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幕間 軍師の懸念

 日本予選の準決勝が終わったのはちょうどお昼を少し過ぎた頃だったので、私はちょっと疲れてたけれど、祝勝会は決勝戦が終わってからという事になったので、現実世界(こっち)に帰ってきたその足でネクラさんのお家に向かった。


 その理由は決してインタビュアーの女子アナにイラついたとかじゃなく、嫉妬したとか……そういうことでもない。うん、きっと……。


「ごめんね、急に来ちゃって」

「ハイネスならいつでも歓迎するから気にしないで~」


 エプロン姿のライが玄関で出迎えてくれて、キッチンからはカレーの良い匂いが漂ってきている。

 本当にこの子は何でもできるなぁと思いつつ、いつもはリビングに入ったタイミングくらいで不機嫌そうに足元に寄ってくる子猫がいない事に気が付く。


「ねぇライ。手毬ちゃんは?」

「ん~? あぁ……今ね、お兄ちゃんの部屋で寝てる」

「ネクラさんの?」


 反射的にピタッと閉まっているネクラさんの部屋を見てしまうけれど、当然中の様子は分からないのでふーんと返事をして適当にソファに座る。


 私が来るまでライが料理をしながら見ていたのだろうニュース番組で、ちょうど私達の試合が終わった件が放映されている。


『いや~、結果は前評判通りとなった訳ですが、いかがでしたか中島さん!』

『いやね、もちろん全国民が注目してたと言っても過言ではないくらいの大勝負だったわけですが……なんと言っても、私は彼の問題解決能力に驚かされましたねぇ』


 なぜか派手に着飾っている女子アナに問われ、少し若いコメンテーターかなにかの男の人が偉そうに答える。


 ネクラさんの事を良く知らない……というか、この件が取り沙汰されるようになってから知ったような人に軽々しく“彼”とか呼ばれたくないんだけど……。みたいな苛立ちを募らせつつ、ライが一向にネクラさんを呼びに行こうとしないのに違和感を覚える。


 今日は事前の連絡を入れてなかったので仕方ないとしても、いつもなら真っ先にネクラさんを呼びに行ってくれるんだけど……。


「もしかして、お兄さん寝てる?」

「そうなんだよ~、せっかくきてくれたのにごめんね~? なんか、現実こっち帰ってきてすぐに手毬回収して部屋で寝るって言ってきてさぁ……」

「ふーん……」


 まぁ今日の試合はネクラさんにとってかなりハードな物になっただろうし、頭の疲れが私の想像を遥かに超えているのかもしれない。


 私はネクラさんみたいな考え方をする指揮官だった。というだけで、日頃からネクラさんを相手にしている私からしてみれば少し強いな……程度の認識で済んだ。でも、ネクラさんの方はそうはいかなかっただろう。

 全試合を通して皆のサポートを行い、同時に謎解きで頭を悩ませつつ、最後の試合では1時間強を1人で凌いだという意味の分からない活躍を見せたのだから。


 その脳みその疲労度は糖分を補給するくらいでは絶対に賄いきれないだろうし、すぐさま寝るという選択肢を取ったのだって賢いと言わざるを得ない。


「一週間後に決勝戦あるし、相手はまだ戦ってるからねぇ……」

「うん。決勝戦の相手が決まったら、お兄ちゃんはそっちの研究で忙しくなるだろうからね。あ、カレー食べる?」


 エプロンを脱いで自分と私のジュースを注いでくれたライが私の隣に座りながらそう言ってくれる。

 もちろんご飯を食べていないのは私も同じなのでありがたくいただくことにして、ご飯が炊けるまでの少しの間、私はここに来た理由を話した。


「実はさ……ここに来たのはネクラさんにお礼を言いたかったっていうのもあるんだけど……本命は、バレンタインの件なの」

「チョコ? この前お兄ちゃんが舞ちゃんと出かけた時に一緒に作って結構出来るようになったじゃん」

「いや、私から贈る分には問題ないんだけど……ほら、イベントってバレンタインにあるでしょ? その対応を、一緒に考えてほしくて……」


 そう。私が懸念しているのは、ネクラさんの公式グッズ第2弾の販売イベントがバレンタイン当日に行われるという事だ。


 イベントに来るのはほとんど……というか、悪質な転売目的の人以外は基本女の子だろうし、バレンタインなら間違いなくチョコも持ってくるだろう。

 全員とは言わずとも、半分以上の人が会場にチョコなりそれに準ずるものを持参する事は目に見えている。


「あのねぇ……あなた、もう少し彼女としての余裕持ったら……? そんなこと心配しても仕方ないでしょ……」

「だ、だってネクラさん、前にチョコ好きって言ってたじゃん! それに、少し考える力がある人なら手毬ちゃんの遊び道具とかおやつとか持ってくるかもだし……」

「はぁ……」


 なんでそんなに呆れるんだと言いたくなるけど、仕方ないじゃないか。私だって自分に自信がある訳じゃないんだから。

 もちろんゲームに関しては(最近色々あったけど)自信があるし、そこそこやれるという自覚はある。

 でも、現実の私に関しては冴えない女子高生……くらいの感覚しかないのだ。


 いくらネクラさんが年上の穏やかな女の子が好きと言っても、それはチームの皆にも同じことが言えるし、ネクラさんのファンにはなぜかギャップに萌える人が多い。その関係で、綺麗なお姉さま方が多いような……気がするのだ。まぁ、完全な偏見だけど……。


「あのハイネスがねぇ……。なぁんでお兄ちゃんの事になるとこうなるんだろうねぇ……」「だ、だってさぁぁぁ! ネクラさんがいっぱいチョコ貰ったら、私のが霞んじゃうかもじゃん……。私よりうまい手作りチョコ持ってくる人もいるだろうし、高級チョコとか……そういうの持ってくる人だって、きっといるもん……」

「まぁねぇ……」


 こういう時、気持ちが大切とかそう言うのは綺麗ごとだと、私は思っている。

 なぜなら、気持ちがこもっていれば何を貰っても嬉しいかというと全然そんなことは無いからだ。


 考えても見てほしい。

 まったく恋愛的に意識してない人に、大好きだという気持ちを沢山込められた花束を貰ったりしたらどう思うだろうか。嬉しいとか以前に、困惑するだろう。そして、その果てにキモがるのが自然のはずだ。

 極論? そんなの知らない。気持ちが全てなら、この状況でもその理論は適応されて嬉しいはずじゃないか。


 それに、おばあちゃんとかに誕生日に貰う、まったく要らない文房具とか洋服にも、確かにお祝いの気持ちは込められているだろう。

 でも、大抵の子供はそんなものを貰うくらいなら、ハマっているゲームや漫画などを買ってもらった方が嬉しいはずだ。


 つまり、気持ちが云々というのは、そう言って慰めたい人間の綺麗ごとに過ぎないのだ。


「そんな事言っても仕方ないでしょ……。それにお兄ちゃんなら、わざわざ持ってきてもらった物を突き返すのも申し訳ないって思うかもよ……?」

「絶対そう思って笑顔で受け取っちゃいそうだから怖いんだってぇぇ……。好きな人が他の女からチョコ貰ってたら嫌じゃない?」

「いや確かに嫌だけどさ……」


 そう。これは単なる愚痴だ。それは私だって分かっている。

 仮にイベントにチョコを持ってくるのは止めろと告知しても持ってくる人は一定数居るだろうし、仮に持って来なかったとしても多少なりともSNSが荒れてしまうだろう。


 さらに、そんなことを告知すればネクラさんにバレンタインでチョコを貰えるという認識が生まれてしまい、私が渡す意味が半減してしまう。そんなのは嫌だ。


「じゃあ、行く前とかに渡せば? ちょっと早いけど~って」

「うぅ......それしかないのかなぁ……。確かに、一番にチョコを渡した方が後に渡される時のインパクトは軽減できるだろうけど……」


 私に事前にチョコを貰ってバレンタインという行事の事を認識してもらい、そのうえでイベントに臨んでもらうのと、いきなりファンの人、ないしは会場のスタッフの子達からチョコを貰うのは確かに全然違うだろう。

 私が先に渡した方が“え!?”みたいになってくれる可能性は高い。でも……


「なんか納得いかないって顔してるねハイネス。そんなに嫌?」

「いや、嫌では無いんだけど……他に何かその、特別な事をしたいって言うか……。ネクラさんの事だから、チョコを貰うことそれ自体には1時間足らずで慣れると思うのね? だから、驚かせたいって意味では先に渡すって案は良いと思うの。でも、それじゃ他のファンの人と同じな気が……」

「なるほどね……? じゃあハイネスは、ファンとしてじゃなくて『彼女』として、お兄ちゃんに何かしたいんだ?」

「……う、うん。そう……」


 もちろん彼女の特権として、翌日に一緒に観光は出来る。でも、それだけじゃ足りないのだ。もっと、こう……上手く言葉にはできないけど、特別な事がしたい。


 ただでさえ沢山の女の子と話す機会があるイベントの後なんだし、その中の1人……みたいなカウントは絶対にされたくない。

 出来るなら、ファンの子達とは違って、私を『女の子』として見てほしい。


「わがまま……かな? 高望みしすぎ?」


 ネクラさんと付き合えただけで満足しとけ。ファンの人に知られたら絶対にそう言われるだろうその言葉に、ライはううんと首を振ると、満面の笑みで答えてくれた。


「そんなことないよ。ハイネスは彼女なんだから、それくらい望んで良いよ。むしろ、望んで当然」

「そう、なのかな……?」

「うん、絶対そうだよ。そこは私が保証してあげる」


 やっぱりライは頼れるお姉ちゃんみたいだなぁと思いつつ、結局どうすれば良いのか2人で頭を悩ませる。

 そして数分後、炊飯器がご飯が炊けたことを報せる音楽を奏でると同時に、ライが口を開いた。


「じゃあ、こんなのはどう? お兄ちゃんと――」

「…………は!? いや……それは……その……絶対無理というか、1億ぱー無理というか……恐れ多いというか……」


 鏡を見なくても分かるほど顔を熱くした私は、いたずらっ子のような笑みを浮かべたライに押されるまま、それを半ばやけ気味に承諾してしまった。


 どうしよう……。

 いや、全然嬉しいしむしろその案は私の希望を叶えるものではあるんだけど……心の準備、しとかないとなぁ……。


「ついでに、帰る時お兄ちゃんの寝てるとこ、見ていく? 本人は勝手に部屋に入るなって怒りそうだけどバレなきゃ問題ないでしょ?」

「えぇ? 大丈夫?」

「お兄ちゃんが1回寝たらなかなか起きないの、知ってるでしょ? どうする?」

「…………行く」


 その数時間後、ネクラさんの部屋に入った私は、普段はカッコいいのに寝てる時は幼い子供みたいに可愛い寝顔を晒しているネクラさんと、そのうえで気持ちよさそうに丸くなっている子猫をスマホの中に写真として収めた。

 手毬ちゃんにその場所を代われと念じたのは言うまでもない。

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