第25話 完敗
丘の上にある一際大きな縄文杉、その根元に寝そべりながらライフルを構えていた狙撃手――ケイは、事が起こった直後、分かりやすくうなだれ、体勢を上げて大きなため息をついた。
先ほど、まんまとネクラの罠にハマり、自らの能力である無敵を失ったのだ。
もちろんスコープ越しに彼の姿は見えていたけれど、焦っていたのか己の射程を見誤ったのだ。
普段の自分なら絶対にしないようなミス。それも、これは録画されて後に動画サイトにアップされる。……最悪だ。
(とりあえず、報告だ。動揺するな……。まだ開始して20分しか経ってない。これから巻き返しはできるはずだ……)
自分にはとてもそんな策は思い浮かばないけれど、自分達の優秀すぎる指揮官ならば、何か妙案を思いついてくれるかもしれない。
なにより、ここで自分が動揺してしまうと、この後の狙撃にも影響が出る。それで仲間の足を引っ張るのは嫌なのだ。
「ハイネス。すまない。ネクラにやられた」
「……具体的にどんな事をされたのか、簡潔に説明してください」
「無敵を使わされて、居場所まで割られた」
「……では、その場所に潜み、射程内に子供が来た場合でも、1時間はスルーしてください。居場所の連絡も必要ありません。残り時間が1時間を切ったあたりから動き出してください」
「……移動しないのか?」
てっきり、ここから1番近い狙撃ポイントか、反対に1番遠い狙撃ポイントまで移動しろと言われると思っていたケイは、少しばかり動揺した。
しかも、射程内に入って来た子供をスルーして構わないと言う。仲間への連絡も不要と。全く意味が分からない。
「ケイには一旦、この戦場から消えてもらう。狙撃手は位置を絞られなければ強力。だから、残り1時間でそのエリアが安全だと錯覚してやって来た子供を仕留めて欲しい。ケイなら、射程内に入った子供全部を仕留められると、私は確信してる」
「……信頼はありがたいがな。俺が動くまでの40分、3人で動く事になるぞ?」
「問題ない。ネクラさんが使途の有効的な使い方を知っていればかなり厳しくなりますが、私のオリジナルなので流石に無いでしょう。であれば、3人でも十分対応可能です」
「……そうか。そこまで自信たっぷりに言われたら、俺は信じるしかないな」
電話越しにハイネスの嬉しそうな声が聞こえてくる。
もう一度ヘマをした事を謝り、電話を切る。
それから指示通り、縄文杉の陰に隠れ、子供の視界に入らないようにする。
でかいライフルは葉で隠し、後はゲームの残り時間が1時間を切るまで待機だ。
相変わらず、自分の指揮官は予想もつかないような事を考える。
それに比べると、先ほどのネクラの行動はややお粗末と言えた。
恐らく、俺に幻影を使っている子供が近くにいると思わせ、そいつに無敵を使わせようとしたのだ。
しかし、焦っていたのか足跡まで気が回らなかったらしい。
幻影を使うと足跡まで消えるので、彼が石か何かを投げたのは理解できる。
しかし、俺を甘く見すぎなのだ。スコープの端に小さな足跡が見えたのを、俺は見逃さなかった。
ネクラ本人の姿は見え無かったけれど、狙撃手の弾はたとえ足に当たろうが、ヒットすれば確保判定になる。
なので、足跡が途切れている部分を狙ったのだが……
(俺も、ネクラ相手に焦っていた……。ということか)
あんな危険な作戦を、ネクラが仲間に命じてする訳が無い。
それに、幻影を使っていないにも関わらず姿が見えないのは、相手がそれだけ上手いプレイヤーという事だ。
狙撃手の射程を完璧に把握し、それでいてこちらの位置を正確に読み切っていなければ出来ない芸当だ。
(やっぱり、あの人とは戦いたく無いな……。自信無くすわ……)
ケイがそう憂鬱に思ったのは、ちょうど子供側に試練が発令されたタイミングだった。
――ネクラ視点
第一の試練の難易度は9だった。内容は「鬼を一度目視しろ」という物。
試練の内容をチャットで共有し、同時に強制試練が発令されていないかを確かめる。
どうやら、強制試練に関してはまだ出ていないみたいだ。
「私はスルーします。恐らく、狙撃手が位置を変えてくるので警戒を」
『了解しました!』
残りの子供の数は17人。狙撃手に捕まった最初の1人と、他に2人しか捕まっておらず、初動はあまり良くなかったが、最初の試練発令までに3人しか捕まっていないのは僥倖だった。
まだ使途を連れて来ている意味は分からないけれど、あんな変なキャラを使うのは、恐らくハイネスさんだろう。何をしてくるのか全く予想が付かない。
(使途と魔女か……。探偵と女王の組み合わせを捨ててまでこのペアを持ってきたってことは、この2人が何かしてくると考えるのが自然だよね……)
魔女というキャラは、使途と同じで通常の特殊能力が使えなく、鬼本体では子供を捕まえることが出来ない特殊なキャラだ。
魔女の使い魔とされている黒い猫を3匹まで召喚することができ、その猫で子供を捕まえるのだ。
使途と違うのは、それぞれの猫と視界が共有でき、考えを伝えられるという点か。
自動追跡の使途と、3匹の猫を同時に操る技術が必要な魔女。どちらもその使いづらさから、一般的には弱いとされている鬼達だ。
(変な事してくるって……それはそっちも同じじゃないですか……)
ハイネスにこの間言われた事を思い出し、思わず苦笑する晴也だったが、試練が発令されて5分、途端に子供の確保情報が数件舞い込んできた。
5分の間に誰かが捕まる事は別に異常ではない。
しかし、たった5分の間に7人も捕まったとなれば、それは異常な事へと昇華するのだ。
咄嗟に目に入ったマチルダの番号に電話をかける。
すると、電話に出たマチルダはやけに焦っており、息を切らして走っている様子だった。
「ど、どうしたんですか!?」
「分かりません! ただ、3人で行動していた内の2人が、一瞬で確保されたんです! 今、森の中を走っているんですけど、鬼の姿がぁ!?」
そのマチルダの断末魔を最後に、通話は終了となった。
確保された子供とは電話もチャットもできない。つまり、マチルダが確保されたという事だ。
今マチルダは、仲間2人が一瞬で確保されたと言った。
誰と行動していたのかは分からないが、生き残った彼が鬼の正体を伝えて来なかったという事は、鬼の姿を見なかったという事だ。
つまり……使途か魔女の使い魔に確保されたと考えるのが自然だ。
しかし、こんなに一斉に捕まるのはいくらなんでも……。
「ネクラさん! 何が起こっているんですか!? 何でこんな急に!?」
「私も事態を把握できていません。とりあえず、固まっている方は皆さん離れて行動してください!」
『分かりました!』
ネクラも、速やかに木の上から地面へと降り、そのまま海岸の方へ向けて一直線に走りだす。
仮に使途か魔女の使い魔にやられたとしたなら、森の中では姿が見えにくい。
なら、隠れる場所がどこにもない砂浜なら、無敵を使う事になったとしても相手の姿は見えるはずだ。
無敵を使わされたとしても、何が起こっているか分からない現状を打開出来るなら安いものだ。
そう思っての行動だったのに……。
(よりによって唯一のはずれ引くか……)
晴也が辿り着いた浜辺には、退屈そうに座っていた女王が居たのだ。
普段は華麗で素敵な赤いドレスも、今は砂で汚れてしまっている。
恐らく、今起こっている惨劇に女王と狙撃手は関係無い。
複数捕まっている中には当然女王が捕まえた人も入っているだろうが、少なくともマチルダを捕まえたのは女王では無いだろう。
それであれば、ここで女王に確保され無敵を使わせられるのは、晴也にとっては最悪の展開だと言えた。
ここに来るまでの数分の間に5人が捕まっており、残りはあっという間に5人となっていた。
早いところ対策を練らなければ、早々に負けてしまう。
「ハイネスの言う通り。ここで待っていて正解でしたね。こんにちはネクラさん」
「……私を待っていたと?」
「ハイネスは、今の状況を判断するためにあなたが海岸に来るだろうと的中させていましたよ。それが、縄文杉から1番近いここだという事も、ピンポイントでね」
「……誘導されていたという事ですか」
「そういう事です。無敵を使わせるのが私の目的ですので、大人しく捕まっていただけませんか?」
その整った顔で微笑みかけてくる女王に、晴也は自分の完敗だと肩を落とし女王から放たれた攻撃を受け入れた。
そして、無敵が発動し森の中へ生まれ変わった晴也は、数分後に仲間が全滅したと報告を受け、相手の指揮官に向けて流石だと心の中で称賛を贈った。
結局、晴也はこの試合中に何が行われたのか一切分からず、鬼側の観戦へと向かった。
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