第268話 予行演習
有無を言わさぬハイネスさんの圧に屈して運営の人にオッケーの返事をして睡眠をとった翌日、事前にSNSで告知していた通り、フランス戦の決勝で解説をすることになったことを報告するための生放送を立ち上げていた時だった。
「……そっか、手毬さんは今日はいないのか」
いつも配信をする時は部屋の扉を開けて、そこから自然に手毬が入ってきて僕の膝の上に乗ってくるんだけど、今日はいないんだった。
今はリビングのソファで春香と一緒に韓国ドラマかニュース番組を見ているんだろう。ちょっと寂しいね。
でも、手毬がいないからといって生放送をしない訳にはいかないので待機画面でずっと流れているオープニングを配信開始の物に切り替える。
すると1分もしない間にいつもの生配信画面に切り替わり、僕のどこか冴えない顔が画面に映し出される。
「ど、どうも……。えっと~……ネクラです。今日はあの、手毬さんはお休みです」
そう言うと、瞬く間にコメント欄がどうも~!みたいなあいさつで埋まる。
流石に深夜の10時ちょっとすぎという事でおはようとかこんにちはみたいなあいさつは無いけど、こんばんは!みたいなあいさつが大半を占めている。
ついでに言うなら、手毬の事と僕の中を心配するコメントもチラホラ見受けられる。
心なしか元気がないって? そりゃそうでしょう。僕にとって手毬さんは……って、ここでムキになっても仕方がない。
それよりも、昨日は一日爆睡していたので説明が出来ていなかったけれど、早速本題に入る。
「えっと~、事前にSNSの方で告知もしたんですけど、明後日のフランス戦の決勝、僕が解説を担当する事になりました。あの……上手くできるか分かりませんけど、興味のある人は見に来てください……」
こう言っても、結局海外の決勝戦なので見に来ないという人は一定数居るだろう。
運営の人の狙いは、その、ただでさえ盛り上がりに欠けるだろう他国の決勝戦を、僕というカードを使って盛り上げる事だ。
僕にその役目が果たせるのかどうかは知らないけれど、やると言ったからにはきちんとやるつもりだ。
どの程度の事が出来るのかは僕にも分からないので、運営の人に許可を貰ってフランス戦の準決勝の映像をこの配信で流し、こんな感じでやるんだよーというのを、この配信を見に来ている600万人強の人に見てもらう……って、ちょっと待て。
「なんでこんなに人多いの!? いっつも半分くらいじゃない!?」
思わず声に出してしまった。
今日は土日でもなければ平日の……しかも結構遅い時間だ。
僕は数日寝なくても問題ない体質なので良いとして、この人達は明日も学校やら仕事やらあるのではないだろうか。こんな時間に起きてて大丈夫なのかね……。
『慌ててるの可愛いw』
『気付くの遅すぎで草』
『試合じゃ頭おかしいくらい強かったのにこういうとこは抜けてるのほんと草』
コメント欄では散々言われてるけど、ちょっと待て。頭おかしいくらい強かったってのはなんだ。僕はそんなことした覚えないんだけど……。
せいぜいが、相手の行動を先読みしすぎて4戦目に頭をパンクさせたことしか頭にない。
あんなことを世界大会でしていれば足元を掬われかねないので、今度何かしらの方法でもう少し頭の容量を増やさないといけないと思ってるのに……。
海外の人がプレイヤースキルでゴリ押ししてくるなら、勝てる可能性はこちらがプレイヤースキルを上げる事ではなく、そんな小手先の力だけではどうにもならない程の作戦を練り続けるしかない。
今から海外の人に追いつこうとすれば、それこそ日に16時間強のペースで練習しなきゃいけなくなるし……。
「あぁ……気が重い……。上手くできるかすっごく不安になって来た……」
いつもなら膝の上に手毬がいるので精神安定剤としての役目を果たしてくれるんだけど、今は誰もいない。
今改めてあの子の存在がどれだけ大きかったか思い知ってるところだ……。
ともかく、こんなみっともない姿をずっと見せている訳にはいかないので、さっさと配信画面を僕の情けない姿から動画配信サイトに転がっているフランス戦の準決勝の配信に切り替える。
一応僕の顔をワイプのようにして右上に表示しているけど、邪魔だと言われたらすぐにどかすので遠慮なく言ってほしいと念入りに言っておく。
「じゃあ始めますね……?」
そう言って動画を再生し、試合が始まる前のマップ選択画面のところへ移動する。
ここで、各チームのリーダーが選択したマップが画面に表示され、ランダムな人の視点から試合が流れていく。
ただ、ずっとこのまま垂れ流しているとゲーム内時間では2時間だけど、現実世界では30分程度故の齟齬が発生するので、各所で視点を切り替えてその時間の流れを不自然に感じさせないように調整しているらしい。どうやってるのかは、僕にも分からない。
ともかく、1試合がちょうど30分になっているけど、確保状況とかは画面に表示されるし、大抵の場合鬼か子供の視点で確保の瞬間は配信上に乗るので問題はない。
僕がするべき仕事は、その時鬼や子供が考えていることをそのまま口にして、分かりやすく翻訳する事……だと思う。多分ね。
「あ、えっと……フランス語が読めない方もいると思うので、随所僕が解説していきますね。1戦目は幽霊病院っぽいですね。で、対戦チームは去年の世界大会王者の『Victoria』と『eapoir』つまり、勝利と希望って意味の2チームですかね……? いや、ほんとにその意味で名付けたかどうかは分かんないですけど……」
両方のチームの詳細は、一応配信の前に軽く調べておいた。
各選手の名前はフランス語名なのでちょっとややこしかったけど、別に読めない名前ではないので僕なりに分かりやすいように無理やりカタカナに変換してみた。
もちろん運営さんもこの手法は「ネクラさんがやりやすく、視聴者の方にも分かりやすければ問題ない」とお墨付きをもらっている。
「Victoria側の指揮官って、分かりやすく言えばデータに基づいた戦い方をするんですよ。良くも悪くも定石通りというか、基本に忠実って感じですね。で、対するeapoirの方は結構奇抜な戦い方をしますね。例えるならギャンブル的な感じです。当たれば強いけど、看破されたりハマらなければ負けますよ見たいな。ほら、ちょうど有名なギャンブル漫画にこういう名前の船出て来たじゃないですか。あの感じですね」
どっちと戦うのが嫌なのか。そう問われれば、僕は迷いなくeapoirの方だと答える。
無論作戦それ自体を読むのは凄く簡単なんだけど、仮に読み違えでもしたらそれだけで勝負が決まりかねない。そんな相手とは極力戦いたくないのだ。
一方のVictoria側はと言えば――
「序盤の4人しか捕まっておらず、まだ試練も出てないのに2階へほとんどの人を集める理由は、多分相手の出方を伺ってるんですよね。相手がどう動いてくるのか、それを見極めてから他の人達を各階に配置したいんだと思います。状況によって最適な作戦を考えられる良い手段ですけど、定石通りならVictoria側は階段を塞いでジリジリ追い詰めて行けば良いだけです。なのでこの場合eapoir側の子供が取るべき選択は、今すぐ瞬間移動と無敵持ってる人を別の階へ移動させる事なんですけど……」
僕が場面の移り変わりに間に合うように、それでいてムリなく聞き取れるギリギリの言葉と速さでそう紡ぐと、ちょうど指揮官から指令が出たのか、eapoirの子供が一か所に集まりだし、中央の階段から一斉に下の階と上の階へ行き始めた。
「この行動を取るって事は、eapoirの指揮官はマップの端にある2つの階段に鬼が集中している事に賭けたんでしょうね。さっき言ったように、このチームの指揮官はギャンブル要素の強い命令を出す傾向にあるので、真ん中の階段に鬼が居なければ一気に状況を有利に進められるって利点がありますね。それでいて、鬼側から見ればどの階に子供がどの程度散らばったのか分からなくなるというメリットもあります」
ただ、Victoria側の指揮官も、さっき言った通り良くも悪くも定石を大事にする。
子供がワンフロアに集まっている事が分かっているだろう今の状況に置いての定石は、僕がさっき言ったように全ての階段に鬼を設置して相手を追い詰める方法だ。
つまり、中央の階段には、鬼が少なくとも1人はいるということ。
そして、マップにある階段が3つであることを考えると、余った1人も中央にいるのではないだろうか。
その人が2階を探す役目を担っているとすれば、中央から索敵した方が早く相手の人数を減らせるし、他のフロアに逃亡される危険も分散できる。
「ですよね。Victoria側の指揮官の考え方だと、中央の階段に2人の鬼がいるはずなので、もちろん全員確保とはなりませんけど、大量確保と子供の作戦が全て露呈してしまった形になります。この後の展開はまたゆっくり作っていけばいいです。まだ最初の試練が始まってないのに、既に10人ちょっと確保されてるので焦る必要はありませんからね」
そんな調子で随所解説を挟みつつ、所々先を読んでこの後はどうなるかという選択肢を複数提示しておく。そうする事で、配信を見ている人も『こっちとこっちの選択肢ならこっちを選ぶだろうな』という考える時間が出来るはずだ。少なくとも退屈はしないだろう。
ずっとベラベラ話しているので邪魔かなとも思ったけど、コメント欄を見ている限りだと不満は漏れていないようだ。
授業とかが退屈で眠くなってしまうのは、教壇に立った先生が一人で教科書相手にベラベラ話しているからだ。
こっちに考える時間を与えずずっと話しているから退屈で眠気が襲っているのであって、定期的に生徒側へ何かをする時間を与えてあげればそんな事は滅多に起きない。
少なくとも、僕はそう思っている。
「ふわぁ……。これ、意外と疲れますね。まだ1戦目なのに結構喋った気がします……。ちょっと飲み物持ってくるので、一瞬待っててくださいね」
そう言って一瞬離席したら、その瞬間コメント欄が待ってましたとばかりに感想を濁流のように流していく。
僕がその、現場の声というか視聴者の人の声を知るのは翌日アーカイブを確認してからだった。
『分かりやすすぎて草』
『これ見るだけで指揮官としてやっていけるようになりそうなの意味わからん』
『いつもこんな感じの景色見てるんなら、そりゃ勝てるわな』




