第22話 悲劇
作戦会議を終わらせて現実世界へと戻って来た晴也は、いつも通り枕元に置いてある眼鏡をかけてベッドに腰掛けると、深いため息をついた。
ミナモンのフラグ云々はこの際どうでも良くて、問題は初戦の相手が優勝候補のライという点だ。
恐らく、この勝負に勝った方がそのまま優勝するだろう。
晴也からしてみれば、現状ライのチーム以上に面倒で強いチームはいない。それは恐らくあちらも同じだろう。
ランクマッチ無敗の怪物と、最近話題の化け物(女王)が両方いるチーム。これ以上戦いたくない相手はいないだろう。
(なんで事実上の決勝戦が初戦なんだよ……。運営は何を考えてんだ……)
まぁ、トーナメントは完全に抽選らしいので、この大会の主催に文句を言っても仕方ないのだが……。それでも、言わずにはいられない。
気を紛らわすために携帯を見てみると、応援のメッセージがこれでもかと入っていて余計に気が滅入る。
一応ライのSNSも見てみると、こちらより悲観したコメントを残しており、とても見ていられなかった。
ライの発狂映像がチームメイトのSNSで拡散され、あっという間に話題になっているのが少し面白い。
晴也が最初に目にした時、ライが女性だと知らず慌てたように、彼女を良く知らない人からすればかなりの衝撃だったのか、数時間後にはその手のネット記事が複数出回っていた。
まぁ、大体の人は面白がってコラ画像やMAD動画を作っていたけれど……。
そんな、惨状とも言えるSNSを見ていた晴也だが、あるアカウントから突然DMが届き、その表情をさらに曇らせる。
〖こちら、グランドスラムの運営チームです。要望が多数寄せられたため、特例であなた様『今回は本気』のチームと、ライ様の『プリン警察』の試合を動画配信サイトやテレビなどで中継したいのですが、ご許可をいただけますでしょうか?
両チームのリーダーが納得してくださらなかった場合は決して放映しないとお約束致します。
大会開始2日前までに返信いただけると幸いです〗
それは、ESCAPEの公式アカウントからだった。
偽物などではなく、フォロワーの数から過去の発信の内容まで、全てが本物だった。
こんな事を急に言われても、自分1人で決める訳にはいかない内容だ。
とりあえず、まだ大会までは1週間近くある。少しくらいなら相談する時間がある。
一応、ライの方にもどうするのかとDMを送っておき返信を待つ。
自分のチームに招集をかけるのは向こうの返答が決まってからだ。こちらが良くてもあちらが拒否すれば放映はされない。
なら、向こうが賛成の場合だけ招集をかけた方が合理的だ。
(はぁ……。とりあえずプリンだ。頭がバグってる……)
この数時間で衝撃的な事が起こりすぎている。とりあえず糖分を補給しよう。
そう考えた晴也は部屋を出て下の階へスプーンを取りに行く。
いちいち降りるのが面倒なので、部屋に食器棚を買おうか最近迷っているが、ベッドと学習机で部屋のほとんどが圧迫されている現状、それは不可能に近い。
ただでさえ狭い部屋に、これ以上物が増えるのは勘弁してほしいのだ。
(またか……)
下の階に降りた晴也は、そこで分かりやすくうなだれている先客を見て、思わずそんな事を思った。
ちびちびとプリンを食べながら、時々うめき声をあげて頭を掻き毟っている。
これは、誰が見ても分かる。機嫌がすこぶる悪い時の春香だ。
(関わらない方が良いか……)
そう思い、さっさと目的の物を回収しようとした矢先、晴也の頬を小さめのフォークが通過した。
そのフォークは幸いにも晴也に当たる事は無かったけれど、後ろの壁にダーツの矢のように突き刺さっていた。
「あっぶな! なに……」
「別に、お兄ちゃんを狙ったわけじゃないから。自意識過剰」
「あ、そう......」
呆れたようにため息を吐くと、春香は分かりやすく舌打ちをした。
こういう、理不尽な暴力は止めて欲しい。
晴也は壁に突き刺さったフォークを抜きながらやれやれと頭を振った。
これ、果物とか食べる時に使うやつでしょ……。ダーツみたいに投げるもんじゃないよ……。
「普通のやつなら当たってたし……」
「……聞こえてるよ。なに? なんか、僕が気に障る事でもした?」
「ストレス発散しただけ。当たらなかったんだから喚かないでくれる?」
「ストレス発散で自分の家族を殺そうとしないでもらって良いかな?」
「そんなもの当たったくらいで死ぬわけないし。せいぜい数日入院するだけじゃん」
「そういうことじゃないんだけどね……」
春香がこんなことをしてくるのは、別に初めてじゃないので慣れている。
これは相手が僕だからというわけではなく、両親にも平気でこんな事をする。
まぁ、本当に家族を病院送りにした事など数える程度なので、そう重く受け止めなくても良い。大体は両親が入院するだけだし。
こう言う時の春香は、何を言っても聞かない。なので、放っておいて問題は無い。どうせ数日もしたらケロッとしている。
触らぬ神に祟り無しとは言うが、春香の場合は触らなくても向こうから祟りを撒き散らしてくる。
機嫌が直るまでは部屋に籠った方が良いだろう。
(何本か拝借していこう……)
念の為スプーンを10本程拝借し、また新たなフォークが飛んでくる前に晴也は自室に避難する。
その後、机の上のパソコンから急いで扉の修理を依頼し、明日にでも来てくれるよう手配する。
あの状態の春香を、扉のないこの部屋で見続けることなど恐怖でしかない。この際お金はどうでもいい。大事なのは自分の安全なのだ。
もっとも、扉を付け替えたところで破壊される可能性もあるけれど、そうなったら大会が終わって前から計画していた事を実行に移せばいい。
あのヒステリックな妹に恐怖し続けるよりよっぽどマシだ。
「な、なんだよ……」
晴也がそんな事を考えていたら、今にも人を殺しそうな顔をした春香が廊下から睨みつけてきていた。
そのまま部屋に入ってきて顔でも殴られようものなら、その瞬間に死を覚悟した方が良いだろう。
どうやら、予想以上にイラついているらしい。
「お兄ちゃんは、グランドスラム……出るの?」
「……なに急に」
「出るのかって聞いてんの! さっさと答えなさいよ!」
「で、出るよ! それが何!?」
今の春香には、自分を虐めてきた不良の顔が重なっている。
晴也はその事に恐怖し、声と手を震わせながら目の前の少女がこちらに向けて歩いてこない事を必死で祈る。
「トーナメント表は? もう見た?」
「見たよ……。それが?」
「感想は?」
「……はい?」
「感想はって聞いてんの! トーナメント表を見て感じたことくらいあるでしょうが!」
「い、いや……優勝候補が初戦でぶつかるなんてすごいな~と思ってる程度だけど……」
あまりの恐怖に敬語になっている晴也だが、そんな事はどうでも良い。
彼にとって大事な事は、この謎の問答を無傷で終われる事なのだから……。
「……あっそ。頑張りな」
感情をこめず、吐き捨てるようにそう言った春香は、そのまま隣の自室へと姿を消した。
扉を閉める時、ものすごい音がしたけれど、あまり突っ込まない方が良いだろう。
たとえその衝撃で、晴也の部屋のガラスにヒビが入ったとしても、それは見なかった事にした方が良い。
この世には、首を突っ込まない方がいいことだってあるのだ。
(一体なにがあったんだよ……)
晴也が心の中で嘆くのと、ライからの返信が来たのは同時だった。
先ほどまで恐怖の象徴と戦っていた晴也からすれば、ライからのそのDMは救いにさえ思えた。
〖こちらもネクラさんと同じように、チームで相談しなければならないと考えています。
なので、結論が出たらお互い知らせる。という形をとりませんか?
こんなことを言ってはあれですが、私の方にも中継をしてほしいという声が嫌と言うほど届いていますので、その事についてはお互い話し合うと公表した方が良いかもしれませんね〗
穏やかだ……。さっきまで廊下で殺気を放っていた妹とは比べるのも愚かなほど……穏やかだ。
それに、現状の打開案まで事細かに提案をしてくれた。本当に、妹とは大違いだ。
〖了解です。では、運営側に公表しても良いか確認をした後、公表する事にしましょう〗
〖そうですね。お互い、大変ですけど精いっぱいやりましょう〗
〖はい。頑張りましょう!〗
その1時間後、無事に運営から許可をもらった2人は、同時にSNSにて現状を説明し、話し合う事を公表。
溢れかえっていた中継要望の声は徐々に小さくなっていき、公表から3時間も経てばすっかり落ち着いた。
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やる気が、出ます( *´ `*)




