幕間 ただの不器用な男の物語
思えば僕は、ただの一度も人を好きになった事が無いと言いながら好意を向けられる回数はかなり多かった。
なんで僕なんかを……みたいに言う事は簡単だけど、そう言ってしまうと僕の事を慕ってくれるファンの人達の事まで否定する事になるのではないか。そう思い始めたのは、実を言うとここ最近だった。
ハイネスさんから、舞さんから直に好意をぶつけられてから、事あるごとに考えるようになった。
もちろんそれを態度に出さないよう、あくまで僕自身は今まで通り振る舞っていたけれど、それで悩むという事もかなり頻繁にあった。
しかしながら、途中でポイっと投げだして良いようなことではないので真剣に考えたのだ。
いや、まぁ真剣に考えた結果ハイネスさんと付き合う事になったんだけど、その時の答えも「僕は好きじゃないけど、傍にはいてほしいので付き合ってください」みたいな最悪な物だったと僕は思っている。
(あ~……なんで今こんなこと考えてるんだろ)
僕は、最後まで外国の夢の国への旅行券とお手製のぬいぐるみを迷いつつ、準決勝の相手についてのデータを纏めていた。
その休憩時間、いつもならSNSを巡回したり、眼精疲労を抑えるために目を閉じて音楽を聞いたりするんだけど、今はまったく別の事をしていた。
データを纏める準備をしつつ、ぬいぐるみの作り方をネットで検索し、あらかじめ揃えておいた道具を使って、慣れないなりに懸命に製作に取り組んでいたのだ。
幸いにもハイネスさんのアバター画像は大会動画なんかを探せばいくらでも見つかったので、その中から一番可愛く映っている物をスクショして見本にしている。
春香に頼めばその手の物はいくらでも手に入るだろうけど、どこから情報が洩れるか分からないのでこの件については一人で遂行しようと決めている。
今使っている針やらなにやらの道具は、僕の部屋に隠していると見つかる危険性が高いので、最近春香も立ち寄る頻度が下がっている猫部屋へと置いておくことにしている。
ご飯がある場所の近くに置いておかなければ、間違えて手毬が見つけて怪我をするなんて事も無いだろうしね。
「それにしても……毎夜のおやすみなさいとおはようが、普通に恋人同士のやり取りだったとはねぇ……。普通に寝ろとか起きろとかの圧かと思ってた……」
割と本気でそう思っていた僕としては、毎朝毎晩ハイネスさんから送られてくるそれに若干怯えつつ、割と本気で規則正しい生活をしてみようかとも思った物だ。
しかしながら、抱えている作業が膨大すぎて睡眠なんてしていると時間が足りなくなる恐れがあったために僅か2日でその心意気は断念された。
謝ろうか……みたいに思ったけれど、よくよく考えたらハイネスさんがこんなに圧のこもったメッセージなんて送ってこないだろうと思い直したのだ。
そうすると、なんでこんなことを送ってきているのか。それが気になり、ネットで調べるとごく一般的なカップルの始まりと終わりの挨拶だと知ってびっくりしたね。
いや、自分がどれだけ世間を知らなかったのかよく分かったよ。うん、ほんとに……。
そう考えると、不思議とハイネスさんとの話しやすさもだいぶ緩和され、今では緊張することなく雑談程度なら交わせるようになった。まぁ、付き合ってからなにか変わったかどうかについては……うん、あんまり変わってない気もするけど。
いや、基本的に僕もハイネスさんもお互いへの愛情表現……というか、そういうのは全くしないタイプなのでそれはそれで良いのかもしれないけどさ!
(……まぁ、僕も答えを出さないといけないよなぁ)
いくらなんでも、僕は好きじゃないけど付き合います的なニュアンスにも取れる返事をしたままで良いなんて思っていない。そんなのはハイネスさんに対する侮辱に等しい。
かと言って、好きでもないのに好きだというのもそれはそれで違うので、僕が答えを出そうと思っているのは自分の本心からの想いをそのまま口にしようという事だ。
未だに好きかどうかは分かんないし、僕の知識の源である海外の論文なんかでも、恋がどうの……みたいな記事には非常にバラつきがあって参考にならない。なので、ここは僕が一番納得がいった記事の内容を参考に……みたいないつもの手法は取らない。
結局僕がどう感じているのか。
それを一番よく知っているのは他ならぬ僕自身だし、自分の気持ちくらいはっきりさせておかないと、いつまでもハイネスさんが不安になるかもしれない。そんな事は、絶対にさせてはならない。
前に春香からも言われたけれど、舞さんを相手にする時とハイネスさんを相手にする時で、僕の態度には明確に差がある気がする。
その大部分に関して、僕は特に気にした事は無かったけれど、前々からその問題については言われていた事だ。
実際、舞さんに告白されてもなんとも思わなかったし、微塵も付き合うなんて選択肢は湧いてこなかった。
もちろん傍にいてほしいと言うのはそうだけど、それはお世話になってるとか戦力的に……みたいな、打算的な意味合いが強い気がする。
明らかにハイネスさんのそれとテイストというかベクトルというか……方向性が違う。
今思えば、それこそが答えだったのかもしれない。
ハイネスさんは他の人と違って話しやすいし、話していて楽しいし、僕が特別気を遣う必要もない。
時々怖いと感じる時もあるけれど、それは基本僕が悪いことが大半で、それも大抵心配だったり迷惑をかけている事がほとんどなので理由にはならない。
一緒に居て楽だとか、ずっと傍にいてほしいだとか、難しい言葉で語る必要のないくらい簡単な事だし、僕自身の答えは僕が気付こうとしていなかっただけで前から出ていたのだ。
多分この気持ちを伝えられるのは、日本予選の決着が着いて改めてハイネスさんが家に来た時になるだろうけど……その時までには、必ずこのぬいぐるみと伝える言葉を考えておかなければ。
忙しいとか、そんなのは理由にならない。いや、してはいけないと思う。
ハイネスさんは今までずっとこんな僕の傍にいてくれたんだから、今回くらいは筋を通す……とはちょっと違うかもだけど、しっかりしなければ。
逆に言えば、多分ずっと尻に敷かれて迷惑をかけっぱなしになると思うので、今回くらいはきちんとしたいのだ。
――日本予選終了後
優勝できたという歓喜の気持ちは、ハイネスさんから電話がかかってきた瞬間に、微かに残っていたそれもまとめて吹き飛んでしまった。
いや、まぁなんとなくそんな気はしてたし、僕の生まれ持った運はハイネスさんやマイさん、チームのみんなの人が僕に協力してくれていた時点で尽きていたのかもしれない。
だが、僕は事前の準備はしっかりやった。
春香には普通にバレていたらしいが、ハイネスさん本人にはバレていない事を祈ろう。それくらいの運は、残っておいてほしい物だ。
お風呂から出て急いで着替えた僕は、気を利かせて家から出て行く春香を見送りつつ、ハイネスさんを待った。
数分の時間を空ける事もなく家に来た時は心臓が口から飛び出るかと思ったけれど、僕の本当の戦いはこれからだ。
後もう一息だけ、頑張ろう。




