても、あちらが勝ってくれれば問題無いし、こっちが相手の策を見破れていないのなら、なんで2回連続してこないのかの考察に追われてくれると思っているのだろう。
実際、まだあの仮説には自信が持てない。
鬼側でプレイしたことが無いので当然なのだが、そこも恐らくハイネスさんの計算の内だろう。
向こうの鬼が僕と戦いたくないと言っているように、僕も今回のハイネスさんとは戦いたくない。
何をしてくるか、本当に先が読めないからだ。
「本当に、ネクラさんの言う通り、2戦連続では使って来ませんでしたね!」
「……あの、私が女の人に対する免疫が無いと分かったのなら、もう少し離れてもらえませんか?」
「良いじゃないですか! 2人一緒にいた方が、見つかる危険も少ないですよ?」
「……いや、それでも、その……」
「もう少しだけ! もう少しだけ、こうさせてください!」
そう言うと、カナはネクラの方に頭を乗せ、気持ちよさそうに目を閉じた。
この人は忘れているかもしれないけれど、この映像、後に全世界に公開されるかもしれないんだけど……。大丈夫かな。
かといって、正面からなにかを言えるほど女の人に強くない晴也は、そのままされるがままになっていた。
その慌てている様子を見て、少女は作戦成功と密かに笑みを深めた。
「あ、か、カナさん。確保情報を確認しても良いでしょうか……?」
「あ、はい! どうぞ!」
「ど、どうも……」
今2人が居るのは2階の真ん中にあるエスカレーター。その近くにある柱の陰に隠れている。
確保情報は誰が捕まったのかしか分からないけれど、珍しくかなりガッツリ指示を出したので、捕まったとすれば位置は大体想像がつく。
(先ほどの連絡から、女王がこの近くで待機しながら探偵を待っている。この2人が合流まで子供を索敵するとは思えない。なら、あながち……)
そう考えたのと、最後の鬼の目撃情報が出て来たのはほぼ同時だった。
「観客席にて四君子発見。仲間が捕まるところを目撃!」
「観客席にいる人は全員避難を! 1階に向かってください。そこからの行動は任せます!」
『了解です!』
女王と探偵が合流したとして、わざわざ1階に戻ってから捜索を始めるか。そう聞かれれば、答えはノーだ。
恐らく、最初に2階を探して次に1階を探しに行くだろう。
そうと分かっていながら1階に向かえと指示を出したのには、理由がある。
(3階のどの部屋に狙撃手が居るか分からない点。そして、ハイネスさんならもしかすると……)
もしかすると、3階のVIPルームに狙撃手を配置したのは、わざとかもしれない。
その考えに至ってしまうと、安易に3階へ向かえとは言えなかった。
彼女の事を過信しすぎかもしれないけれど、少なくとも自分ならどうするか。それを考えた結果だ。
相手がハイネスさんで、こちらの狙撃手が3階、もしくは2階のエレベーターやエスカレーター付近に生まれたとしたらどうするか。
もし自分の考えが正しいとすれば、確認しておかなければならない事が出来た。
今の僕達は無敵と瞬間移動の能力を持っているペアなので、女王と探偵が来たとしてもなんとかなる。
なら、最初の試練が出るまでは待機して、そこから行動を開始するべきだ。
晴也がそう考えたのは、ゲームが始まって10分とちょっとが経過した頃だった。
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やる気が、出ます( *´ `*)




