表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

267/322

第247話 前提条件の破壊

 ネクラさん攻略同盟の鬼側指揮官を務めているソマリの携帯に電話がかかってきたのは、決勝戦を明日に控えた金曜のお昼だった。

 明日が決勝戦という事もあって有休をとって会社を休んでいたソマリは、たった今作ったお昼ご飯を食べながらテレビでネクラの生配信のアーカイブを見ていた。


 やはりお昼は明太パスタとネクラさんの生放送だよねーなんて、誰に言う訳でもない称賛の言葉を口にしていた彼女は、手元に置いていた携帯がブルブルけたたましく震えだしてフォークを口に運ぶ動作を一度止める。


 画面を見て相手の名前を見ると、そこに書いてあったのは今時絶滅危惧種に成り果てているセクハラジジイという名の上司……ではなく、子供側の指揮官を務めているクロキツネだった。


「どうしたんだろ……」


 電話がかかってきたのはオフ会で彼女が迷子になった時以来だな……なんて思いつつスピーカーにして電話に出ると、普段の装いからは想像できない程なよなよした自信なさげな少女の声が聞こえてくる。


 クロキツネさんは年齢的に少女というのは躊躇われるのだけど、声がアニメに出てくるようなロリキャラのそれにかなり似ているので、思わずそう思ってしまうのだ。


「ごめんねぇソマリちゃん……。今、大丈夫?」

「全然大丈夫ですよ。相変わらず、こっちだとその声慣れませんね」

「それ、皆にもよく言われるよぉ……」


 一瞬本当にこの人が子供側の指揮官を務める頭脳派プレイヤーなのかと疑いたくなるが、人は見かけ……というか、声や態度から決めつけて良い物じゃない。

 ネクラさんなんて、傍から見ればただの可愛い男子高校生にしか見えないのに、その実世界最高峰の……って、これは良いんだよ。


 ゲームだといかめしいというか、しっかりした雰囲気の態度と声のクロキツネさんは、現実の方ではかなり自分に自信のない女の人なのだ。

 それをよく分かっているので、そこには触れずに冗談で笑い流してどうしたのかと尋ねる。


「実はねぇ、ちょっと明日のことで相談があって……」

「明日……? 決勝の事でですか?」

「そうそう~。1時間後に本部で話せる?」

「1時間……ええ、大丈夫ですよ」


 一瞬、ネクラさんの生配信のアーカイブがあとどのくらいで終わるのか確認してしまった私を、誰が責められよう。


 ネクラさんは毎回生配信を1時間ちょっとしかしないのでもう少ししてほしいとお願いしたいのだが、こういう時に限っては嬉しい。なにせ、最後まで見てからクロキツネさんと話に行けるのだから。


「よかった~。なら、向こうで待ってるねー」


 そう言って電話を切ったクロキツネさんに苦笑しつつ、超特急でパスタをかき込み、ネクラさんの慌てふためく姿に頬を緩めてから時間通りにゲームにログインする。

 すると、そこには既に黒い狐のお面を被った女性が待っていて、現実の声からは想像もできない程凛々しい声で「待ってました」と口にする。


「お待たせしちゃってごめんなさい。それで、話って?」

「実は……明日の決勝戦で、こういう作戦を取るのはどうかなっていう案を思いついたんです。なので、その意見を聞いてみようかなって」

「クロキツネさんの方がリーダーというか、指揮官の腕前は上じゃないですか。そんなの、わざわざ私に相談しなくても……」


 苦笑しながらそう言うと、クロキツネさんにしては珍しく、割と強めに否定される。

 あなたの強さは私達が一番よく分かってる!と熱弁されると少し恥ずかしいけれど、ここで否定しても話が進まないので適当に話を合わせて先を促す。


「さっき、ネクラさん達と戦った人があげてたブログの内容を片っ端から調べてたんです。そしたら、会う人会う人、全員が無敵の能力持ってたって書いてた記事を見つけまして……」

「……? それがどうかしましたか?」


 まぁ、全員無敵の能力を設定すればそりゃかなり時間は稼げるだろうし、相手は非常にイライラするだろうことは間違いない。


 でも、それは理論的に可能であってそれで本当に勝てるようになるかと言われると、私個人の意見としては怪しいというしかない。

 なにせ、それらはスキルで簡単に対処できてしまうし、子供だけが勝っても意味がないこの大会においてはあまり意味をなさないからだ。


「それはそうですけど、ほら、あの人のチームにはマイさんとハイネスさんがいるじゃないですか」

「……あ~、鬼がそもそも負けにくいのか」

「ですです! あの2人をどうにかしないと、私達は勝てないんですよ」


 クロキツネさんははしゃぐようにピースの形を作ると、そのうち1本を折った。


「でも、この間の連携を全くとらないという作戦で、うち1人……つまり、ハイネスさんは潰す事が出来ます。問題はマイさん……となった時に、この記事を見つけたんです」

「……なるほど。マイさんがいくら強かろうと、全員無敵の能力を設定すれば捕まえられる数は限界があるよねって事ですか」


 それは、確かにその通りではある。


 あっちのチームにいる脅威は、その圧倒的な頭脳で盤面を支配するハイネスさんと、意味の分からない索敵能力を駆使してこちらを殲滅しにくるマイさんだ。

 その両名をどうにかしない限り子供側に勝利は無いし、少なくとも片方を殺さなければ勝ちを拾える可能性が絶望的なのも同意見だ。


 しかしながら、全員無敵の能力を設定すればマイさんを封じられるかと言われると疑問が残る。

 本当にそうか……? あの人の力はそれだけで止まるのか……? と。


「はい。なので、念のため保険をかけようと思います。作戦としては、ソマリさんの鬼側はなんとか頑張ってもらうとして、こっちは子供側で全勝する事を目指します。引き分けになってもポイント差、時間の差で、多分勝てます」

「ま、待ってください。子供で全勝? それはいくらなんでも――」

「可能です! 私達、ネクラさんの解説動画はもう見なくとも何を言っているのか復唱出来る程見返してますし、その中で紹介されてる子供有利なマップに限定すれば」

「――!」


 なるほど、その手があったか……。私が思ったのは、まさにそれだった。


 ネクラさんが絶対的に子供が有利だと言っている2つのマップ。そこだけに限定すれば、マイさんがどれだけ脅威だろうとも勝ちを拾う事は出来るだろう。

 そして彼女の言う事をさらに噛み砕くのであれば――


「脱出マップでは相手に勝ちを拾わせて、通常のマップでステージ選択権を貰い、そこで勝ちを拾って、最終的に3勝目を手にしようって事ですね?」

「流石! そう、その通り!」


 脱出マップで負けてしまえば、次の通常マップの選択権はこちらにある。

 そして、ネクラさんが子供有利と言っているマップは2つで、拒否できるステージは1つ。

 この作戦であれば……確かに、勝機はある。


「ネクラさんの子供に勝つのは、多分連携を取らないと仮定しても至難の業です。なら、勝てないことを前提に作戦を立てる! どうです?」

「……ありですね。勝てる可能性がわずかにでも上がりますし、脱出マップは元々勝率悪いですから……」


 そう。脱出マップは、ネクラさんみたいな超人的頭脳が無い限り鬼有利だ。なにせ、子供側が謎を解かない限り、そのマップから脱出する事が基本的に不可能だからだ。


 なので、私達は脱出マップでの勝率はあまり高くない。

 無論勝ちにはいくけれど、ネクラさんほどのプレイヤーが相手ならそんな状態で勝ちは拾えないだろう。


「それで行きましょう。相手が対応の兆しを見せてきたら、それはその時に考えましょう」

「はい! 良かった! じゃあ、子供のみんなに伝えてきますね!」


 ネクラさんがこの作戦に気付くのは、早くて2戦目の脱出マップか3戦目のステージ選択の時だろう。なら、多分2勝は容易くもぎ取れる。私の想定では、最後の1戦が文字通り、勝負を分ける運命の戦いになるはずだ。


「相手の“鬼が勝ってくれる”という前提を真っ向から破壊する、とっても良い作戦ですね」

「でしょー?」


 クロキツネさんがニヤリと笑い、私はネクラさんとの将来を思わず頭に思い浮かべて不審者のような笑みを浮かべてしまった。


 だからだろう。ちょっとだけ……そう。ちょっとだけ、決勝戦の第1試合では油断してしまったのだ。多分、クロキツネさんも同様だろう。


「こんなこと、ある……?」


 日本予選の決勝戦第一試合が終わって控室に戻ってきた私達は、信じられない物を目にしたように目を合わせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ