第240話 仕様の応用
ミミミさんとの短すぎる通話を終えて僕用に作られた滅茶苦茶甘いカレーを食べていると、番組をドラマからニュースへと変えた春香が「そう言えばさー」と口を開いた。
君、何か言う時そう言えばって言う事多いよねと密かに思いながら口の中の物を飲み込む。
「最後に使った貫通の応用ってさ、どうやって思いついたの?」
そう言われてなんのことかと数秒考えた結果、日本予選の準決勝で最後にかけてきた電話の事かと思い至る。
僕はあの時、香夜さんが捕まっていないならあの人を使ってほしいと乱暴に指示をしたのに、その意図を正しく読み取って勝ちを拾ってくれたのはかなりありがたかった。
香夜さんにはもしもの場合に備えて1人だけ貫通の能力を持ち込んでいてもらったんだけど、その運用方法は別に壁から壁に通り抜けるってだけではない。
あの能力は、正確に言えば目の前にある壁を通り抜けてその中に逃走可能な空間があればそこに行くという能力だ。
つまるところ、その効果時間中は無敵になり、かつ数メートル先にある空間にジャンプする事が出来るという物だ。
「仕様なのかバグなのか知らないけど、どんなことが出来るかなぁって実験してた時にたまたま見つけたんだよ。ほら、解説動画でもサラッと言ったでしょ?」
「いや言ってたし、そのおかげで使えって言葉の意味が分かったんだけど……そうじゃなくない?」
「え?」
じゃあどういう事だろうと考えそうになるが、それが言葉通りに受け取らなくて良い物だとすぐに悟る。
僕が発見した貫通の能力の応用。それは、通り抜けたい壁を設定して能力が発動するコンマ何秒かのラグの間に自分の正面に移動先を切り替えると、数メートルの距離を一瞬にして移動する事が出来るという物だ。
元々の能力が『数メートル先にある逃走可能エリアに壁などを貫通して移動する』という物であれば、その“壁”の部分はなくとも能力それ自体は発動するのではないかという仮説から生まれたものだ。
ただ、実験してみたところだと壁に移動先を設定しなければそもそも能力を発動できない仕様らしく、どこでも自由に移動できるという物でもないらしいことが分かった。
でも、壁を設定してから能力が発動するまでに移動先を書き換えればそれが可能なのではないかという仮説を新たに立てて実行した結果上手くいった……と、そういう事だ。
「でもこれ、限られた場面でしか強くないんだよね。だって、能力使って数メートル前方に移動するだけの能力なんて弱すぎるし、そんなの使うなら瞬間移動で良いもん」
「……そうね?」
「でも、相手がある一定区画を防御してその先に行かせない! みたいにしてたら有用に使える。なにせ、元々壁をすり抜けるための能力だから元々いた地点から移動する間にどんな障害物があろうと、その間を“貫通“するんだもん」
まぁ、アバター戦をする前にキャラクターで戦っていた頃は貫通なんてかなり弱い部類の能力だったし、持っているキャラクターもパッとしない物が多かったので見つからなかったんだろう。
それに、この応用の仕方だって使用場面が限定的すぎるし、対応が困難ではあっても不可能ではないので強いとは言えない運用方法だ。
「僕の大ファンでいてくれてる香夜さんなら僕の解説動画を丸暗記できるくらいには見てるはずだって思って、貫通の能力を持ってもらったんだよね。もちろんあの作戦を取る前に捕まる可能性だってあったし、使用してる可能性もあったから、その時は別の作戦を取ろうと思ってただけ」
「……別の?」
「あの時、1人ずつ透明化と幻影の能力を持ってる人がいたんだけど、その人達に向かってもらおうと思ってた。隠れる編成にしたからどっちかは生き残ってるはずだし、成功するだろうって」
相手が索敵の能力を持っていた場合は僕ら囮班が捕まっていないので脱出口付近が手薄になるよう策を張り巡らせればよかっただけなので、どの道即詰み……みたいな状況にはならなかったはずだ。
まぁ、あの時は僕がチームの人に指示を出せないように追われていたので、ミミミさんか神崎さんに任せると言った訳だけど……。
「普通そんな能力の応用とか見つけようとしないと思うんだけど気のせい……? 与えられた情報だけで満足するべきでしょ」
「そうかな……? これってどうなるのかなって思うのは別に悪い事じゃないでしょ? 仮説を立てて、あ~そうなるのかってなるの、理科の実験みたいでちょっと面白くない?」
「ぜんぜん?」
「あ……さいですか……」
認識のズレというか価値観の違いというか……どっちにしてもお前は異常だと言われている気がする。
まぁ考え方が他の人と違うって言うのは自覚してるので、それは仕方ないというかなんというか……。
(ハイネスさんなら分かってくれそうだけどな……)
この、仮説を立ててそれを実験する事の面白さは、あの人なら分かってくれるのではないだろうか。
指揮官って、究極のところは相手がどんな作戦を立ててくるのか仮説を立てて、こちらの作戦を考えるところが基本みたいなところあるし。
いや、僕らが戦う時のは例外かもだけど……。
「あ、決勝の相手決まったんでしょ? どっちになったの?」
「……お兄ちゃんの予想は?」
なぜかため息を吐きながらそう言ってきた春香に、以前味わった地獄の光景を思い出しながら思わず背筋を震わせ、即答する。
「トラウマチーム」
「正解」
「ですよねー!」
第一回ネクラ杯優勝チームが、そこら辺のプロチーム相手に負けるはずがない。
それに、あの人達は変に意識とかプライドが高いプロチームの人と違って、僕の解説動画を一言一句覚えるレベルまで見返すはずだし、それが終われば早速練習に取り組んで自分達のレベルアップを図るはずだ。
多分、最初にネクラ杯を優勝した時よりも強くなっているだろう。
「これ食べたら配信見なきゃなぁ……」
滅茶苦茶寝てた分際で何を言ってるんだと言われる事を覚悟したうえで言わせてもらう。
休息の時間をくれと……。
「にゃ~」
「……ね、手毬。お兄ちゃんは凄く大変だよ……。過労死するんじゃないかな」
大変だなと膝の上で鳴いてくれる子猫が、今の僕には唯一の救いだ。
今度お散歩にでも連れて行ってあげようかな……。いや、猫がお散歩を好きなのかどうかは知らないから、その場合はウルフさん辺りに聞いてみた方が良さそうだけども……。
(新しいおやつと遊び道具も買お……)
この子に滅茶苦茶貢いでるなぁ……。そう思った瞬間、唐突に理解した。僕のファンの人達が僕に貢ぎ足りないってのはそういう事かと……。
うん、なんか……今まで怖いって思っててすみませんでしたって気持ちになって来た。
今回のお話で準決勝のお話は終わりです。
決勝戦はすぐに始める...予定ですm(_ _)m




