第234話 頭脳派3人の知恵
日本予選準決勝第4試合、脱出マップに放り込まれてちょうど1時間が経過した直後に送られてきた2つ目のヒントは以下のような物だった。
『私の独断と偏見ではあるが、1888年に起きた事件と言えばやはり切り裂きジャックが有名だろう。今や誰もが知るような未解決事件だからね。まぁ、実際にはDNA鑑定により2019年に犯人が割り出されたんだけど。
そうそう、例の4つの文字についてだったがようやく分かった。感謝する。そのお礼に、ささやかながら教えを授けよう。
切り裂きジャックは別名ジャック・ザ・リッパーと呼ばれているのだが、私はそれを略して“まかす”と呼んでいる。
あ、すまない。君達が欲しているのはこの屋敷のカギを破る方法だったよね。
まぁ特別に教えてあげない事も無い。ただ、全て教えても面白くないよね。そうだなぁ……“とそにととらすと”で脱出口にあるチェーンを切断すれば良いのさ。
なに、これでもまだ分からないって? しょうがないなぁ……。じゃあ大ヒントだよ? 私がなぜ切り裂きジャックの事件の話をしたのか、もう一度よく考えてみるんだ』
この問題を書いているのが誰か知らないけど、猛烈に殴りたくなったのは私だけじゃないだろう。なんでちょいちょいおちょくるような文面で、しかも若干上から目線なのか。
「……ミミミさん、その顔本気で怖いんで止めてもらっていいっすか……」
「……あぁ、ごめんごめん。ネクラさんには内緒ね?」
瞳の奥をキラッと輝かせつつそう言ったミミミに若干怯えつつも、従順に「はい」と返事をしたキリスに満足そうに頷くと、改めて電話の向こうの神崎、ライと相談する。
彼女達もこの問題文に少しイラっとしている雰囲気は感じるけれど、今はそれを抜きにしてもう一度冷静に考えてみよう。
「一応聞くけど、切り裂きジャックの事件が解決されてるって話は知ってた?」
「私はそういうのあんまり興味ないんですよねぇ。推理作家やってるおまるちゃんならまぁ知ってそうではあるけど」
「同感です。お兄ちゃんも推理小説とかそっち系の話は好きなので、この話については知ってると思います」
海外の論文を読み漁っているような人なら絶対に知ってるだろうねという言葉を飲み込みつつ、私は考えた。
なぜここでわざわざ切り裂きジャックが云々なんて話を持ち出してきたのか。
前回のマップの経験上、このヒントの中にノイズとなる部分は多少含まれているとしても、基本的には素直に考えていけば分かるはずだ。
「普通に考えればその切り裂きジャックの犯人に関係するものがカギになってる……って事よね?」
「でしょうねぇ……。ちょっとライちゃん、おまるちゃんにその犯人の事知ってるか聞いてみてくれる? ついでに、ジャック・ザ・リッパーっていうのが一般的な別名?みたいなものなのかも」
「え? あ、はい!」
ネクラさんと同じで良い子だなぁと少しだけ感心しつつ、電話の向こうで何かしら話しているライちゃんの返答を待つ。
すると数分後、呆れているのが分かるかのような声色で、彼女は言った。
「おまるさんによると、切り裂きジャックの犯人は当時23歳だった理髪師だそうです。もちろんこれが分かったのは事件から100年以上経った後なので犯人を捕まえる事が叶わなかったのはもちろん、一応容疑者としても当時の捜査線上に浮上していた……って、なぜかそんな豆知識まで教えてくれました」
「なんでそんなに詳しいのよあの人は……って、ネクラさんも同じレベルの事言ってきそうだし、ここはスルーしないとよね」
「ですね。ジャック・ザ・リッパーの件は?」
そっちが本命なのだろう。神崎さんがそう言うと、ライちゃんは少しだけ困惑しながらもおまるさんからもらった情報を口にした。
「それが、ジャック・ザ・リッパーと言う事はあっても、問題文のように訳の分かんない略し方はしないそうです。強いて言えば頭文字を取ってJTRとかになるんじゃないかって」
「JTR? あぁ……Jack the Ripperって事ね。まぁ、まかすとか意味の分からない略し方よりそっちの方がしっくりくるけど……」
むしろ、なんでジャック・ザ・リッパー(Jack the Ripper)がまかすになるのか全然分からない。なんの関連性もないだろとツッコミたくなる。
多分これは1つ目のヒントにあった4つの数字の補足として語られているはずなので、それが分からなければそもそもこの問題は解けないようになっているのだろう。
「同感です。お兄ちゃんなら、どこからまかすが出てきたのか考えて、そこから逆算的に答えを導きそうですけど……」
「でしょうね。そしてこの場合、まかすをジャック・ザ・リッパー……もしくはそれに類するものに変換する法則を見つければ、それに当てはめて“とそにととらすと”って奴が何になるのか考えれば良いんだもんね」
考えてみれば当然……というか、このメンツなら誰もが分かっているようなことを確認するかのように言ってしまった事に少しだけ恥じらいを感じつつ、数分頭を悩ませる。
ただ、やっぱり凡人でしかない私には想像もつかない。
ネクラさんに頼りたくともあの人は封じられてるし、頼ろうとしても問題文を読むのに数秒は足を止めなければならず、その間に捕まってしまう可能性だってあり得る。
「神崎さん、ネクラさんが今回持ち込んでるスキルってなんでしたっけ?」
「確か加速かなにかじゃなかった? 無敵とかはそもそも追われる前提だからいらないって言ってた気がする。それに、それらのスキルなら2つ目のヒントが出たタイミングで一時的に鬼から逃れてると思う」
「ですよね……」
やっぱりあの人に頼る事は出来ない。このまま、私達は何もできずに敗北してしまうんだろうか……。
次のマップになったとすれば、それは通常のマップなので強制試練の関係で即負けになってしまう可能性がある。
あまりにも不確定要素が大きすぎるそんな戦いは、出来ればしたくない。
それから数分さらに頭を悩ませたが、結局答えが湧いてこないことに自分の無力さを痛感していると、ライちゃんが諦めたようにボソッと呟いた。
「……お兄ちゃんの人外さにかけてみます?」
一瞬何を言ってるのか分からなかったけど、神崎さんはその意味を正しく理解したらしく、うーんと短く唸った。
「それ、切り裂きジャックをまかすに変換するならどんな場合が考えられるかって事だけを通話で伝えて、チェイスの邪魔にならないギリギリで答えが返ってくるのに賭けるってこと?」
「……自分で言ってなんですけど、よく分かりましたね。はい、そうです。問題文全部は分からずとも、その事だけを伝えればワンチャンス……と思って。私も、1回そんな感じの電話かけられたことあるので」
ライちゃんが言ってるのは、かなり序盤の戦いで、競馬場で発令された新試練の事だろう。
10円硬貨かなにかの裏に描かれている建物の名前を聞くために、最近日本史を勉強しているらしいライちゃんに電話してそのヒントを得たのだ。
その時偶然その場に居たので、言いたいこととやりたいことは分かる。
「……ありね。これだけ考えても分からないなら、正直私達じゃ手に余る気もするし……」
「うわぁ、後で知ったら怒られそ~……。少なくとも、絶対凹むよ?」
「この際良いですよ! ちょっと電話かけますね?」
神崎さんが申し訳なさそうにしているけれど、流石は実の妹というべきか、こういう所は私達と違って遠慮がない。
すぐに電話の向こうからコール音が聞こえ、スピーカーにしているのか2コール目でネクラさんの声が聞こえてくる。
『なに!? 今追われてるんだけど!』
「ならこれ以上限界だってとこまでで良いから繋げたまま考えて! 切り裂きジャックをまかすに変換するとすれば、お兄ちゃんならどうする?」
『質問の脈絡が意味わかんなすぎるってことは突っ込んで良いの!?』
なんで追われてるのにそんな冷静にツッコミが出来るのかは置いておいて、今はそれどころでは無いのだ。
ライちゃんも含め、私達3人は若干圧をかけるように『良いから!』とハモってしまう。
『え、えぇ!? あ~、合ってるかどうかはともかくとして、僕なら切り裂きジャックの別名のジャック・ザ・リッパーからとって、そのまま“まかす”にするかな!? これで良い!?』
「良いわけないじゃん! 私達はなんでそうなるのか知りたいの!」
『パソコンとかのキーボードになんかひらがな書いてるじゃん、それ! これ以上は無理だからパス!』
ライちゃんが電話をかけて5秒後に再びブツっと切れた電話は、私達に希望と驚愕、そしてそれ以上の呆れを持って帰って来た。
「……解決しましたけど、どうします? お兄ちゃん、やっぱおかしいですよ」
『……』
ライちゃんのその言葉に、私と神崎さんは何も言えなかった。
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