第252話 敗北
決勝戦第2試合で何もさせてもらえず敗北した僕ら子供側は、控室に戻ってくると同じく沈んでいた鬼側の面々を見て全てを悟った。改めて言う必要も無いだろうから結果だけ確認し、1勝1敗になってしまった事をうーんと唸る。
まず今回なんでこんなことになったのか。それは、相手の適用が思った以上に早かったからに他ならない。
どういうことか。分かりやすく言うなれば、相手の指揮官であるクロキツネさんか、もしくはソマリさんの適応が早かったのだ。
いや、他にも子供の指揮官はいたはずだけど、基本はこの2人が軸になっているはずなのでこの2人で考える。
そして、この2人の内どちらか――恐らくソマリさん――が、僕が思っていた以上の指揮官だったという事だ。
僕やハイネスさんが得意としている事象が、相手の行動を先読みしてその都度最適解の行動や選択を瞬時に行える事だとしよう。
そして、当然指揮官それぞれにとって強みという物が違うように、ソマリさんのそれは恐らく“早すぎる相手への適応”なんだと思う。
僕が、ハイネスさんと意見が一致したという理由だけでソマリさんの限界を決めつけていたけれど、彼女はそれ以上の存在だったという事だ。
いや、それは正しくないな……。
僕やハイネスさん以上の能力は持ち合わせていないのだろう。多分、そこからして前提が違ったのだ。
「あの、ネクラさん……ちょっと良いですか?」
「……ハイネスさん? どうしました?」
僕が相手の指揮官について考えていると、何やら深刻そうな顔をしたハイネスさんが申し訳なさそうに近寄って来た。
いや、負けてすみませんとか言うつもりなら、多分今回の件の非は僕にあるので、ハイネスさんが謝る事では……
「いえ、そうじゃないです。ただ、相手の指揮官について情報を共有しておかないと……と思って」
「……偶然ですね。僕も、今相手の指揮官について考えてました」
「やっぱり。じゃあ、まず私の考えから話しても良いですか?」
その申し出を断る理由が思いつかないのでもちろんコクリと頷く。
既に相手から拒否するステージの連絡が届いているけれど、今回のステージ選択の権利は僕らの方にあるし、その期限まではたっぷり3分もある。それだけあれば、ハイネスさん相手だと色々情報交換は出来るだろう。
「相手が異常なほど適応能力が高いことについてはもうご存じの通りだと思います。それを加味して、恐らく相手の指揮官……この指示の出し方から考えて、ソマリさんは私達が思っていたタイプの指揮官では無いと思います」
「僕もそう思ってました。僕達が考えてたのは、僕らみたいに頭脳でこちらを上回ろうとしてくるタイプの人で、こういうタイプの指揮官は僕らと同じように頭脳戦で勝利を掴もうとしてくる傾向にあります。多分、僕らがとことん強さを発揮できるのはこっちですよね」
「はい。だから、私達は事前の“連携を取らない”という、ある種私達の長所を殺すような作戦で来るなら勝てると踏んだわけですが……」
あれ、勝てると踏んでたっけ……。と思ったけれど、話の腰を折ってしまいそうな気がしたので口には出さない。
無論、僕が忘れている可能性もあるし、手毬さんのせいでというかおかげでというか、試合の直前にはハイネスさんが泊まりに来ていたというのにろくに打ち合わせも出来ていなかった。それによる意識の違いが起こっていたのだろうと結論付ける。
「でも、ソマリさんはあらゆる事象に対する驚異的な反応速度……適応能力が私達のそれを遥かに凌いでいます。所々の判断が早かったり、状況変化に対する理解が早かったのはその能力の一部であって、私達みたいに頭で事前にその可能性を察知していたからこそ出来た芸当では無いように思います。でないと、こんなに早く対抗策を取ってきたりはしませんし、できません」
凄いね。僕が言いたかったことを全て的確に、それでいてかなり分かりやすく伝えてくれる。この人、教師に向いているんではなかろうか……。
なんでバカな事を考えていた僕は、ハイネスさんがまだ話し足りないけど僕の意見を聞きたいという風な視線を向けてきているのに気付くのに数秒遅れた。
慌ててわざとらしく咳をしてから概ね同意だという旨を示すと、当然のように「ですよね」と返って来た。
いや、まぁなんとなくハイネスさんなら気付いてるだろうなとは思ってたよ。でも、ここまで綺麗に僕と思考が似通ってるってある意味凄いと思うんだ?
「誰のおかげでここに居られると思ってるんですか。そういうお世辞は良いんですよ。で、ここからどうするかですよ、問題は。当初の想定とは大きく違っているタイプの指揮官である。そう前提を立て直すとするなら、相手の最初の作戦がこれ以上ないほどハマる気がするんです。気のせいですか?」
「……ん~、いや、多分それは無いですね。だって、相手の作戦はこっちが何かしてきた場合に対する対処が恐ろしく早いっていうだけで、僕やハイネスさんみたく盤面を先読みする能力は多分ありません。なので、必然的に……というか絶対に、受け身側の指揮しかできないはずです。僕らがやってくることに対してどうすれば最善策を取れるのか。それをしているだけのはずです」
つまり、ソマリさんの強みは相手依存なところが大きく、相手が変な事をしてきた場合に対して効果を存分に発揮するタイプの指揮官という事だ。
相手がAという行動を取ったので、じゃあBという行動を取れば相手の行動を妨害できるよねーという最終的な結論を導き出すのが僕らより早い。ソマリさんの強みは、そこだ。
対して僕らの強みは、ソマリさんがほぼ感覚的にやっている……というか、条件反射的にやっている行動を全て先読み出来る事にある。
こっちがAという行動を取れば、相手はBという行動を取ってくるだろう。だから、こっちはAという作戦を取ったと見せかけてBの行動に有効なCという行動を取ろう。
この一連の考えが、頭脳の中ですべて計算出来てしまうということだ。
さらに――
「この考えが正しければ、脅威なのは相手の鬼側の指揮官であるソマリさんだけです。子供側の指揮官の軸だろうクロキツネさんに関しては、多分僕らと同じタイプの指揮官……もしくは、ソマリさんと同じタイプだけどソマリさんほど脅威にはなり得ない……と予想する事が出来ます。なので――」
「厳しいのは、私というよりもむしろネクラさんの方……。そして、相手が幸いにもそれに気付いていない今、厳しい方の子供側で絶対に勝利を掴もうとしているところにこそ、勝機がある」
「流石です」
こんな、自分でも最低限……いや、ほぼ1の情報しか出してないのに、言いたい事を全て正確に理解した上で10の回答を導き出し、そこからさらにその回答をより明確な物にして言葉にしてくれる。ハッキリ言って、この人はおかしいよ。僕に対する理解度というか、話の先を読みすぎている。
これは日頃から僕の近くにいて僕の考えが分かるとか、そういう次元をとっくのとうに超えているように思える。
こちらの考えを全て見抜かれているのではないかとうっすら思ってしまうほどだ。
「ハイネスさんなら相手の指揮官を出し抜く事くらいは余裕……というか、相手は負けたらそれに対して最善策を取ってくる……もしくは、ハメられたと自覚した段階で策を打ってくる、言ってしまえば“一般的な指揮官”です。どうとでもなりますよね?」
「あはは。まぁ、前提条件からして間違えていた状態でもなんとかなったので、前提条件が出揃った今、こっちはそう簡単には負けませんよ。ちょうど私も、マイさんを有効活用する方法を考えたので」
「分かりました。なら、真に頑張るべきは僕ですね。ハイネスさんと戦うのに慣れてしまったせいで相手指揮官の前提を見誤っていました。普通、盤面をすべて頭で先読みする指揮官なんてそうそういないんですよ……。それが当たり前と思っていたから、僕らはなにがなんだか分からず混乱していたと……」
まったく、とんだ落とし穴があった物だとボヤキたい気分だね。
ハイネスさんと戦う事に慣れすぎて、自然と“相手はこっちの行動を何手も読んでくる”という前提の前で考えてしまっていたのだ。
だから、相手は連携を取ってこない。そして、僕らがその策に対してどんな手を打ったのかすぐに理解してその手を再び打ってくるだろうと“読んだうえで”対策を講じて来たとばかり思っていた。
でも、そうでは無かったのだ。
相手は、読みだとかそういう物ではなく、単純に“さっきはこうしてきたんだからこれで勝てるよね?”というじゃんけんを仕掛けてきていたにすぎない。
相手が行った事象に関しては同じでも、そこに至る道筋が全然違ったのだ。
そして、この考え方が正しければ、僕は今回の戦いで勝利を収め、次の戦いで再び敗北し、最終戦までもつれ込んだ後に本当の生きるか死ぬかの戦いを強いられることになるだろう。
そうなってしまえば、僕らには即負けになる強制試練の存在があるので、相手はそれに賭けて設定を施すはずだ。そうなれば、万が一の確率ではあっても負けになる可能性がある。
準決勝で僕が最終戦までもつれ込んでほしくないと考えた理由と、まったく同じだ。
でも、その前提を覆せたのなら……最終戦まで持ち込まなくとも……
「良し! じゃあ、次のマップはここだな」
「また疲れそうな戦いですね」
「……ほんとですよ。ゆっくりしたいです……」
ハイネスさんが苦笑を浮かべた後、僕はあのギリシャの島みたいなマップを選択した。
鬼側なら、ハイネスさんがいるので多少の不利ならひっくり返してくれるだろう。そして僕の方は……多分、準決勝より頭を使わないといけなくなるんだろうなぁ……。
(甘いものが欲しいです……。手毬さん……僕はもう疲れてきました……)
今頃猫部屋でスヤスヤ眠っているだろう子猫の姿を脳裏に焼き付けながら、僕は試合前の画面へと移された。




