第263話 恋する少女の真なる失恋
お兄ちゃんに出て行ってほしいと言われ、適当に近所で時間を潰した後家に帰ると、そこには衝撃の光景が広がっていた。
ハイネスがお兄ちゃんに膝枕されながら可愛く寝息を立てていたのだ。それも、リビングのソファで……。
出来る限り平静を装いつつ、なんでお前は室内なのにジャケットを着ているんだとツッコミそうになったけど、ハイネスを起こすわけにはいかなかったのでグッと堪える。
そして、なぜか困り顔のお兄ちゃんを見て無性にイラっと来るのはなぜだろうか。やっぱり、本質的に私はこの人が嫌いなのではなかろうか……。
「お、おかえり……」
「……ただいま。で? どうだったの?」
「……どうだったの、とは」
いや分かるよ。ハイネスが幸せそうにぐうぐう寝ているのは、この子の最近の不安が全て解決したんだろうなって事くらいは。
でもさ、その不安を生み出したのはどこのどいつで、私のハイネスと付き合っておきながらイチャイチャもせず、ろくなデートもせず、数か月単位で放置してたのはこの人なんだよ? それで今更気持ち伝えてハッピーエンドって……なんなの?って言いたくなる私の気持ちも、理解してほしい。
そりゃ、心の中ではハイネスが不安な時に寄り添ってあげて、もしもお兄ちゃんと別れるような事があればどさくさに紛れて奪っちゃおうとか考えてたよ。それの何が悪いのさ!
舞ちゃんだって裏では私に色々お兄ちゃんとハイネスの状況を報告してほしいって言ってきてる面から考えてお兄ちゃんの事を諦めてないんだし、それくらい期待したっていいでしょ?
「どこまで行ったの?」
「……はい?」
「キスくらいした?」
「するわけないでしょ……。ていうか、そこまでの勇気が僕にあるとお思いですかね?」
ないな。そう思ったからこそ、私はハイネスにあんなことを提案したのだから。
わざわざ敵に塩を送ったというかなんというか……まぁ、ハイネスが幸せなら極論良いし、私には私の人生がある。そこに無理やりハイネスをねじ込むのは、流石にやりすぎだ。
お兄ちゃんはヘタレだし、いざとなったら役に立たないし、自分の気持ちを自覚するのに何か月もかかるバカであほな人なのでハイネスを幸せにできるかと言われると分からない。
でも、ここで私が暴れたとしてもどうすることも出来ないし、ハイネスを傷付ける事になりかねない。
ハイネスがお兄ちゃんと付き合っているから、最近お兄ちゃんに手を挙げずに自制出来てるって側面もあるしね。
私からしてみれば遅いし、私がハイネスの立場なら準決勝が終わった辺りで見切りをつけて「私の事嫌いだった? ごめんね」とか言って切り捨てる。
それをしなかった……というか、ハイネスのネクラ愛とお兄ちゃんへの愛を知っている私からすれば、そんなことはしないと分かっていた。
それでも2人が別れる事を期待したのは……
(私、本気でこの子のこと好きだったんだ……)
むにゃむにゃと可愛らしく、そしてとても幸せそうに眠っている少女を見つめ、私は深々と思う。
そりゃ最近自覚して失恋したばかりだったけど、わずかな可能性に賭けて日々気付かれない程度に、そして自然な感じでアピールはしていた。
それでも、この子にとっては私は見向きもしない相手だった……というか、お兄ちゃんしか視界に映ってなかったという事だ。
多分だけど、この先2人が別れるなんて事態にはならないだろう。
2人は温厚な性格なので喧嘩は滅多に起きないだろうし、起きたとしてもそれは大抵の場合お兄ちゃんのせいで起きているだろうから、お兄ちゃんがすぐに謝るだろうからね。
愛情云々に関しても、お互いがお互いの事をしっかり理解しているからこそ、そんなものは言葉にせずとも分かり切っているはずだ。まぁ、分かってなかったから今回の事態が起こったとも言えるけど、今後はこんな事態は早々起きないし、起きたとしてもお兄ちゃんがなんとかするだろう。
性格が合わないとか、会う頻度が……みたいな根本的な問題は気にする2人では無いし、ハイネスは多分、近いうちにお兄ちゃんを罠に嵌めるかなにかして隣の部屋へ引っ越してくるだろう。
もしかしたら普通に許可を取るかもしれないけど、ヘタレなお兄ちゃんが許可するはずがないので、多分罠に嵌めるか黙って完工するはずだ。
(……考え方がお兄ちゃんに似て来たな。やだやだ)
わずかに首を振りつつ、私は部屋着に着替えるために自室へと戻り、そのままラフな格好へと着替えると猫部屋へと直行する。
その住人をリビングへと連れて行くと、お兄ちゃんが分かりやすいくらいビクッと肩を震わせた。
「はい、後はうちのボスへの報告、頑張って」
「……」
私に出来る復讐というか、仕返しはこのくらいだ。
私の……いや、私の“親友”であるハイネスを不安にさせたバツとして、手毬に嫌われるなり怒られるなりすればいいのだ。それで、私の怒りは分かるだろう。
「じゃ、私は疲れたから寝るから」
「いや、あの手毬さん……これは違うんですよ。ね、だからその……これから僕とハイネスさん一緒に仲良くしてくれたらなぁって思うんですよね……?」
どうやら私の話を聞いている余裕はないほど慌てているらしい。
そりゃそうだろうね。お兄ちゃんにとってあの子はこの家での癒しであり、唯一の理解者と言ってもいい。その愛情はハイネスに向けるそれとほぼ同等の物だろう。
それを理解しているからこそ、手毬はその隣を誰にも渡すまいとしていたんだろうし、それを邪魔するハイネスを毛嫌いしていた……と、私は考えている。
一応SNSでの報告は済ませているみたいだし、お礼のリプに関しても数件返していたところを見ると日本予選優勝の件での対応は終わらせているのだろう。
チームメイトからは少し寝ろと心配されていたし、その件に関しては私もまったく同意見だ。
でも――
(ま、今日くらいは良いか)
そう。今日くらいはゆっくり怒られるが良いよ。どうせ来週には販売イベントがあるから余計に手毬に嫌われる可能性があるんだしね……。
と、またゲーム中のお兄ちゃんみたく先々を見通して計画を立てている事に気付いた私は、大きくため息を吐きながら自室の扉を閉めた。




