表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
295/322

第272話 予言者誕生

 フランス予選決勝。序盤は意外と言うべきか、どちらの陣営にも大した動きは無かった。

 強いて言えば、大した動きは無かったという事はすなわち誰も捕まっていないという事なのだが、どちらも相手を捕まえようとしていないのか。そう言われると別にそうでは無い。


 Victoria側は準決勝と同じように定石を大事にしつつ、海底神殿を索敵していた。

 対するMA側は、指揮官への連絡をすることも無く、ただ呆然と携帯をイジってマップを確認しているのか、それともそれらしいことをしているフリなのか、鬼側のプレイヤーは一切動くことをしていない。


「えっと~……ネクラさん、これはどうなってるんでしょう? なんでMA側は鬼が動かないんですか?」


 実況のネネさんも困惑しているのか、その答えを出せそうな僕に言葉を投げてくる。


 もちろんこれに対する答えを持ち合わせてはいるんだけど、それを言ってしまうと良くない気がする。

 もちろん仕事なので解説出来る事は出来るんだけど、それを言ってしまって僕の実力の一端を少しでも相手の指揮官に掴ませて良い物か……。


 そう一瞬だけ考えたが、それを見越していたからなのか、そのタイミングで手元の携帯がブルっと震えた。

 そうですねぇとか適当な言葉で数秒時間を稼ぎつつ、視線を動かさずにチラッとその文面を見てみる。ハイネスさんから……らしい。


 それを見た瞬間、僕はうちの軍師さんからオッケーが出たので、この場では本気を出して解説する事に決めた。


 ここで僕がこの人達の“問い”に答えない事で、ネクラという存在を舐めてかかってくれるかもしれない。

 それを期待したんだけど、うちの軍師さんはそれは返って警戒を強めるだけになるから正直に罠に乗っておいた方が良いと結論を出したらしい。


「MA側が一切動かないのは、相手の動きを待ってるからっていう推測も出来ますが、僕個人的な意見を言うのなら……多分、試してるんですよ。この配信を見てる……正確には、僕や世界の有力な指揮官達を」

「試すですか? どういう意味です~?」

「鬼側で目立った動きが無ければ、自然と試合の視点移動はMAの子供側主体になりますよね? それを利用して、子供側が今後どうするのか当てて見ろ……みたいなことを言いたいんだと思います。携帯をいじってるのは、それっぽい動作をしてないと機器の不良で正常にプレイが出来ない状態にあるのだと運営側から心配されるから……ではないでしょうか」


 そう。この場合、鬼が動かないとするなら答えは一つ。

 この配信を見ているはずの、世界大会で戦う事になるだろう有力な指揮官達に挑戦しているのだ。俺達の作戦を見破れるか?と。


 それに合格できる人は自分達と戦う資格がある……とでも言うつもりだろうか。

 その真意は分からないけれど、この問いが、僕の答えを鈍らせていた原因だ。


「試合が始まる前、僕が言った事を覚えてますか? この試合、MA側は捨ててくる。正確に言えば、子供側は相手の出方を見るだろうって」

「言ってましたねぇ~。でも見る限り、子供側は相当アグレッシブに動いてますよね? ネクラさんの解説通りなら、両者の動きは五分五分だけど、命令が的確で素早いからまだ捕まっていないと」

「正確に言えば、MA側の指揮官は、Victoria側の指揮官相手にも試してるんですよ。自分達がこう動けば相手がどう動いてくるのか。その予測みたいなものを立てて、その予測と実際相手がしてくる行動を照らし合わせ、相手の事を研究してるんです。それだけで、相手の指揮官の癖みたいなものは大体分かるので」


 僕が戦う前にデータとしてまとめている事を、この人はデータじゃ信用できないから、前々から実践を通して傾向を掴んでいるんだろう。


 たとえばAという問いを投げかけたとしよう。

 それは指揮官の考え方やレベルによって答えが異なる問いで、その問いに対する結果がBなのかCなのか、それともまったく別のDなのか。それを実践の中で学んでいき、それを元に2戦目以降の作戦を組み立てるつもりだろう。


「AIとかが良い例ですかね。今時は珍しいですけど、例えば人と対話する形のAIは、最初にこういう問いをされたらこう返す。そうプログラムされ、それをベースに人との対話のバリエーションを増やしていきます。MA側の指揮官がやってるのは、実践を通して相手の考え方をインプットして、それに最適な指示をその都度出す……ってところですね」

「なるほど……? それをすることの利点って、何かありますか?」

「まず、僕はデータによってその全てを収集してから試合に挑みます。でも、これだと事前情報よりも相手が強かった場合に対する対処が利きにくいです。AIでも、プログラムされていない行動を相手が取れば変な答えが返ってきていた時代があったように、そんな状態になってしまいます。でも、実践の中で学習する事で、その齟齬がほとんど発生しません。デメリットは1戦目を確実に落としてしまうので、今後不測の事態が起こった時に巻き返しがちょっと難しくなっちゃうとこですね」


 1戦目を捨てるという判断をする事は英断としか言いようがない。


 今後の試合で勝ちを確実に積み上げるため、1戦目の2時間は相手の事を研究するだけに留める。そうする事で、次の試合から1戦目で学んだことを思う存分生かして戦う事が出来るので、勝率がグッと上がる。


 そして僕の予想が正しければ――


「この後、最初の試練が出たタイミングでMA側の鬼が動きますね。時間は十分与えたから、これで十分だろ……みたいなことを、鬼の誰かしらが示してくると思いますよ」

「そ、そんなことありますかねぇ? 世界大会の予選ですよ、これ?」

「ここまで徹底的に情報を隠し通しているチームですから、何をしてきても不思議じゃないです。僕が想像する限りだと……そうですね。数分で半分近くのプレイヤーが捕まるんじゃないかな」

「えぇ!?」


 僕がそう言うと、ちょうど戦いの画面がMAの子供から鬼側の視点へと切り替わった。

 そして、鬼の一人の携帯に映し出された文字は『je sais』つまり……フランス語で分かってるぞとか、分かってるみたいな意味だ。


「あ~……なるほど?」

「分かってるぞ……。どういう意味ですか?」

「ネネさん……そして配信をご覧になってる皆さんも。最近ちょっと話題になったカヲルってプレイヤーをご存じないですか?」

「あ~! あの人ですよね! MAってチームと同じで全然情報無いですよねー! その割にとんでもない強さを持ってるって聞いてます!」

「その人の強さの秘訣が、今から見られると思います。あれ、僕のサブ垢みたいなものなので」


 僕のフランス決勝解説が告知されたのが約3日ほど前。それだけの時間があれば、MA側のチームに僕の情報が伝わっていてもおかしくない。


 ここまで完璧に配信画面の移り変わりも計算していることから考えて、このメッセージは僕に向けられたものだろう。

 そして、鬼側のプレイヤーがこれを言って、僕らも戦った事のある海底神殿をわざわざ選択してきた意味。それは――


「え、え!? なんか、ネクラさんところの鬼チームと同じように、一瞬で数人が捕まりましたよ!? え、どうなってんの!?」

「飛翔って能力あるじゃないですか? あれって、実は空をフワフワ飛ぶだけの能力じゃなくて、超低空飛行で子供を捕まえることも出来るんですよ。肉眼では確認できないので、あれをやられると対処法を知らなければ避けられないんです。多分、今後修正が入るんじゃないかなぁ。ほら、トンボとかもたまに低空飛行してて、虫網で捕まえるとかあるじゃないですか? あれみたいな感じです。立場逆ですけど」


 この段階で分かった事が一つだけある。

 多分この試合、MA側は捨てるつもりなんてない。

 子供側は相手に問いを投げかけながら観察を続けるだろうけど、本当に見なければならないのは子供側ではなく鬼側だ。


 こちらが早々に決着をつけてしまえば、ポイント差で勝ちが決まる。

 つまり、子供側が勝とうが負けようが、どっちにしてもMA側が勝つことに変わりないのだ。


「なるほど。だから子供側は相手の動きを見つつ、鬼側はこっちを試すような事をしながらも、最初の試練までという時間制限を設けたんですね? それ以上になると、不測の事態でポイント差が広がらない可能性があるから!」

「そういう事ですね。補足ありがとうございます。世界大会に進んだ時のことを最大限考えてMA側はプレイしている……という事ですね。僕らはとりあえず日本予選を勝ち抜く事に全力を注いでましたけど、MAに限っては、勝つのは当たり前。大事なのはその先の世界大会だと考えてるって事です」


 決勝戦第一試合の結果は、やはりというべきかなんというかMA側の勝利で終わった。

 これは……かなりの強敵が出て来たね……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ