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第259話 全てが終わった、その先に

「だぁぁぁぁ……疲れた……」


 日本予選の決勝戦が終わり、MVPインタビューと称した拷問も終わらせ現実世界へと帰還した僕は、ベッドの上で特大のため息を吐いていた。

 いや、優勝したことそれ自体はもちろん嬉しいんだけど、まだ現実味が無いというか、それどころじゃない疲労感のせいで素直に喜べないというか……。


「祝勝会は後日ってのが通って良かった……」


 今回は鬼側のMVPとしてマイさんも呼ばれたインタビューでは、もちろん賞金の使い道や世界大会に向けての意気込みも聞かれた。


 しかしながら、僕は疲れすぎていてまともに答えられなかった気がする。多分だけど、今頃SNSではそんな僕の情けない姿が面白おかしく加工されて拡散されている事だろう。


 だけど、そんなのを良いかと流せるくらいには、僕の心は平穏を保っていた。

 なぜなら、大会なんかで優勝した時にほとんど必ずと言って良いほど行われる祝勝会が、僕の疲れを心配したチームの人達によって数日後に延期になったのだ。

 曰く『どうせろくに寝てないんだろうからちゃんと寝ろ』との事だ。特にハイネスさんとミミミさんがもの凄い怖い顔をして言ってきた。まぁ、その通りなので何も言えないんだけども……。


「手毬さぁぁん、一緒にねよぉ……」


 まるでゾンビ映画に出てくる死にかけのゾンビのようにヨロヨロと立ち上がってリビングに起き上がってくると、先に休んでいた春香がテレビのニュースをしたり顔で見ながら出迎えてくれた。


 こんなにこやかな顔をしている間は僕に危害が及ばないと思うので僕の精神も平穏を保っていられるんだけど、これがいつまで続くか見ものだね……。少なくとも、これからまだ一仕事あるんだよね~とか言って、ハイネスさんにそれが知られれば気絶させてでも眠らせてくるのではないだろうか。


「……お疲れ。ちょうどインタビューの映像流れてるけど、見る?」

「誰が自分の黒歴史を見たいと思うの? いくら子供みたいなアバターだからって、マイさんに抱きかかえられながらインタビュー受けた映像なんて見たくもないね」

「あの子は喜んでたけどね」


 知らんそんなの。ていうか、あの人は僕の大ファンなんだからそりゃそうだろうね!みたいな感想しか出てこない。

 女の子のファンの人達が発狂しそうだけど大丈夫なのかとか、そこら辺を考える頭すら、画面の中でアワアワしている僕には残っていなかったらしい。


「あ、ほら噂をすれば。文句でも言いたいんじゃない?」

「……」


 春香が右手を上げながらわざとらしく「お~怖い」とか笑っているのは、僕がズボンのポケットに入れていたスマホがけたたましく振動し始めたからだ。

 画面を見なくとも、電話をかけてきた相手が分かるってのは凄いね。滅茶苦茶に怒られそうだから出たくないんですけども……。


「はい、もしもし……」

「ネクラさん~。今からお家に伺いますね!」

「え……。いや、あの僕これから寝ようかなぁって――」

「伺いますね!」


 有無を言わさず通話を終了したその人に春香に似た恐怖を感じてガクッと肩を落とす。


 いやまぁ僕もハイネスさんに用があったのでそれは良いんだけど……ここまで怒ってる人相手に想いを伝えるって割と試練じゃない?

 もうさ、いっそのこと言葉にするってよりは百人一首の『しのぶれど』とかをメッセージで送る方が良いのではないだろうか。いや、伝えたい事と歌の意味ははちょっと違うけども……。


「ねぇ春香さん……ちょっと聞きたいんですが……」

「なに? 言い訳の仕方とかあの子の慰め方とかなら私は教える気ないけど?」

「いや、そういうんじゃなくて……。百人一首のしのぶれどって知ってる?」

「……知ってるけど?」


 何を当たり前のことを……みたいな顔をして首をひねった春香に、続いてその意味を知っているか尋ねる。

 僕が記憶している限り、その歌は『隠しても隠し切れない恋の歌』とかだったような気がする。


「へぇ~。それがなに?」

「それをラブレター代わりに貰ったとしたらどう思う?」

「はぁ? 昭和じゃないんだし、てかそもそも百人一首って何時代? てか純粋に、告白に百人一首使うとかキモすぎて無理。昔なら良いかもしんないけど、今何時代って話。今ひょっとこみたいなやつ見ても別に綺麗とか思わないでしょ? それと同じで、時代にあったことしろって感じ」

「デスヨネー」


 いや、もちろん知ってたよ? 知ってたけど……何もそこまでボロクソに言う事は無いんじゃないかな。

 そんな、親の仇かなにか見たくボコボコにする事無いと思うんだ?


 この歌を詠んだ平兼盛さんだって、数百年後にこんなにボロクソに言われるとは思っていなかっただろう。


「だから、時代を考えろって言ってんの。平安中期とかそこら辺でしょ、その歌が詠まれたの!」

「あっはい……」


 僕の感性が平安時代に置き去りにされている事が分かったところで……春香の大声で目覚めたのか、猫部屋から愛しの手毬さんの鳴き声が聞こえてくる。


 だけど……ごめん。僕はこれから試練があるから、君とは遊べないんだ……。

 ハイネスさんが家に来るまでにお風呂に入って人前に出ても恥ずかしくない格好に着替えなければ……。


「私、出掛けた方が良いならそうするけど?」

「……え、なに。これからすること察してるの?」

「お兄ちゃん分かりやすいもん。隠すの手伝ったんだから感謝してくれる? ていうか、手毬の部屋にあんなもの置いとかないでくれる?」

「…………すみません。はい、あの……できれば出て行ってもらえると助かります……」


 僕、二度と春香に逆らえないのではないだろうか。そう思っても仕方のない上下関係が、そこにはあった。

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