第276話 誤解の解き方とファンの真意
僕の人生初のお仕事が終わり数十分ほどが経つと、運営の公式SNSが僕のファンの人達で荒れ始めてしまった。
その内容としては大前提にネクラをあんな場に呼ぶなだとか、コミュ障なんだからもっと配慮してとか、あの女――たぶんネネさん――はネクラさんに相応しくないだの……なんか意味の分からない物も混じっていたけれど、大体は僕に対する批判なのでは無いだろうか。
僕が恐れていたのは、大きな炎上じゃなくとも無数に向けられる罵詈雑言であって、これが僕のSNSに直接届いていれば数日寝込むことは間違いなく、イベントも中止にしてもらったかもしれない。
僕はそれくらいメンタルが弱いし、批判されるというそれ自体に耐性が無い。
と、そんな時、僕の携帯にハイネスさんから電話がかかって来た。
大方お仕事お疲れさまでしたとかそんなことを言われるものと思っていた僕は、なんの警戒もせずにもしもしと電話に出る。
「あ、ネクラさんお疲れ様です。ちょっと良いですか?」
「はい、なんでしょうか?」
「多分公式のSNSを見てて不安に感じてらっしゃるんじゃないかなって思ったんです。軽めではありますけど、若干炎上気味なので」
「……」
この人、僕の部屋にカメラでもつけてるの?
僕、終わってからまだSNSすら更新してないし、なんならこの件について何にも言ってないんだけど……。
「一応ネクラさんのファンの代表として、その誤解は解いとかないとファンの子達が報われないかなって思って」
「……は、はぁ」
なんでそんな言葉が出てくるのかは分からないけれど、僕が一番分からないのは、なんでこの人が僕が公式のSNSを見て不安を感じてることが分かったかだ。
もちろんファンの人達が報われないと聞くと、なんだそれはと言いたくもなる。
でも、それだけだ。ハイネスさんがなんでこの事を知ったのかの方が何倍も気になるね。
でも、ハイネスさんはそんな僕の心の訴えを知ってか知らずか、その件については触れずに軽く炎上している公式のSNSに関しての解説を始めた。
多分、僕の内心を言い当てた件については一生話してくれないのではないだろうか。
「えっとですねぇ~、まずファンの子達が言ってる『もう二度とネクラさんをこういう場に呼ぶな』って事についてですけど、これって別にネクラさんが悪いとかじゃないんですよ」
「……そうなんですか?」
誰がどう見ても僕が仕事が出来てないか、コミュ障で上手く喋れてないので向いてないってことを言いたいのかと思ってた。
だから、これが公式の方じゃなくて僕の方に届いたら寝込むだろうなぁとか思ってたんだけど……違うの?
「違います違います。むしろネクラさんはそう言うところが良い……じゃなくて、ともかく公式にいい様に使われるのが嫌なんですよ。ネクラさんが自分から出させてくれとかいう訳ないってのはファンの子達も分かってるので、今回も告知がなされて2時間くらいは軽く燃えてたんですよ。あっという間に鎮火しましたし、ネクラさんは寝てたので知らないでしょうけど」
「そうなんですか!? それはなんというか……申し訳ないというか……」
確かにそんなの知らないと思ったけど数時間で鎮火されたのであれば、僕が寝ているとでもライが言っていればすぐさまその手の投稿は削除されるだろう。
僕が見れば絶対に責任を感じるだろうし、下手をすればイベントが無くなりかねないからね。
「今騒いでる人たちは、見てる感じミーハーな浅いファンの人達なので私が解説するまでも無いんですけど、ネクラさんはそんなこと分からないと思うので、一応……」
「み、ミーハーって……」
なんだろうね、ハイネスさんがいつもより怒っている気がする。
それも、今回の件とはまた別というか、そんなの関係なく怒っているような……
「次ですね。『ネクラさんはコミュ障なんだから遠慮しろとか配慮しろ』って奴。これ、私みたいなファンなら絶対言わないんですけど……多分、コミュ障のネクラさんに事前に知らせずコメントを貰おうとかするな。思いやりに欠けてるだろってのを言いたいのかと」
なぜか『私みたいな』という部分を強調しながらそう言ったハイネスさんは、続いて「自分達のような昔からのネクラファンなら、そういう所も好きなところなんだからそんなので怒ったりはしない」と熱弁してきた。
うん、それは良いんだけど、なんでそれを本人に熱弁するの? 僕恥ずかしいんですけど……。
それにさ、前までは自覚してなかったから別にそんなことは無かったんだけど、今はあなたの事を好きだって自覚してるわけですよ。それなのに、そんな恥ずかしいことを熱弁されるとなんかごめんってなるの、分かります?
いや、コミュ障云々は一朝一夕でどうにかなる物じゃないんだけどさ……。
「そ、そうですね。ごめんなさい、失念してました。ちょっと騒いでる子達があまりに分かってな……じゃなくて、浅はかだなって思ったので」
「今分かってないって言いました?」
「そんなことないですよっ!」
それ以上言うなという圧を電話の向こうから感じるのでそれ以上ツッコむのは止める。
最後はネネさんの件だろうけど……あの人が燃えている原因は僕にだってうっすらと理解できる。ファンの人達から怒られそうなことをずっと言ってたしね……。
「そうですよ! なんなんですかあの分かりやすいミーハー! ネクラさんの事好きなのは分かるんですけど、あまりにもコメントが浅いっていうか! 冗談でも食事に誘うとか意味わかんないんですけど!」
「……あ、あの……」
「私だってまだ正面切って誘うの恥ずかしいのに、あんなさりげなくというか自然にというか、なんでそんなにサラッと誘えるの!? 普通好きな人を食事に誘うとか緊張して然るべきじゃないですか!?」
うん、その気持ちはすっごく分かるんだけど、それを本人に聞かせるのは違うと思うんだ?
これ、いつもはライの役目なんじゃないだろうか。あの人は何をしているんだろうね、早くハイネスさんの暴走を止めてくれないかな……。
僕のそんな思いが伝わったのかは知らないけど、リビングにいるはずの春香からメッセージが届く。
ハイネスさんに気付かれないようにパソコンを操作してその文面を見てみると……
『多分そろそろハイネスから怒りの電話か、もしくは誤解を解くための電話が来るだろうけど、愚痴だった場合は大人しく聞いてあげて。それ、その子の素だから』
なんだ素って。これが素なんだったら別に愛らしいただのネクラファンってだけなんですけど……。
ていうか春香さん、君分かってたんならハイネスさんを止めて貰えませんかね……。
だが、当然ながら僕のその思いは届くはずもなく、濁流のように溢れてくるハイネスさんの愚痴をたっぷり1時間ほど聞かされることになった。
うん、あなたがどれだけ僕のことを理解してるのか分かったので、勘弁してもらえませんかね……。滅茶苦茶恥ずかしい……。




