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第241話 分析

 日本予選の準決勝が終わって3日が経ったその日、僕は朝から――そもそも寝てないけど――自室のパソコンの前で僕らとは違う方の準決勝の配信を見ていた。


 その戦いは、どこかのプロチームと第一回ネクラ杯の優勝チームであるネクラさん攻略同盟なる完全に危ないチーム名の人達の試合だ。


 決勝戦を戦う相手なのでかなり慎重に情報収集を行わなければならないのだが、時間が無限にある訳では無いので今回もいつもと同じ倍速で試合を流し見し、コメント欄の流れが速くなる場面があれば試合を一から見るスタイルで試合を見る。


(どっちもレベルは高いけど、やっぱり個々のプレイヤースキルはこの人達の方が上だな……)


 プロチームは大抵が上位プレイヤーのそれに比べるとプレイヤースキルが劣っている傾向にあるが、日本予選の準決勝に上がって来たというだけあって、彼らも中々のプレイヤースキルを備えている。


 しかし、完全に危ないチームこと『ネクラさん攻略同盟』の面々はそれをわずかに凌いでいた。

 指揮官のレベルは“一見すると”互角くらいだったので、そのわずかな差が勝敗を決定付けたのだろう。


 ただし、僕が気になったのはそこではなく、鬼側の指揮官に見覚えのある人が居た事だ。

 グランドスラムで共に戦い、その時も鬼の指揮官をしていたと記憶しているソマリさんが、変わらずあのチームで指揮を執っていたのだ。

 無論、第一回ネクラ杯の時もあの人は指揮官をしていた気がするけど……。


(状況判断が早いし、その正確無比な読みも驚異的……。対応能力も申し分ないし、プレイヤースキルもちゃんと伴っているから結果が出せている……。でも……)


 なんでだろうか。彼女は、どこか自分の力を過小評価しているような気がしてならないという違和感が、喉の奥に引っ掛かって取れない。


 状況判断の速さはそれこそ僕と同じくらいだし、指示の出し方も自分なりにアレンジして仲間内であれば伝わるのだろう言葉の少なさで対応している。そうする事で、指示を出してから行動に移すまでのタイムラグを限りなく0に近付けている。


 それは分かる。彼女が目標にしていたハイネスさんを見習いつつも、決してあの人と同じ道を歩もうとしない賢明な姿勢は評価できる。

 しかし……どこか、違和感が拭えないというのも確かだ。


(状況判断の速さは僕並み。読みも的確で、指示も具体的……。対応能力もそこら辺の指揮官に比べれば全然良い方なのに……)


 なんで、こんなに戦いが拮抗しているのだろう。

 違和感の正体はそれだ。


 ソマリさんのスペックは、準決勝の試合を見ただけで、見る人が見ればかなり手強いという事も分かるし、その頭脳が僕やハイネスさんに迫るものだとは分かるはずだ。

 しかし、彼女達は3勝2敗という、負ける寸前で勝利を掴んでいたのだ。しかも、最後の試合は引き分けになっての時間勝負で勝ち上がっている。


 ソマリさんほどの優秀な指揮官がいれば、マイさんという凶悪な怪物がいないとはいえ、鬼側が負ける事なんて早々無いはずだ。

 しかし実際には、鬼側は準決勝の5戦で3回敗北している。それは、いくらなんでも異常ではないだろうか……。


「マイさんがいるかいないかなんて、それは些細な差じゃないの……? 指揮官のレベルが圧倒的に違うのに……」


 マイさんという怪物がいなくとも、相手の指揮官に比べて遥かに優秀な指揮官がいれば、多少のレベル差はどうとでもなる。


 分かりやすく言えば、ある程度このゲームに対して知識があり、最低限のプレイヤースキルを持っている鬼3人の中にハイネスさんを突っ込んでも、プロチーム相手には余裕で勝てるだろう。

 有能な指揮官とは、それだけ強力な武器になる。だからこそ、僕は準決勝であんなに苦戦したのだ。


 しかしソマリさんはそうではない。まるで、自身の限界を意図的にセーブしているというか、自分の可能性を自分で潰しているような感じがする。

 その理由は分からないし、本当にそうなのか。意識的にやっているのか、無意識的にやっているのか。その是非は分からない。

 でも……


「この人がこういう性格だと仮定するなら……」


 もしもソマリさんが、無意識的に僕らと頭脳の面で戦えないと決めつけているなら。

 もしもソマリさんが、自身の限界はここまでで、それ以上先のステージにはいけないと決めつけているなら……。

 もしもソマリさんが、この戦いに本気で勝とうとするなら……


(僕らと同じステージでは……戦わない)


 間違いない。

 指揮官的なスペックで言えば準決勝の相手チームと同じく、僕やハイネスさんと肩を並べる存在でも、自分で自分のスペックに気付いていないのであれば……僕らと同じステージでは戦ってこないだろう。


 恐らくだが、彼女は僕らのもっとも得意とするステージを頭脳戦であると仮定し、それを真っ向から覆す策を取ってくるはずだ。


 そうとなれば、やってくることは自然と検討が付く。

 無論これは僕の想像でしかないので、彼女の憧れであり、目標でもあるだろう人物にすぐさま電話をかける。


「もしもし? 珍しいですね、ネクラさんから電話をかけてくるなんて」

「そう……ですかね? 自分から話しかけに行くの苦手で……じゃなくて、今決勝戦の相手の分析を行ってたんですが、時間大丈夫ですか?」

「はい。ちょうどお昼ご飯食べようかなって思ってたところだったので、全然大丈夫ですよ」


 電話の向こうでもニコッと微笑んでいるだろう様子が分かるほど朗らかにそう言ってくれたハイネスさんにソマリさんの事を伝えると、しばし考えるように唸り始めた。


 以前にチームメイトとして共に戦っていた事を思い出したのか「あ~!」と呟くと、コクコク頷くように口を開いた。


「あの人の事は良く覚えてますよ! 初めて戦った時から私の言いたい事を一発で理解してくれたので、賢い人だなぁ~って思ったんです! この子、化けるかもしれないなって」

「まぁ、実際化けたんですよね」


 ハイネスさんの言わんとしている事は分かる。

 僕だって、初対面の人に指示を出す時は「何を言いたいか分からない」と言われない為に、僕の事を知ってもらうまでくどいほど説明的に指示を出す。


 しかし、ハイネスさんは初めて戦った時から必要最低限の説明で行ってほしいことを理解してくれたと言っているのだ。それは、意思疎通が取れる長年のチームメイトでようやく可能になるレベルであり、それを一発でやってのけるのは至難の業だ。


「でも、一緒に大会に出たのも片手で数えられる程度だったのであんまり記憶は無いんですよね……」

「そうですか……。でも、試合のアーカイブを見た限りだと、指揮官的なスペックは僕らと同じです。そのうえで、さっき話した僕のソマリさんの性格診断……って言って良いのかはともかく、想像の上での人物像に当てはめると、彼女が取りえる作戦は――」

「私達と同じ土俵で戦わない事。もっと言えば、ランクマッチのように、一切連携を取らない戦い方をしてくるでしょう」


 ハイネスさんも、どうやら僕とまったく同じ結論を出したらしい。

 ランクマッチのように戦う事は大会モードにおいて自分達の優位性を捨てる事と同義なのだが、僕ら相手だとそれは正しいと言わざるを得ない。


 僕やハイネスさんのような指揮官は、相手の作戦を読み、それを逆手に取る作戦を立てる事を最も得意としている。

 相手の行動をある程度操って自分達の手のひらで躍らせ、試合を盤上から支配すると言い換えても良い。


 しかし、その手法はあくまで相手が連携を取ってくるという前提の元成り立っている方程式というか策であって、相手が全く連携を取らないのであれば、僕らの指揮官的な能力は半分以上に低下してしまう。


 実際、連携の取れないランクマッチではハイネスさんはあまり成績が振るっていないし、僕だって自分ともう1人を守るので精いっぱいなのだから。


「悔しいですが、それが最善手と言わざるを得ませんね。頭脳戦では私やネクラさんに勝てるか分からない。むしろ勝てない可能性の方が高いと相手が思っているのであれば、そもそもその土俵に立たないと結論付けるのは賢い選択です」

「勝てるか勝てないかのギャンブル仕掛けるより勝てる可能性高いですからね。ただ、その結論に至っても実行に移せるかどうかは別問題な気もしますけど……」


 そう。この分析の穴は、たとえそう来ると分かっていても、本当にその手で来るのかという確証が持てない事にある。


 なにせ、大会モードで連携を取らないなんて発想は一部の人しか行わないし、ほとんどの場合は自殺行為にしかならない。その為、今までの大会でそんなことをしてきた人はいないからだ。

 しかも、日本予選の決勝という舞台でそんな重大な結論を出し、実際に実行に移せるのか……。


 単純に考えるのであれば無策の鬼側に、僕が策を講じてそれを封殺して勝敗が付く可能性が一番に頭に浮かぶはずだ。

 相手は連携の取れないランクマッチで、僕らだけは連絡が取り合える。そんな状況で、僕やハイネスさんが負けるはずない。

 並大抵の人であれば、その結論に辿り着き、勝てないと分かっていても頭脳戦を挑みに来るだろう。


(相手が、どれだけ僕の事を理解しているか……)


 精密な機械ほど、わずかな狂いで全てが瓦解する。それは、もちろん僕の立案する作戦においても適応される。

 僕がどれだけ策を講じようとも絶対に防ぐことができない存在というのは存在する。

 例えば、うちのチームで言えばミナモンさんみたいな、意味の分からないプレイをする人だ。


「仮に、相手のプレイヤーが全員ミナモンさんみたいな人なら、僕は負ける気がしますよ」

「奇遇ですね~。それ、私もです」


 僕らは、どうしても“相手の行動を呼んだうえで作戦を立てる”という前提は崩せない。それが、僕らが今まで積み上げてきた経験であり、勝ちに至る為の勝利の方程式だからだ。


 だがしかし、ミナモンさんのような“そもそも動きが読めない”人が相手になると、下手に指示を出せば一気に崩されてしまう可能性が浮上するので思考がぐっちゃぐちゃにかき回されるのだ。


 僕やハイネスさんは、相手の行動が読めないうちは必要最低限の指示に留め、予想外の事態が起きた場合にはその場の判断に任せる事にしている。

 瞬間移動の移動先を決めていないのや、準決勝の無人島で僕を囮にした時なんて、まさにそれが顕著に表れているだろう。


(どうしたら良いんだろ……)


 電話越しでも同じ思考をして同じ結論に至ったのだろうハイネスさんがうーんと悩ましそうに唸る声が聞こえてくる。

 それから、僕らの長い長い作戦会議が始まった。

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